5 / 6
5
しおりを挟む何十回か目のデートのその日。彼はどう見ても泣き腫らした後の、真っ赤な目をして、待合場所の駅に現れたのだ。
「ど、どうしたの⁉︎ その目! めっちゃ赤いよ⁉︎」
「うん……」
相当ショックな出来事があったのか、そうちゃんはなかなか口を開かない。
物憂げな男が大好きな私だって、相方が不幸になるのは嫌だ。
私は、ゆっくりちゃんと話を聞くために、そうちゃんの手を引っ張って、近くのカフェに入る。しょんぼりしているそうちゃんをソファ席に座らせて、注文を勝手に取り、話を聞く環境を整える。
「一体、何があったの?」
「実はね……昨日担当したご葬儀が、あんまりにも寂しいものだったんだ」
そうちゃんが言うには、そのお葬式は家族葬でもないのに、弔問客、ゼロ。親族、ゼロ。その場に喪主しかいない、不自然な式だったらしい。
詳しいことはわからないが、亡くなる前、故人は相当なことを周りの人間にしたらしい。
喪主である奥さんは「やっぱり、あんな人のお葬式ですもの。誰も来ないわ、報いを受けたのよ」と自棄気味に呟いていたそうだ。
弔問客がくることを想定した広い式場の中に、果てしない空席が広がり、中にはスタッフと故人と喪主だけ。想像するだけで、異空間だ。
「それは……すごいな」
と、彼を傷つけないように、口ではそう言ったけど、ぶっちゃけ心の中で、それだけ? よく私の漫画に出てくる展開じゃんと思ってしまった。
……でも私の漫画はフィクションだからこそ、受け止められる話であって、現実でそれを目の当たりにすると、心にくるものがあるのかもしれない。
いろんなことに気がつき、感じやすいそうちゃんはその会場でいろんなことを受け取ってしまったのだろう。鋭すぎる感受性は自分自身ではコントロールできるものではないだろうから。
「その場面があんまりにも悲しくって、見ていられなくって……。僕は式場に飾るアレンジメントを作ることしかできないから……せめて、心が晴れるように気持ちをこめてアレンジメントを作ったけれど……」
「そうちゃんは優しいなあ……」
片栗粉を混ぜたような、まったりとした声で私が言うと、そうちゃんはぶんぶんと首を横に振った。
「優しくないよ。だって、僕、故人様のこと可哀想って思っちゃったんだもの。プロ失格だよ」
そうちゃんは打ちひしがれたように俯く。
「どんな故人様でも亡くなる日まで、生きることをとっても頑張ったんだから、可哀想なんて、失礼だ」
「……そうだね」
ああ、私はやっぱりこの人が好きだ。どんな人の頑張りも、掬いあげてくれる、この人が。
私はそうちゃんの気が済むまで愚痴を聞くことにした。葬儀屋、という特殊な仕事についているからこそ、日々の業務の中で思うこと、心の澱になってしまっていること。いろんなことをポツリ、ポツリと話す。
そんな中、そうちゃんはちょっと気になることを口にした。
「やっぱり、生前、人望があった人のお葬式って、花の数も多くて、式に出席する人も多いんだ。僕はそれが、一種のバロメーターみたいだなって思ってしまって……」
「バロメーター?」
私は、眉を顰める。
「うん。お葬式って人生の通知表みたいじゃない? その人がどれだけ、愛されていたか、一髪で目に見えてしまうでしょう?」
そうちゃんの言いたいことはわかる。でも……。
「それは違うんじゃないかなあ~?」
私は気がついたら、反論を口にしていた。
「だって、私が死んだとして、読者はお葬式には出ないでしょう?」
「……え?」
そうちゃんはキョトンとした顔をする。かわいい。
「もし、私が今死んだとしたら、お葬式は家族がやってくれる。でも、きっと漫画を読んでいる読者は、お葬式には出なくても、心の中で悼んでくれると思うんだ。だから、葬式だけじゃ私がどれだけ愛されていたかなんてわからないじゃん?」
「理屈はわかるけど……。なんできょうちゃんが死ぬ話なんてするの?」
そうちゃんはちょっと怒った顔をする。……私ってほんと、愛されてるよなあ。
「例えだよ、例え」
小さく笑ってふざけるみたいに返す。
「確かにお葬式って人間関係が一目瞭然になっちゃうところだけど、それだけがその人の人生における良し悪しを決めるバロメーターではないよね。バロメーターは他人に見えないところにも複数あるって思っていた方が、精神衛生上よろしいのでは?」
「……そうだね」
そうちゃんは私の意見に納得したみたい。一件落着かな? 彼の表情はさっきよりもゆるく、安らいだものになっている。
「あと……さっきは言わなかったんだけど……。あっ! これ言ったら、引かれちゃうかなあ?」
もじもじと肩をすくめた私を見て、そうちゃんは何かを予感したのかヒヤリとした視線を向ける。
「何?」
「葬式に愛する人が一人きりっていう展開、割とガチで私の夢なんですよね!」
「は?」
「だって、私の遺体を見てそうちゃんが涙を流すんでしょ⁉︎ は~! 見てえ~! 最高のシチュ! 幽体離脱して上から眺めてえ~!」
身悶える私を見て、今までのシリアスが吹っ飛ぶくらい、つめた~い目をしてそうちゃんが私を見ている。わあ! レアな表情のそうちゃん! SSRスチル!
「こういう人がいるって知っちゃうと、あの故人様もそう思って超幸せに死んだ可能性が出てくるんですけど……」
「この世にはいろんな性癖を持つ人がいるのよ!」
と、ウインクしながらお姉さんぶっていうと、彼はもっと氷点下な表情で私を見た。
流石に呆れちゃったかな、と思った私に飛んできたのは思いもよらぬ言葉だった。
「じゃあ僕はさあ……。その夢を絶対阻止しないといけないよね?」
「へ?」
そのままカフェの席を立ったそうちゃんは、私の腕を引っ張ってずんずん歩き出す。そのまま、連れて行かれたのは駅前の不動産屋だった。
「不動産屋……?」
そうちゃんは二人暮らしにおすすめ! というキャッチコピーの貼り紙を指さす。
「とりあえず、手始めに一緒に暮らそう」
「ほ?」
なんか知らんけど、私たちは同居をすることになった。
0
あなたにおすすめの小説
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
それは、ホントに不可抗力で。
樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。
「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」
その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。
恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。
まさにいま、開始のゴングが鳴った。
まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。
憧れのお姉さんは淫らな家庭教師
馬衣蜜柑
恋愛
友達の恋バナに胸を躍らせる教え子・萌音。そんな彼女を、美咲は優しく「大人の身体」へと作り替えていく。「ねえ萌音ちゃん、お友達よりも……気持ちよくしてあげる」眼鏡の家庭教師が教えるのは、教科書には載っていない「女同士」の極上の溶け合い方。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる