【本編完結】人形と皇子

かずえ

文字の大きさ
620 / 1,325
第六章 家族と暮らす

55 分かっていた  朱実

しおりを挟む
 驚いた顔でこちらを向く成人なるひとを見て、つい声を荒げてしまったことを知る。

「あ、いや、すまない。緋色ひいろ、帰られたら困る。ここで仕事をしてほしい」
「俺が旅行中に何か混乱が起きたとは聞いていない。何かあっても、離宮からならすぐに来られるから問題ない」

 成人なるひとを抱き込んだ緋色ひいろの口調が戻っている。正直、他人行儀に丁寧に話されることに、ぞわぞわとした違和感しか感じていなかったので助かった。やっと話に応じてくれそうだ。

「お前の耳に入らないようにしていただけだ。色々とあった」
「いや、無かったろ」

 迷いのない言葉。
 そうだな。
 何も無かった。いっそ何かあってほしかった。緋色ひいろがいなくては駄目なのだと騒ぎになるくらいのことが。
 けれど、無かった。
 私が、お前に居てほしかっただけ……。

「いなかったくせに、無かったと何故言い切れる?」
「人にしてることを、自分はされていないと思ってるのか」
「なに……?」

 人にしてること?

「皇太子殿下の動向くらい、だいたい把握している」
「な……。一ノ瀬いちのせ、か……?」
「当たり前。皇太子殿下が貸してくれたものだろう?有効活用させてもらってる」
「私の動向を私の部下が漏らす訳がない」
「安心しろ、漏らしてねえよ」

 どういうことだ?
 ぎゅっと自分の眉が寄ったのが分かった。

「側にいたら分かることも多いってことだ。あいつらが漏らさなくとも、察することができる。嫌なら離宮から引き上げさせろ。俺の周りをうろつくんじゃねえ。俺の動向など、掴ませたくないと思ったら排除するのは容易いんだ。うろついていたところでどうということもないから放っておいた。逆にそちらの動向も掴めるしな」

 国一番の影集団相手に、言ってくれるじゃないか。だが、はったりとも思えない。緋色ひいろのもとには、軍最強の名を争う二人と当主を退いてなお影最強の男と……最速がいる。力丸りきまるはきっと、私と緋色ひいろたもとを分かつことになれば、迷いなく緋色ひいろに付くだろう。九鬼くきの領地で最強であった半助はんすけはすでに、成人なるひとの護衛として動いている。 
 緋色ひいろがその気になれば、緋色ひいろの動向が掴めなくなるというのは間違いない。一捻りで息の根を止められそうな成人なるひとも、気配を察する能力に衰えはないと聞いている。

「考えておく。だが、たとえ一ノ瀬いちのせを引き上げてもまた、別の者を離宮の護りに置くぞ」
「うるさい護衛は御免だ。うちは気配に敏い奴が多いから、雑な護衛を入れてくるようなら叩き出す。安眠妨害するような奴らはいらん。あと、一ノ瀬いちのせの引き抜きはする。直々に声をかけて、頷いてくれた者はうちで雇う」
一ノ瀬いちのせを個人で?あれらは一枚岩だ。そんなことが出来るわけがな……い……」

 言ってから気付いた。
 そろそろ当主交代の時期だったとはいえ、当主だった人間があっさりと一ノ瀬いちのせから抜けて、緋色ひいろから給料を貰っていることに。

「俺はしっかり稼いでるからな。何人か雇う人間が増えたところで、問題ない」

 とりつく島もない、とはこのことか。
 確かに、ここのところの緋色ひいろの個人資産はすごい額になっている。毎年の、皇子としての国の予算の他に、戦争の功労者としての報酬が加わり、更に不具の者向けの衣類の開発に一役かっているので、売り上げに応じて開発料が入るようだ。不具の者向けの衣類専門店を立ち上げる際に出資もしており、そちらも売り上げに応じて報酬を受け取っている。
 これらは本当は成人なるひとの名義で資産にしたかったようだが、手続きに時間がかかるので、ひとまず緋色ひいろのところに入れているらしい。
 九鬼くきから連れてきた香油の店も順調らしく、こちらにも出資しているので収入がある。更に、そちらの地方にしか売っていない調味料などを売る店を作る計画もしている、と報告を受けている。
 分かっている。分かっていた。だが、はっきりさせたくなかった。目を背けることはできない現実。
 緋色ひいろは、本気になれば簡単に、私のもとから去ることができるのだ……。
しおりを挟む
感想 2,498

