人形と皇子

かずえ

文字の大きさ
上 下
23 / 1,202
第二章 人として生きる

5 緋色 9

しおりを挟む
 結局、成人なるひとが目を開けたのは十日近く経って、世話をしていた生松いくまつも焦り始めた頃だった。
 目を覚まして、右手を見て、泣き始めたのは驚いた。か細い声まで上げて泣くので、点滴に気を付けながら抱き上げたが、しばらく泣き止まなかった。どうしたのか分からず狼狽えまくったが、泣き疲れてまた寝る前に、掠れた声が、飴……と言った。
 こちらは、死ぬんじゃないかと、心配で心配でたまらなかったというのに、持ってた飴が無くなって泣いてたのか?
 
「はっ、はははっ」
「殿下、良かったですね」
「もう、殿下じゃねえよ。ははっ」

 ぎゅう、とまた寝てしまった体を抱き込む。常陸丸ひたちまるが、俺の頭をぽんぽんと叩いた。

「泣かないでくださいよ、緋色ひいろさま」
「笑いすぎただけだ」
「はいはい」
「これだけ泣けるなら、大丈夫でしょう」

 生松いくまつが、珍しくふーっと息を吐いた。本当に危なかったのだろう。

「私では、できる治療も限られていますし。本当に、本人が頑張りました」
「そうなのか」

 みっともなく鼻を啜りながら聞く。

「はい、私は医師免許がありませんから」
「何故だ? 知識や経験は十分に足りていそうだが。」
「名字無しなので」

 そうだったのか。そういえば、ここの医療部の、誰よりも的確な治療をしている様子を幾度か見かけたが、治療実績の欄に名前は無かった。だから、成人なるひとの世話も押し付けられていたのか。

「帰ろう。都へ。生松いくまつには、俺から名字を渡す。医師免許を取って、俺の直属になれ」
「……お給料は、どのくらいでしょうか?」

 くすり、と笑って生松いくまつは言った。

「今よりも、たくさんやるさ。出世は、できないけどな」
「今より多いのは魅力ですね。医師免許の受験費用もお願いします」

 ピアスを外したさいと、常陸丸ひたちまる生松いくまつ成人なるひとを連れて、とっとと都へ帰り、もらった屋敷に引っ込んだ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】転生後も愛し愛される

恋愛 / 完結 24h.ポイント:63pt お気に入り:858

足音

BL / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:12

セックスの快感に溺れる男の子たち【2022年短編】

BL / 完結 24h.ポイント:505pt お気に入り:196

能力1のテイマー、加護を三つも授かっていました。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:10,303pt お気に入り:2,215

あなたの『番』はご臨終です!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:149pt お気に入り:1,854

【R18・完結】聖女と黒竜王子

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:501

【R18】ヤンデレクラスメイトに監禁される話

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:121

処理中です...