【百合】女子二人が自炊するだけの話

菜っぱ

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 実は二人が暮らしているこの家の、もともとの持ち主は井波なのである。
 収入が不安定なライターの佐々木が、不動産屋でことごとく契約を断られ、途方に暮れているところを井波が拾ったのだ。
 二人はもともと友人関係だったが、出会った場所が、ビアンのコミュニティーだったがために最初から、お互いに恋愛対象が同性であることを知っていた。
 たまにあって、お茶をして、たわいもない会話をして別れて……。よく遊ぶ友達だけど、恋人ではない。そんな関係性が長く続いていた。

 そんな二人がいつものように、なんとなく連絡を取り、デートとも言えなくはないお出かけをした日。佐々木が家を借りられないと言う愚痴をこぼした。

「え? じゃあ、うちに住めばいいじゃん。うち、部屋余ってるよ?」
「え……? 本当にいいんですか?」

 そんないたって軽いノリで決まった同居だった。
 同居した当初、二人はもちろん恋人ではなかった。
 拾われた佐々木にとって井波は家主だったため、最初は『井波さん』とさん付けで呼んでいた。しかしそれを井波が嫌がったため、お互いに苗字で呼び捨てをしあうようになったのだ。
 変な呼び合い方だな、と思ってしまうが、なんだかそれが同じ学校に通うクラスメイトのような気安さがある、と二人は案外その関係性を気に入っていた。
 
 そんな暮らしを二ヶ月ほど続けたある日、会社の飲み会でベロベロに酔っ払った、井波が千鳥足で帰宅した。

「あはは~! 佐々木ぃ~! ちゅーしよ?」
「ちょっと、何言ってるんですか?」

 佐々木はこれは正気に戻った後、確実に黒歴史になるやつや……、と悟った。
 かわいそうだから、ちゃんとベッドまで連れて行ってやろうと思った瞬間、井波は真面目な顔をして佐々木の目を射抜くように見上げた。

「佐々木、ほんとは馬鹿でしょ?」
「は?」

 酔っ払いに馬鹿と言われたくはない。佐々木は露骨に顔を顰めた。

「だってさ~。佐々木、私が親切心で家にあげたと思ってるんでしょ? ……こんな美人、下心なしで家にあげるわけがないじゃん?」

 井波の突然の告白に佐々木は目を見開く。

 実は佐々木も、井波のことをずっと前からかわいいなと思っていたし、一緒に暮らす中で他の人間に渡したくないな、という独占欲も抱くようになっていたのだ。

 しかしせっかく手に入れた住環境をこちらの不手際で手放すまいと、自分の感情を押し殺していた。
 そんな中での下心宣言は寝耳に水だ。手を出さずにいた自分が馬鹿みたいに思えてきた。

(あー、これ。井波が酔い覚めたらどうなるんでしょう。まあ、いっか。その時はその時で考えれば……)

 佐々木はその雰囲気に流されて、井波を抱きしめた。

 二人はその日初めて一緒に眠った。

 朝、井波よりも早く目が覚めた佐々木は、隣に寝ていた伊波を見つめる。
 朝日が差し込む寝室で見る、井波の肌色は目に毒なくらい艶かしかった。

(一夜の快楽を優先してしまった……)

 昨夜の体験は……。それはまあ、夢に見るくらい素晴らしかった。大好きな人と、体温を共有することは、えもいえないほどの幸福を与えてくれる。
 しかしそれでも、白いシーツの上に一糸纏わぬ姿で、まどろむ井波を見て、佐々木の脳内には、多少の後悔が浮かんだ。

(明日から新しい家を探さないといけないですかね……)

 不安が体を駆け巡る。そんな中、目を覚ました井波は恥ずかしそうに顔を毛布に埋める。

「……おはよ」

 消えそうな声で、顔を真っ赤にしながら言った井波はこの世のものとは思えないくらいに可愛かった。

(なんですか、このはちゃめちゃにかわいい生き物は⁉︎)

 落とす。絶対に落とす。どんな手を使っても井波を落としてやる。
 そう固く決心した佐々木は先程とは打って変わってキリリとした顔で井波と向き合う。

「……おはようございます」
「……うん」

 井波はもじもじと照れが止まらないような表情を見せた。その仕草が佐々木の庇護欲を煽る。

「あの……私、佐々木のこと……めちゃくちゃ美人だな……って前から思ってて……」

(酔っ払っている時と全くおんなじことを言っている……)

 佐々木は井波の言葉が、その場のテンションでの発言ではなく本心であることに心底驚いていた。

「では、今日から私はあなたの恋人だと言うことでよろしいでしょうか?」
「そ……そだね」

 隙のない畳み掛けだった。
 そこから、なし崩し的に恋人になった二人が遠慮のない関係性を築けるようになったのは最近の話だ。
 二人はそのまま、呼び方を変えずにいる。他のカップルから見れば、呼び方を変えないその頑固さは、なんだそりゃと首を傾げたくなるかもしれない。
 でも、それこそが二人の唯一無二の関係性を表しているように見えた。

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