あなたにおすすめの小説

【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~

綾雅(りょうが)今年は7冊!
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」  洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。 子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。  人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。 「僕ね、セティのこと大好きだよ」   【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印) 【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ 【完結】2021/9/13 ※2020/11/01  エブリスタ BLカテゴリー6位 ※2021/09/09  エブリスタ、BLカテゴリー2位

『アルファ拒食症』のオメガですが、運命の番に出会いました

小池 月
BL
 大学一年の半田壱兎<はんだ いちと>は男性オメガ。壱兎は生涯ひとりを貫くことを決めた『アルファ拒食症』のバース性診断をうけている。  壱兎は過去に、オメガであるために男子の輪に入れず、女子からは異端として避けられ、孤独を経験している。  加えてベータ男子からの性的からかいを受けて不登校も経験した。そんな経緯から徹底してオメガ性を抑えベータとして生きる『アルファ拒食症』の道を選んだ。  大学に入り壱兎は初めてアルファと出会う。  そのアルファ男性が、壱兎とは違う学部の相川弘夢<あいかわ ひろむ>だった。壱兎と弘夢はすぐに仲良くなるが、弘夢のアルファフェロモンの影響で壱兎に発情期が来てしまう。そこから壱兎のオメガ性との向き合い、弘夢との関係への向き合いが始まるーー。 ☆BLです。全年齢対応作品です☆

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

炊き出しをしていただけなのに、大公閣下に溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 希望したのは、医療班だった。  それなのに、配属されたのはなぜか“炊事班”。  「役立たずの掃き溜め」と呼ばれるその場所で、僕は黙々と鍋をかき混ぜる。  誰にも褒められなくても、誰かが「おいしい」と笑ってくれるなら、それだけでいいと思っていた。  ……けれど、婚約者に裏切られていた。  軍から逃げ出した先で、炊き出しをすることに。  そんな僕を追いかけてきたのは、王国軍の最高司令官――  “雲の上の存在”カイゼル・ルクスフォルト大公閣下だった。 「君の料理が、兵の士気を支えていた」 「君を愛している」  まさか、ただの炊事兵だった僕に、こんな言葉を向けてくるなんて……!?  さらに、裏切ったはずの元婚約者まで現れて――!?

【完結】君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな恋を始めようとするが…

【完結】好きな人の待ち受け画像は僕ではありませんでした

鳥居之イチ
BL
———————————————————— 受:久遠 酵汰《くおん こうた》 攻:金城 桜花《かねしろ おうか》 ———————————————————— あることがきっかけで好きな人である金城の待ち受け画像を見てしまった久遠。 その待ち受け画像は久遠ではなく、クラスの別の男子でした。 上北学園高等学校では、今SNSを中心に広がっているお呪いがある。 それは消しゴムに好きな人の前を書いて、使い切ると両想いになれるというお呪いの現代版。 お呪いのルールはたったの二つ。  ■待ち受けを好きな人の写真にして3ヶ月間好きな人にそのことをバレてはいけないこと。  ■待ち受けにする写真は自分しか持っていない写真であること。 つまりそれは、金城は久遠ではなく、そのクラスの別の男子のことが好きであることを意味していた。 久遠は落ち込むも、金城のためにできることを考えた結果、 金城が金城の待ち受けと付き合えるように、協力を持ちかけることになるが… ———————————————————— この作品は他サイトでも投稿しております。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

処理中です...