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第八章 郷に入っては郷に従え
151 良いわけがない 赤璃
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「赤璃?部屋へ戻るのか」
「え?」
私だけが、がたりと椅子から立ち上がった。朱実は、いつも通りの顔をこちらに向けた。
……何故?
何故、部屋へ戻ると思うの?
「緋色を、緋色殿下を追いかけないといけないでしょう?」
「え?」
「え?」
緋色の告白に呆然としているうちに、帰してしまった。あれは、返事をしなければいけない言葉だったのに。そんなこと誰も思っていない、とすぐに言わなければいけない告白だったのに。
緋色の食べ方はまったく汚くなどない。こう言ってはなんだけれど、普段の行動や所作、見かけに合わないくらいにとても綺麗だ。綺麗だと私は思っていた。いつも。
それに、なるが片手で食べていたって、所作が悪いなどと思うわけがない。だって片手しかないんだもの。ないものを求めたってしょうがない。あの子は、片手でできる範囲で頑張って綺麗に食べている。
それらのことを、すぐに緋色に告げなければいけない。
なのに、陛下と朱実が皇妃殿下の擁護をしているうちに、緋色はなるを連れて帰ってしまった。
まだ、否定できていない。ちゃんと違うと言えていない。なら、追いかけて言わないと。否定しなければ、今も皇妃殿下がそう思うことがあるかもしれないと、緋色が誤解してしまうじゃない?
「私は、緋色さんの食べ方が汚いなどと思ったりしないわ。思ったことないわ」
「ああ。もちろんだよ、雫石。そうだろうとも。きちんと教育したんだ。お前がもう二度と不快になることがないように」
「母上がそのように思っていないことは、私たちは知っています。今日は、緋色の虫の居所が悪かったのでしょう。あれは気分屋だから」
先ほどの緋色の言葉への返事を、震える声で訴える皇妃殿下に陛下と朱実が声をかける。幼子へ話しかけるようにひどく優しく。皇妃殿下が気の病をお持ちなことは有名だ。最近はとても良くなったとお聞きしているが、完全に治ったりするものでもないらしい。なるべく病状が悪化せぬよう、常に優しくお声を掛けるように周囲は気を配っている。
そうして、皇妃殿下に優しいその言葉は、緋色にはとても聞かせられないような言葉になっていた。
どうして、そんな……。
緋色は退室して正解だったのかもしれない。
でも。追いかけて告げることはできる。最初の言葉だけ。緋色の食べ方を汚いと思ったりしない、という部分だけ告げ、て?
駄目だ。きっと緋色は気付く。気付いている。だから、疑念を拭いきれない。
隠していても、その後に続いた言葉があることなどきっと分かっているからこそ、ぽろりとあんな言葉が漏れたのだ。
「緋色は、緋色殿下は、気分屋なんかじゃありません」
「赤璃?」
「緋色殿下は、時に行動が苛烈ですけれども、決して訳もなく怒ったりしません」
「ああ、うん。知っているよ」
朱実の手が、座れというように私の腕に触れた。少し声を潜めたのは、皇妃殿下へのご配慮?ご病気だから?でも、それで緋色を傷付けていいことにはならないのじゃない?
「知っていらっしゃるのなら言うまでもないかもしれませんけれど、そういう方を、今日は虫の居所が悪いだの気分屋だのと評するのはおかしいかと」
ことさら声を張れば、軽く朱実の眉が寄る。
「私たちも部屋へ帰ろうか。部屋で話そう」
「いえ。ここから出ると言うなら、私は緋色の所へ向かいます。私は、緋色の食べ方がとても綺麗だと思っていることを伝えたい。伝えておきたい。なるも、片手でできることを頑張っていて偉いと褒めてあげたい」
「赤璃」
「まだもう少しお話があるというなら、ここでなら話を聞きます」
「赤璃。先ほどの話は、緋色が、食事の時にまだ母上に過度に気を遣っていることが分かったという話だよ。それだけだ。もうそんなに気を遣わなくてよい、母上は気にしていないと、緋色に会ったら伝えておこう。それで良いだろう?」
軽いため息と共に吐き出された朱実の言葉に、少し頭に血が上った。
「良いわけないじゃない!」
「え?」
私だけが、がたりと椅子から立ち上がった。朱実は、いつも通りの顔をこちらに向けた。
……何故?
