【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第五章 それは日々の話

15 治療 1  緋色

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 すっかり落ち着いて、毎日楽しく過ごしている。身長だけでなく体重も、ほんの少し増えた。熱心に勉強して、できることが増えた。
 無理をしないで休むことも覚えた。
 命を繋ぐことに腐心していた日々が嘘のように、穏やかで幸せな毎日。
 それでも時々、忘れるなと戒めるかのようにそれは起きる。

「ああああぁ……」

 夜。突然上がる悲鳴。
 口に突っ込まれる小さな手。すぐに掴んで押さえたいが、それが悪手なのは実践済みだ。
 くぐもった声が部屋に響くのをじっと堪えて待つ。手を噛みしめ過ぎないように口から外す機会を伺う。
 触れるとびくびくと怯える体を宥めようとすれば、余計に怯えて震えだす。布団から弾かれるように飛び出す様も変わらない。
 段差を無くし、柔らかい絨毯を部屋中に敷き詰めて。万全の備えをしていても、翌日にはあちこちに青あざと、右手の噛み痕が残る。
 目を覚まして、何があったのかと呆然としていた頃と違い、またやったのかと落ち込んで、ごめんなさい、ごめんなさい、と小さくなって謝る姿は、それはそれで悲しくなる。
 気にするな、と言っても無理だろう。どんなに大丈夫だと笑って見せても、しばらくは申し訳なさそうに目を伏せる。
 それでも、俺の腕の中でしがみついたまま寝直そうとするようになったのは、良い傾向だと思う。強張った体が力を抜くまで、何時間でも付き合おう。
 成人なるひとは、いつだって気持ち良さそうに俺にもたれ掛かっていればいい。
 治療のために、無意識の中に押し込めた記憶を呼び覚ます必要があるというなら、今のまま、ごくたまの発作を宥めて過ごせばいい、と思っていたのに。

成人なるひとの、嫌だなと思うことを教えてください」

 対面のソファに座った生松いくまつの穏やかな声に苛立つ。
 真剣な顔をした成人なるひとが、んー?と首を傾げるので、

「無理に言わなくてもいい」

 口を挟むと、生松いくまつの目がこちらを睨んだ。

「殿下。邪魔されるなら退出を願います」

 仕事中の生松いくまつに逆らえる者はいない。ふっと息を吐いて、膝の上の成人なるひとを抱え直す。当然のように身をすり寄せてくることに気持ちが落ち着く。
 そう。もう泣きたくない、と訴えたのは成人なるひとだ。これは、本人のやりたいこと。邪魔などできるわけがない。
 それでも。症状が悪化したらどうする?と囁く声がする。正解の分からない治療。生松いくまつにも手探りの。そんな危ない橋を何故わざわざ渡らなければいけない?

「怒られるの、嫌だな」

 しばらく悩んだ成人なるひとが出した答えは、関係の無さそうな事柄。

「分かります。私も嫌ですよ」

 生松いくまつは穏やかに言葉を返す。

「怒られないようにしたいけど、分かんない時あるから、怒られたら次は怒られないようにする」
「教えてもらわないと分からないですよね。成人なるひとは良い子だ」

 生松いくまつは、ふと手を伸ばして成人なるひとの頭を撫でる。体が強張ったのが分かった。逃げはしないが、緊張している。……頭を撫でられるの、苦手だったか?人にくっつくことは好んでいるように思っていたが。まだ、知らないことがたくさんある。

 
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