【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第四章 西からの迷い人

82 うちのもの  緋色

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 俺なら、と考えた。
 話だけ誰かから聞いて終わるなんて嫌だ、と思った。
 だから、連れていく。
 壱臣いちおみ三郎さぶろうも。
 自分の目で見て、耳で聞いて、すべては自分で飲み込んで終えるべきだ。例え好意的なものであったとしても、そこに他者の思惑が入ってはならない。
 冷めた会席料理を並べて、料理人三人で盛り上がっている様子が見えた。壱臣いちおみの楽しそうな笑顔を、目を細めた半助はんすけが隣で見守る。
 ご馳走を初めて食べる、とどこかおっとりはしゃぐ大きな領地の領主の嫡男。本当に、生かすだけで精一杯だったのが分かる。とんでもなく弱い。いや、精神こころは強い。一人で店を開いたほどの強靭な心に比べ、名字持ちなら少なからず受けるはずの、自分の身を守るすべを全く持たない上に、広末ひろすえのように名字無しの、人に揉まれて育った強さもない男。
 あれを守りながら旅をしたとは、なかなかに大変だったに違いない。半助はんすけのあの強さをもってしても、片手を失った。
 半助はんすけは。拾った時の様子が嘘のように強さを増した美しい男は、もう何の憂いもなく、壱臣いちおみへの気持ちを隠さない。利き手ではない残った手を、早くも自在に使えるように鍛えておきながら、壱臣いちおみの差し出す食事に口を開け、髪を梳けずってもらい、風呂に二人で入る。
 自分の世話を焼いて喜ぶ壱臣いちおみの気持ちを喜んでいるのだ。やりたいことをやって喜ぶ伴侶が可愛い、という気持ちは分かる。
 幸せそうな壱臣いちおみの傍らですっかり落ち着いて、片腕を失ってなお強さを増した半助はんすけを、朱実あけみが気に入ったのも分かる。壱臣いちおみに、ずっと養ってもらうつもりはなかった半助はんすけが、仕事の話に乗ったのも分かる。
 だからって、朱実あけみに渡した訳じゃない。
 あれは、二人まとめて俺と成人なるひとの物なんだよ。
 力丸りきまる緋椀ひまり三雲みくもも、どこで何してようとうちの者。俺の手がいるときは、使えばいい。
 髪の毛を隠すように布を頭に巻いた三郎さぶろうを見る。背筋を伸ばし、美しい所作で食事を摂っている。蝶よ花よと育てられた男には、さぞかし質素な食事だろうに、預かってから一度も、文句を言う姿は見ていない。着る服も、とりあえずの使用人服に、サイズの合う住人から下げ渡された下着や寝間着。何も言わずに着用している。どころか、誰の手も借りずに生活することを喜んでいるようだ、と乙羽おとわが言っていた。仕事を任せると、嬉しそうに頬が緩むのだ、とも。
 要望を言ったのは一度だけ。短い髪が恥ずかしいから、髪を隠せるような物が欲しい、と。
 あの国の者にとって、髪を長く美しく保つことは、本当に重要なことなのだろうな。
 壱臣いちおみは、落ち込んだり考え込んだりすると、無意識に髪を引っ張る。虐待され切られた髪が少しでも伸びないかと、小さな頃から繰り返した哀しい癖なのかもしれない。

 壱臣いちおみにも三郎さぶろうにも、どんなに残酷な結果になろうと、その目で、事の顛末を見届けさせよう。側には、居てやるさ。お前らはもう、うちの者なんだから。
  
 
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