何故、部屋へ戻ると思うの?
「緋色を、緋色殿下を追いかけないといけないでしょう?」
「え?」
「え?」
緋色の告白に呆然としているうちに、帰してしまった。あれは、返事をしなければいけない言葉だったのに。そんなこと誰も思っていない、とすぐに言わなければいけない告白だったのに。
緋色の食べ方はまったく汚くなどない。こう言ってはなんだけれど、普段の行動や所作、見かけに合わないくらいにとても綺麗だ。綺麗だと私は思っていた。いつも。
それに、なるが片手で食べていたって、所作が悪いなどと思うわけがない。だって片手しかないんだもの。ないものを求めたってしょうがない。あの子は、片手でできる範囲で頑張って綺麗に食べている。
それらのことを、すぐに緋色に告げなければいけない。
なのに、陛下と朱実が皇妃殿下の擁護をしているうちに、緋色はなるを連れて帰ってしまった。
まだ、否定できていない。ちゃんと違うと言えていない。なら、追いかけて言わないと。否定しなければ、今も皇妃殿下がそう思うことがあるかもしれないと、緋色が誤解してしまうじゃない?
「私は、緋色さんの食べ方が汚いなどと思ったりしないわ。思ったことないわ」
「ああ。もちろんだよ、雫石。そうだろうとも。きちんと教育したんだ。お前がもう二度と不快になることがないように」
「母上がそのように思っていないことは、私たちは知っています。今日は、緋色の虫の居所が悪かったのでしょう。あれは気分屋だから」
先ほどの緋色の言葉への返事を、震える声で訴える皇妃殿下に陛下と朱実が声をかける。幼子へ話しかけるようにひどく優しく。皇妃殿下が気の病をお持ちなことは有名だ。最近はとても良くなったとお聞きしているが、完全に治ったりするものでもないらしい。なるべく病状が悪化せぬよう、常に優しくお声を掛けるように周囲は気を配っている。
そうして、皇妃殿下に優しいその言葉は、緋色にはとても聞かせられないような言葉になっていた。
どうして、そんな……。
緋色は退室して正解だったのかもしれない。
でも。追いかけて告げることはできる。最初の言葉だけ。緋色の食べ方を汚いと思ったりしない、という部分だけ告げ、て?
駄目だ。きっと緋色は気付く。気付いている。だから、疑念を拭いきれない。
隠していても、その後に続いた言葉があることなどきっと分かっているからこそ、ぽろりとあんな言葉が漏れたのだ。
「緋色は、緋色殿下は、気分屋なんかじゃありません」
「赤璃?」
「緋色殿下は、時に行動が苛烈ですけれども、決して訳もなく怒ったりしません」
「ああ、うん。知っているよ」
朱実の手が、座れというように私の腕に触れた。少し声を潜めたのは、皇妃殿下へのご配慮?ご病気だから?でも、それで緋色を傷付けていいことにはならないのじゃない?
「知っていらっしゃるのなら言うまでもないかもしれませんけれど、そういう方を、今日は虫の居所が悪いだの気分屋だのと評するのはおかしいかと」
ことさら声を張れば、軽く朱実の眉が寄る。
「私たちも部屋へ帰ろうか。部屋で話そう」
「いえ。ここから出ると言うなら、私は緋色の所へ向かいます。私は、緋色の食べ方がとても綺麗だと思っていることを伝えたい。伝えておきたい。なるも、片手でできることを頑張っていて偉いと褒めてあげたい」
「赤璃」
「まだもう少しお話があるというなら、ここでなら話を聞きます」
「赤璃。先ほどの話は、緋色が、食事の時にまだ母上に過度に気を遣っていることが分かったという話だよ。それだけだ。もうそんなに気を遣わなくてよい、母上は気にしていないと、緋色に会ったら伝えておこう。それで良いだろう?」
軽いため息と共に吐き出された朱実の言葉に、少し頭に血が上った。
「良いわけないじゃない!」
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