31 / 64
2章
25
しおりを挟む
「リタ、変わった様子はありませんか?」
リタの部屋へ着くと、魔王様はリタにかけていた術を解いた。リタは固まっていた身体を確かめるように、上半身を起こして、右手、左手と順番に動かしていく。
「私は大丈夫です。……天帝はどうなりましたか?」
リタにしては珍しく言い淀んだ。面持ちもいつも以上に固くなっている。
「天帝は、元天帝へと安全降格しましたよ」
魔王様の表情は何の感情も浮かんでおらず、皮肉を言うことしかできなかった。城へついた途端に、魔王様はどっと疲れ、椅子に勢いよく腰掛けた。
魔王様は、前髪をかき上げながら天井を仰ぎ見て、落ち着くように、目を閉じ、大きく息を吐いた。
「何か、食事やお茶でも用意しましょうか?」
リタは、これ以上今は触れないようにと気を効かして話題を逸らした。その気持ちが今の魔王様には有り難かった。
「はい。食事をして、湯浴みをして、寝て、そしたら今後の事を考えます」
リタは「はい」と答えると、直ぐに食事の用意をする為に厨房へと向かった。
それから3日後
魔王城に魔王様の姿は無く、広間にリタの姿だけがあった。3日前に食事を用意しようと魔王様のそばから離れた隙に、消えてしまったのだ。
リタは探しに行くべきだと思ったが、ある人物を待った方が話が円滑に進むだろうと、その人物を今か今かと待ち構えていた。
そうしているうちに3日が経っていたのだ。
そしてこの日、魔王城の大きな扉をそろそろと開けて入ってくる人影がいた。
「リタだけ?レイリンは?」
「見ての通りです」
元天帝が気まずそうに入ってきてリタに声をかけた。
「どこいる?」
「知りません」
リタは目を合わせることもなく答えた。その態度に元天帝は吐息をついた。
「何か言っていた?」
「何も」
もう少し積極的に考えろと元天帝は思ったが、自分の蒔いた種のせいだろうと、リタを責めることはできなかった。
「何でもいい、私が居なかった時の事を全て話して」
リタは、魔王様を足止めする手筈だった為、自分がしくじった話をあまりしたくは無かったが、元天帝が訊いた以上、答えなければ済まないと分かっていた。
そこでリタは、最初に魔王様と2人きりになった時の話を簡単にした。
「私の術が切れて、陛下に出て行かれました」
「止めなかったのか?」
「あれ以上、私が陛下を止めることは出来ません」
あの時の、魔王様の悲嘆に満ちた表情をリタは2度と思い返したくなかった。いっそ自分を咎めてくれたら楽なのに、魔王様はしてくれなかった。
元天帝はその話や表情から、リタには本当に無理だったのだろうと思った。
「あれほどのことをしても、陛下は私を家族だからと咎めもしなかった。それと貴方の事は、もっと前に諦めたら良かったと言っていました」
その言葉で元天帝の表情が強張った。
リタの事を家族だと言うのは魔王様らしい。
だが自分のことを諦めた方が良かっただなんて、魔王様らしくない。
こんな言葉を言わせてしまったと思うと、胸が脈打つ度に、痛くて痛くて仕方がなかった。
だがきっと、それ以上に魔王様は辛かったに違いない。今直ぐにでも魔王様を見つけ出して、抱きしめて、キスをして、安心してもらわなくてはならない。
元天帝は大きく息を吐いて呼吸を整えた。
「帰って来てからは?」
「その後は何も言わずに、私が食事の用意をしている最中に何処かへ行ってしまいました」
何の手がかりもないが、動かないわけにはいかない。
「レイリンを捜す。1人になりたい時に、レイリンが行きそうな所に心当たりは?」
リタは目を閉じて思索に耽る。静かに1分程待ってから口を開いた。
「1人になりたいのであれば、私の知らない場所でしょう。私が知らず、陛下だけが知っている場所」
リタは魔王様と会ってから3000年以上経っている。だが、リタは今まで魔王様と過ごした場所を全て覚えている。場所だけでなく、言葉も全て。
「昔、魔界の森で暮らしていたと話を聞いたことがあります」
魔王様が山籠り修行をすることは元天帝も知っていた。その中で行ったことのない場所を消去法で探す。
「そういえば、最下層の北西の方は特に避けていた気がします」
元天帝は魔界にはそれほど明るくないが、魔界の奥には広大な森が広がっているとは聞いたことがあった。
「場所がある程度特定できれば、あとは直ぐにわかる」
そうと分かれば、元天帝は居ても立っても居られない。直ぐに魔王城を後にし、魔界へと入っていった。リタもその後を急いで追いかけた。
魔界は人間界よりも数倍も広く、深いところにあり、太陽の光も届かないような場所も多くある。
2人は一言も話すことなく、最下層まで降りて行き、魔界の北西の奥へと飛んでいった。
3時間ほど飛び続けて、相当奥まで入り込んだ所で元天帝は一度止まった。
「疲れたんですか?」
魔王様に負けず劣らずリタは煽るのが好きだった。
その言葉を無視して、元天帝はゆっくり目を閉じた。
「聞こえた」
