【本編完結】人形と皇子

かずえ

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第九章 礼儀を知る人知らない人

16 言葉のあや  成人

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「源さん、でしたね。医師の生松いくまつです。どうぞこちらへ」

 生松いくまつが、部屋の隅に置いてあるベッドに向かって歩いてから、源さんを手招きした。源さんはちゃんとついて行く。ベッドに横になるように言われて、源さんはやっぱり黙って横になった。
 何ともない、このままでいいと言って治療を拒んでいた村次むらつぐとはだいぶ違う。源さんは賢い。

「先生、そんな大したことや無いんですよ。痛いのはいつもの事やし、そんな体重かけんかったら普通に仕事して生活できます」
「はは。いつも痛いのは大したことですよ、源さん」

 生松いくまつは、そうっと源さんの右足の裾をめくった。いつも引き摺ってる右の足。ベッドの横に脱いで置かれた靴の先は擦り切れている。
 机の片付けが終わったのか、さかえがからからと点滴をぶら下げる棒を引っ張って来た。下に、ころころと転がるタイヤが付いてて便利な道具だ。点滴をぶら下げたままトイレへ行けるという凄いやつ。俺は、点滴してるような時はだいたい立てないから、自分でからからと操ったことはないんだけど。でも、俺みたいに動けなくても、こうして色んなベッドや布団の側に置くことができていいよね。考えた人、すごい。

「先生方、冗談きついや。何かぶら下げるつもりちゃいますよね?」
「いつも痛いと聞いてしまっては、それも仕方ない」
「いや、はは。そりゃあれや、言葉の綾ってやつや。いつもというか、使うと痛いってのは、皆そうでしょう?」
成人なるひと、歩くと足が痛いですか?」
「痛くない」
「私もです」
「私もだ」

 生松いくまつだけじゃなくさかえも言った。
 そりゃそうだよ。歩くだけで痛かったら大変だ。たくさん歩いたら、みんな疲れたりどこか少し痛かったりはするかもしれないけど、いつもは痛くない。それは源さんがおかしい。
 それはそれとして聞きたいことが。

「言葉のあや」
「ああ。ふふ。成人なるひとは相変わらずよく聞いてる。上手く表現しにくい事を人に分かるように言っただけで真実ではない、と弁解する時などによく用いられますね」
「へええ。言葉のあや」

 じゃあ、源さんが、痛いのはいつもの事って言ったのは本当の事じゃないってこと?使ったら痛い、が本当?まあでも、足を使わないことなんてあんまりないから、結局いつも痛いんじゃない?
 ま、いいか。横になったら足は使ってないけど、どう?大丈夫?

「そんな丁寧に説明されたら、ぐだぐだ言うとんのが恥ずかしいなってきたわ……」

 源さんは、はあとため息を吐きながら、片手で顔を覆った。

「骨か」

 生松いくまつは気にせず、源さんの足にそっと手を触れてぶつぶつ言い始める。

「先生」

 源さんがぼそっと言った。

「はい?」
「俺は源之進げんのしんと言います。源って名前な訳や無いんですよ。みんな、源さん源さん言うもんやから成人なるひと殿下にまでさん付けで呼ばれて、どうしたらええんかと思っとりました。先生は、随分説明上手のようやから、成人なるひと殿下にさん付けで呼ぶんをやめてもらえるようにって説明を、お願いしてもええですかね」

 ん?名前?
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