【本編完結】人形と皇子

かずえ

文字の大きさ
679 / 1,325
第六章 家族と暮らす

114 自嘲  朱実

しおりを挟む
「あれ?」

 離宮の執務室訪問三日目。午後にばかり来ていたので本日は午前に訪ねてみたら、三郎さぶろう常陸丸ひたちまるしかいなかった。持ってくる書類が無くて、わざわざ父から緋色ひいろへ渡す書類をもらってきたというのに。

「皇太子殿下」

 三郎さぶろう常陸丸ひたちまるが立ち上がって包拳礼の形を取る。

「ああ、楽にして。仕事の邪魔をするつもりはないんだ。それより、今日はずいぶんと静かだね?」
「雨ですから」

 五月の雨は少し肌寒い。体調を崩しやすいということか。冬だけでなく一年中、迷惑なことだ。

緋色ひいろは、雨が降ろうと槍が降ろうと元気だろう?」
成人なるひとが元気ないと、緋色ひいろ殿下の元気もないですよ」
「ふーん」

 心配はするのだろうが、共に元気がなくなるというのはよく分からないな。とりあえずソファに腰を下ろすと、立っていた二人も礼を解いて自分の席に着いた。私の相手をする気はなく仕事に戻ったのは、緋色ひいろから、私が訪ねてきても放っておいていい、とでも言われているのだろう。そうでなければ、本日の用事は、と尋ねるくらいはするだろうから。

「失礼します」

 扉が開いて入ってきたのは、使用人のお仕着せを着た乙羽おとわだった。乙羽おとわが二条ではなくなったので、会わなくなって久しい。小さくて細くて幼かった綺麗な少女は、小さくて細いことは変わらぬまま、色気のある美人に成長していた。

「久しぶりだね、乙羽おとわ。元気そうだ」
「お久しぶりにございます、皇太子殿下。お陰様で恙無く暮らしております」

 流れるように包拳礼を取る所作は落ち着いていて、常に彼女につきまとっていた不安定な何かが、すっかりと消え去っている。

「ああ、楽にして。皇太子殿下なんて呼ばれると落ち着かないな」

 私の言葉に、にこりと笑う顔も屈託が無く、美しさは増すばかりだ。美人との評判は知っていたが、成る程、これは確かにと頷かざるを得ない。赤璃あかりとはまた雰囲気の違う美しさ。
 目の前に出された茶に口をつけながら、まじまじとその姿を眺めてしまった。

「皇太子殿下。本日のご用件は?」

 いつの間に近くへ来ていたのか、常陸丸ひたちまる乙羽おとわの横で威圧してくる。いや、君の伴侶に何か含む所がある訳じゃないよ。いつまでも余裕の無い男だな。困ったものだ。

「ああ、書類を緋色ひいろに」
「渡しておきましょう」

 差し出された手に、素直に渡す訳がない。私は緋色ひいろに会いに来たのだから。

「いや。私から渡したい。緋色ひいろは?」
「部屋です。成人なるひとが寝ているので、許可の無い方は入れません」
「許可はどうやったら取れる?」
「取れません。うちのもんしか部屋には入れないんで」
「うちの者……。そう……」
「呼んで参りますので、少々お待ちください」

 乙羽おとわが笑顔のまま頭を下げる。

「いや……いい。お茶だけ頂いたら帰るよ」

 つい、断ってから、何をしに来たのか本当に分からないなと自嘲する。
 私は、私のことを誰も名前で呼ばなくなった執務室へ通って、何を知りたいのだろう……。
しおりを挟む
感想 2,498

あなたにおすすめの小説

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

嫌われ者の長男

りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? 騎士×妖精

処理中です...