死に花バロメーター

菜っぱ

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 何十回か目のデートのその日。彼はどう見ても泣き腫らした後の、真っ赤な目をして、待合場所の駅に現れたのだ。

「ど、どうしたの⁉︎  その目! めっちゃ赤いよ⁉︎」
「うん……」

 相当ショックな出来事があったのか、そうちゃんはなかなか口を開かない。
 物憂げな男が大好きな私だって、相方が不幸になるのは嫌だ。
 私は、ゆっくりちゃんと話を聞くために、そうちゃんの手を引っ張って、近くのカフェに入る。しょんぼりしているそうちゃんをソファ席に座らせて、注文を勝手に取り、話を聞く環境を整える。

「一体、何があったの?」
「実はね……昨日担当したご葬儀が、あんまりにも寂しいものだったんだ」

 そうちゃんが言うには、そのお葬式は家族葬でもないのに、弔問客、ゼロ。親族、ゼロ。その場に喪主しかいない、不自然な式だったらしい。

 詳しいことはわからないが、亡くなる前、故人は相当なことを周りの人間にしたらしい。
 喪主である奥さんは「やっぱり、あんな人のお葬式ですもの。誰も来ないわ、報いを受けたのよ」と自棄気味に呟いていたそうだ。

 弔問客がくることを想定した広い式場の中に、果てしない空席が広がり、中にはスタッフと故人と喪主だけ。想像するだけで、異空間だ。

「それは……すごいな」

 と、彼を傷つけないように、口ではそう言ったけど、ぶっちゃけ心の中で、それだけ? よく私の漫画に出てくる展開じゃんと思ってしまった。

 ……でも私の漫画はフィクションだからこそ、受け止められる話であって、現実でそれを目の当たりにすると、心にくるものがあるのかもしれない。

 いろんなことに気がつき、感じやすいそうちゃんはその会場でいろんなことを受け取ってしまったのだろう。鋭すぎる感受性は自分自身ではコントロールできるものではないだろうから。

「その場面があんまりにも悲しくって、見ていられなくって……。僕は式場に飾るアレンジメントを作ることしかできないから……せめて、心が晴れるように気持ちをこめてアレンジメントを作ったけれど……」
「そうちゃんは優しいなあ……」

 片栗粉を混ぜたような、まったりとした声で私が言うと、そうちゃんはぶんぶんと首を横に振った。

「優しくないよ。だって、僕、故人様のこと可哀想って思っちゃったんだもの。プロ失格だよ」
 そうちゃんは打ちひしがれたように俯く。
「どんな故人様でも亡くなる日まで、生きることをとっても頑張ったんだから、可哀想なんて、失礼だ」
「……そうだね」

 ああ、私はやっぱりこの人が好きだ。どんな人の頑張りも、掬いあげてくれる、この人が。
 私はそうちゃんの気が済むまで愚痴を聞くことにした。葬儀屋、という特殊な仕事についているからこそ、日々の業務の中で思うこと、心の澱になってしまっていること。いろんなことをポツリ、ポツリと話す。
 そんな中、そうちゃんはちょっと気になることを口にした。

「やっぱり、生前、人望があった人のお葬式って、花の数も多くて、式に出席する人も多いんだ。僕はそれが、一種のバロメーターみたいだなって思ってしまって……」
「バロメーター?」

 私は、眉を顰める。

「うん。お葬式って人生の通知表みたいじゃない? その人がどれだけ、愛されていたか、一髪で目に見えてしまうでしょう?」

 そうちゃんの言いたいことはわかる。でも……。

「それは違うんじゃないかなあ~?」

 私は気がついたら、反論を口にしていた。

「だって、私が死んだとして、読者はお葬式には出ないでしょう?」
「……え?」

 そうちゃんはキョトンとした顔をする。かわいい。

「もし、私が今死んだとしたら、お葬式は家族がやってくれる。でも、きっと漫画を読んでいる読者は、お葬式には出なくても、心の中で悼んでくれると思うんだ。だから、葬式だけじゃ私がどれだけ愛されていたかなんてわからないじゃん?」

「理屈はわかるけど……。なんできょうちゃんが死ぬ話なんてするの?」

 そうちゃんはちょっと怒った顔をする。……私ってほんと、愛されてるよなあ。

「例えだよ、例え」

 小さく笑ってふざけるみたいに返す。

「確かにお葬式って人間関係が一目瞭然になっちゃうところだけど、それだけがその人の人生における良し悪しを決めるバロメーターではないよね。バロメーターは他人に見えないところにも複数あるって思っていた方が、精神衛生上よろしいのでは?」

「……そうだね」

 そうちゃんは私の意見に納得したみたい。一件落着かな? 彼の表情はさっきよりもゆるく、安らいだものになっている。

「あと……さっきは言わなかったんだけど……。あっ! これ言ったら、引かれちゃうかなあ?」
 もじもじと肩をすくめた私を見て、そうちゃんは何かを予感したのかヒヤリとした視線を向ける。
「何?」
「葬式に愛する人が一人きりっていう展開、割とガチで私の夢なんですよね!」
「は?」
「だって、私の遺体を見てそうちゃんが涙を流すんでしょ⁉︎  は~! 見てえ~! 最高のシチュ! 幽体離脱して上から眺めてえ~!」

 身悶える私を見て、今までのシリアスが吹っ飛ぶくらい、つめた~い目をしてそうちゃんが私を見ている。わあ! レアな表情のそうちゃん! SSRスチル!

「こういう人がいるって知っちゃうと、あの故人様もそう思って超幸せに死んだ可能性が出てくるんですけど……」
「この世にはいろんな性癖を持つ人がいるのよ!」

 と、ウインクしながらお姉さんぶっていうと、彼はもっと氷点下な表情で私を見た。
 流石に呆れちゃったかな、と思った私に飛んできたのは思いもよらぬ言葉だった。

「じゃあ僕はさあ……。その夢を絶対阻止しないといけないよね?」
「へ?」

 そのままカフェの席を立ったそうちゃんは、私の腕を引っ張ってずんずん歩き出す。そのまま、連れて行かれたのは駅前の不動産屋だった。

「不動産屋……?」

 そうちゃんは二人暮らしにおすすめ! というキャッチコピーの貼り紙を指さす。

「とりあえず、手始めに一緒に暮らそう」
「ほ?」

 なんか知らんけど、私たちは同居をすることになった。
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