リタの耳には何も聞こえていなかった。下には薄暗い森が広がり、葉の掠れる音や獣の声は聞こえるだろうが、そもそもここは上空だ。
だが、それだけ呟くと今まで以上に速く元天帝は飛んで行ってしまい、リタは殆ど追いつけなくなってしまった。
元天帝は自分の神力を最大限使って感知能力を高め、自分にしか聞こえない鈴の音を追った。
もし、あのチョーカーだけが置かれていたらと思うと怖くなる。元天帝は考えるのを止めて、また10分飛び続けた。
地上からうっすらと煙が上がっているのが見えた。
元天帝は地面に降りると、木で出来た小屋が建っており、煙はそこからだった。
誰かが昔住んでいたようで、何も植えられていない花壇もある。
この中に魔王様がいると思うと、扉を開けるのを躊躇ってしまったが、元天帝は自分を奮い立たせて、ノックをした。
「レイリン?入ってもいい?」
中からは何も返事が無かった。数分ドアの前で待ってみたが変わらない。
無言は了承と捉え、もう一度ノックをしてから元天帝はドアを開けた。
リタの部屋へ着くと、魔王様はリタにかけていた術を解いた。リタは固まっていた身体を確かめるように、上半身を起こして、右手、左手と順番に動かしていく。
「私は大丈夫です。……天帝はどうなりましたか?」
リタにしては珍しく言い淀んだ。面持ちもいつも以上に固くなっている。
「天帝は、元天帝へと安全降格しましたよ」
魔王様の表情は何の感情も浮かんでおらず、皮肉を言うことしかできなかった。城へついた途端に、魔王様はどっと疲れ、椅子に勢いよく腰掛けた。
魔王様は、前髪をかき上げながら天井を仰ぎ見て、落ち着くように、目を閉じ、大きく息を吐いた。
「何か、食事やお茶でも用意しましょうか?」
リタは、これ以上今は触れないようにと気を効かして話題を逸らした。その気持ちが今の魔王様には有り難かった。
「はい。食事をして、湯浴みをして、寝て、そしたら今後の事を考えます」
リタは「はい」と答えると、直ぐに食事の用意をする為に厨房へと向かった。
それから3日後
魔王城に魔王様の姿は無く、広間にリタの姿だけがあった。3日前に食事を用意しようと魔王様のそばから離れた隙に、消えてしまったのだ。
リタは探しに行くべきだと思ったが、ある人物を待った方が話が円滑に進むだろうと、その人物を今か今かと待ち構えていた。
そうしているうちに3日が経っていたのだ。
そしてこの日、魔王城の大きな扉をそろそろと開けて入ってくる人影がいた。
「リタだけ?レイリンは?」
「見ての通りです」
元天帝が気まずそうに入ってきてリタに声をかけた。
「どこいる?」
「知りません」
リタは目を合わせることもなく答えた。その態度に元天帝は吐息をついた。
「何か言っていた?」
「何も」
もう少し積極的に考えろと元天帝は思ったが、自分の蒔いた種のせいだろうと、リタを責めることはできなかった。
「何でもいい、私が居なかった時の事を全て話して」
リタは、魔王様を足止めする手筈だった為、自分がしくじった話をあまりしたくは無かったが、元天帝が訊いた以上、答えなければ済まないと分かっていた。
そこでリタは、最初に魔王様と2人きりになった時の話を簡単にした。
「私の術が切れて、陛下に出て行かれました」
「止めなかったのか?」
「あれ以上、私が陛下を止めることは出来ません」
あの時の、魔王様の悲嘆に満ちた表情をリタは2度と思い返したくなかった。いっそ自分を咎めてくれたら楽なのに、魔王様はしてくれなかった。
元天帝はその話や表情から、リタには本当に無理だったのだろうと思った。
「あれほどのことをしても、陛下は私を家族だからと咎めもしなかった。それと貴方の事は、もっと前に諦めたら良かったと言っていました」
その言葉で元天帝の表情が強張った。
リタの事を家族だと言うのは魔王様らしい。
だが自分のことを諦めた方が良かっただなんて、魔王様らしくない。
こんな言葉を言わせてしまったと思うと、胸が脈打つ度に、痛くて痛くて仕方がなかった。
だがきっと、それ以上に魔王様は辛かったに違いない。今直ぐにでも魔王様を見つけ出して、抱きしめて、キスをして、安心してもらわなくてはならない。
元天帝は大きく息を吐いて呼吸を整えた。
「帰って来てからは?」
「その後は何も言わずに、私が食事の用意をしている最中に何処かへ行ってしまいました」
何の手がかりもないが、動かないわけにはいかない。
「レイリンを捜す。1人になりたい時に、レイリンが行きそうな所に心当たりは?」
リタは目を閉じて思索に耽る。静かに1分程待ってから口を開いた。
「1人になりたいのであれば、私の知らない場所でしょう。私が知らず、陛下だけが知っている場所」
リタは魔王様と会ってから3000年以上経っている。だが、リタは今まで魔王様と過ごした場所を全て覚えている。場所だけでなく、言葉も全て。
「昔、魔界の森で暮らしていたと話を聞いたことがあります」
