【本編完結】人形と皇子

かずえ

文字の大きさ
1,288 / 1,325
第十章 されど幸せな日々

79 全員で行こう?  成人

しおりを挟む
 緋色ひいろは、何も返事をせず振り向きもせずに謁見の間を出た。
 父さまに返事をしなくてよかったのかな? そう思って緋色ひいろを見上げたけれど、緋色ひいろは、まっすぐ前を向いて歩いていくだけだった。少し速い。

緋色ひいろ殿下」

 乙羽おとわが少し大きな声で緋色ひいろを呼び止めた。

「ああ」

 緋色ひいろがやっと足を止める。

「すまん。速かったか?」
「ええ」

 乙羽おとわは、大きな目で緋色ひいろをじっと見ながら頷いた。

「速かったのもありますけど、そうではなくて。……皇妃殿下のいらっしゃる場所はそちらの方向ではないのではないでしょうか?」

 緋色ひいろが、ふいっと乙羽おとわから顔を逸らした。
 んん?

成人なるひとと共に皇妃殿下に顔を見せてゆけ、と陛下は仰いましたでしょう? 知らぬ顔はできぬ仰りようであったかと思われます」

 顔を見せる? 俺と緋色ひいろが皇妃殿下に? 皇妃殿下って……。

「あ。雫石しずく母さま?」
「そうよ、なる。陛下は、皇妃殿下にお顔を見せてから離宮に戻りなさい、と仰ったの」
「ふーん」

 そっか。さっき母さまは謁見の間にいなかったもんな。謁見の間に来てくれていたら、顔を見せられたのだけれど。そういえば、母さまは謁見の間にあまりいない。そういうもんなんだと思っていたけれど、赤璃あかりさまはいたから、そういうもんではないのかもしれない。
 ま、よく分からないんだけれど。

「じゃ、行こ」
 
 それなら行くか、と緋色ひいろを見上げる。返事はなくて、緋色ひいろは、俺からも顔を逸らした。
 ん? あれ?

緋色ひいろ殿下。私と壱臣いちおみさんと半助はんさけは先に離宮に戻らせてもらいます。半助はんすけがいるから、三人で戻っても大丈夫でしょ?」

 常陸丸ひたちまるが、ちょっとだけ眉をぴくりと動かしたけれど、何も言わなかった。
 乙羽おとわは、ふわりと頭を下げて歩いて行こうとする。

「待て」

 緋色ひいろ乙羽おとわの手首を掴んだ。

「ああ! 緋色ひいろ! ……殿下。何してらっしゃるんです?」
「うるさい、常陸丸ひたちまる

 大きい声を出しそうになった常陸丸ひたちまるを黙らせてから、緋色ひいろ乙羽おとわにそっと言った。

乙羽おとわ。一緒に行こう」
「はい?」
「お前は以前、成人なるひとと共にあの人の部屋へ行ったことがあるんだろ? ということは、一緒にいても問題ないはずだ」
「あの時は、なるが金魚を見せてくれるって言うから力丸りきまると一緒について行ったら、まさかの皇妃殿下のお部屋だったというだけです。いつ訪ねてもよいという許可をもらったわけではありません」
「金魚!」

 そうだ、金魚。可愛い金魚に会いたくて、よく雫石しずく母さまの部屋に行っていた。乙羽おとわが一緒の時もあった。元気かな、金魚。最近は行っていなかったな。
 緋色ひいろは、雫石しずく母さまと一緒にご飯を食べた後で泣いていた。悲しい涙だった。その後から、俺は金魚に会いに行かなくなった。
 ……そうか。

「そういえば、最近は金魚には会いに行っていなかったのか」

 緋色ひいろは、乙羽おとわの手を掴んだまま俺に聞く。

「うん」
「何故?」
緋色ひいろが泣……あ、うーん、ええっと」

 あの時、緋色ひいろは、俺には何にも見えないようにしたいみたいに、ぎゅって抱っこしていた。だから、俺は、緋色ひいろが泣いているのは見ていない。ひくって喉が鳴っていたから、泣いているんだなって分かっただけ。それなら、知らないふりをした方がいいのかも。うん。
 でも、どうしよう。他に、金魚に会いに行っていない理由。うーん。

「ええっと、忙しくて……?」
「へえ?」

 嘘じゃない。他にやりたい事が色々あった。

「この国にもいないんだから、行く暇なんてあるわけないでしょ」

 乙羽おとわが言ってくれて、そりゃそうだ、と緋色ひいろが頷いた。
 ほっ。

「まあ、何でもいい。問題は今だ」

 緋色ひいろ乙羽おとわの手を離さない。
 しばらくして、うんと頷いた。

「うん、よし。このまま全員で行こう」
「は?」
「へ?」
「うちも?」

 静かに待ってくれていた壱臣いたおみが、ぽかんと口を開いた。
 ん?
しおりを挟む
感想 2,498

あなたにおすすめの小説

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

売れ残りオメガの従僕なる日々

灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才) ※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!  ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。  無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

愛を知らない少年たちの番物語。

あゆみん
BL
親から愛されることなく育った不憫な三兄弟が異世界で番に待ち焦がれた獣たちから愛を注がれ、一途な愛に戸惑いながらも幸せになる物語。 *触れ合いシーンは★マークをつけます。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

処理中です...