人形と皇子

かずえ

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第四章 西からの迷い人

79 危険な香り  緋色

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 部屋に引っ込んだ才蔵さいぞうを見送って、乙羽おとわが振り返る。

「なるー。この服、可愛いー!」

 にひゃ、と笑った成人なるひとが、がおーっと乙羽おとわを振り返る。ここでしか見せない笑顔。いつの間にかよく動くようになった表情、とはいえ、どこでも見せる訳じゃない。
 下ろしてやると、乙羽おとわが自然に抱きついた。

「わ。これ気持ちいいね。」
「がお。」

 嬉しそうに頷く成人なるひとを、乙羽おとわごと常陸丸ひたちまるが抱き込んだ。
 
「何をしてる、お前は!」

 そこは、べりっと引き剥がすんじゃないのか?
 ぺしっと額を叩くと、いてっと言って離れた。

「すげー、抱き心地いい。」
「聞き捨てならんな。」
「服だよ、服。」
「分かってる。」
「これ、欲しい。乙羽おとわに。」

 頼んでくればいいんじゃないか?高そうだけど。

「私が着るの?」
「俺が着ても。」

 ぶふっ、と吹き出してしまった。常陸丸ひたちまるのくま耳姿。
 笑いが止まらずに、ひーひー言っていると、才蔵さいぞうが引っ込んだ客間の扉が、がちゃりと開く。

緋色ひいろ殿下、お邪魔しております。部屋をお貸し頂き、ありがとうございました。」

 礼儀正しく弐角にかくが出てきた。

「気にするな。夕食、食べるだろ?」
「……頂きます。すみません。」
「ん?」
「ここが、一番落ち着きます。……安心して寝て、食えます。」

 乙羽おとわ成人なるひとから離れて、きりりと姿勢を正した。

「そう言ってくださって嬉しいわ、弐角にかくさま。いつでも、いらしてください。ちゃんと寝て、食べましょ。」
「ありがとうございます。おみは、本当に良い家に拾われた……。この御恩は生涯忘れません。」
「父と朱実あけみへ渡せばいいからな。」

 弐角にかくは黙って、薄く笑みを顔に乗せた。分かってるなら、いい。
 俺がもらっても仕方ないからな。
 食堂へと皆で歩き始めると、弐角にかくに、成人なるひとがふらりと近寄る。
 
「何してるんだ?」

 ひょいと抱き上げると、いい匂い、と言った。

「いい匂い?」
壱臣いちおみと一緒。」
「あ。もしかして、髪ですか?」
「それそれ。」

 首を傾げていると、音もなく荘重むらしげが隣に立つ。
 やめろ。
 首の後ろがちりちりするだろうが。
 常陸丸ひたちまるが一瞬、緊張して、才蔵さいぞうは武器を構えていた。

壱臣いちおみさまが、弐角にかくさまから頂いたという髪の美容液を先ほど付けていらして、成人なるひとさまはその時も、いい匂いだと言って惹かれておりました。」
「へえ?」
 
 荘重むらしげが俺の耳に口を寄せて、更に声を落とす。

「気持ちいいことをするときの、香油の匂いと似ているのではないか、と。」

 ……それは、危険な香りだな。
 
 
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