魔王様が山籠り修行をすることは元天帝も知っていた。その中で行ったことのない場所を消去法で探す。
「そういえば、最下層の北西の方は特に避けていた気がします」
元天帝は魔界にはそれほど明るくないが、魔界の奥には広大な森が広がっているとは聞いたことがあった。
「場所がある程度特定できれば、あとは直ぐにわかる」
そうと分かれば、元天帝は居ても立っても居られない。直ぐに魔王城を後にし、魔界へと入っていった。リタもその後を急いで追いかけた。
魔界は人間界よりも数倍も広く、深いところにあり、太陽の光も届かないような場所も多くある。
2人は一言も話すことなく、最下層まで降りて行き、魔界の北西の奥へと飛んでいった。
3時間ほど飛び続けて、相当奥まで入り込んだ所で元天帝は一度止まった。
「疲れたんですか?」
魔王様に負けず劣らずリタは煽るのが好きだった。
その言葉を無視して、元天帝はゆっくり目を閉じた。
「聞こえた」
リタの耳には何も聞こえていなかった。下には薄暗い森が広がり、葉の掠れる音や獣の声は聞こえるだろうが、そもそもここは上空だ。
だが、それだけ呟くと今まで以上に速く元天帝は飛んで行ってしまい、リタは殆ど追いつけなくなってしまった。
元天帝は自分の神力を最大限使って感知能力を高め、自分にしか聞こえない鈴の音を追った。
もし、あのチョーカーだけが置かれていたらと思うと怖くなる。元天帝は考えるのを止めて、また10分飛び続けた。
地上からうっすらと煙が上がっているのが見えた。
元天帝は地面に降りると、木で出来た小屋が建っており、煙はそこからだった。
誰かが昔住んでいたようで、何も植えられていない花壇もある。
この中に魔王様がいると思うと、扉を開けるのを躊躇ってしまったが、元天帝は自分を奮い立たせて、ノックをした。
「レイリン?入ってもいい?」
中からは何も返事が無かった。数分ドアの前で待ってみたが変わらない。
無言は了承と捉え、もう一度ノックをしてから元天帝はドアを開けた。
0
あなたにおすすめの小説
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
できるかぎり毎日? お話の予告と皆の裏話? のあがるインスタとYouTube
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
クールな義兄の愛が重すぎる ~有能なおにいさまに次期当主の座を譲ったら、求婚されてしまいました~
槿 資紀
BL
イェント公爵令息のリエル・シャイデンは、生まれたときから虚弱体質を抱えていた。
公爵家の当主を継ぐ日まで生きていられるか分からないと、どの医師も口を揃えて言うほどだった。
そのため、リエルの代わりに当主を継ぐべく、分家筋から養子をとることになった。そうしてリエルの前に表れたのがアウレールだった。
アウレールはリエルに献身的に寄り添い、懸命の看病にあたった。
その甲斐あって、リエルは奇跡の回復を果たした。
そして、リエルは、誰よりも自分の生存を諦めなかった義兄の虜になった。
義兄は容姿も能力も完全無欠で、公爵家の次期当主として文句のつけようがない逸材だった。
そんな義兄に憧れ、その後を追って、難関の王立学院に合格を果たしたリエルだったが、入学直前のある日、現公爵の父に「跡継ぎをアウレールからお前に戻す」と告げられ――――。
完璧な義兄×虚弱受け すれ違いラブロマンス
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される
秋津むぎ
BL
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。
ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。
死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――?
傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。
冷徹勇猛な竜将アルファは純粋無垢な王子オメガに甘えたいのだ! ~だけど殿下は僕に、癒ししか求めてくれないのかな……~
大波小波
BL
フェリックス・エディン・ラヴィゲールは、ネイトステフ王国の第三王子だ。
端正だが、どこか猛禽類の鋭さを思わせる面立ち。
鋭い長剣を振るう、引き締まった体。
第二性がアルファだからというだけではない、自らを鍛え抜いた武人だった。
彼は『竜将』と呼ばれる称号と共に、内戦に苦しむ隣国へと派遣されていた。
軍閥のクーデターにより内戦の起きた、テミスアーリン王国。
そこでは、国王の第二夫人が亡命の準備を急いでいた。
王は戦闘で命を落とし、彼の正妻である王妃は早々と我が子を連れて逃げている。
仮王として指揮をとる第二夫人の長男は、近隣諸国へ支援を求めて欲しいと、彼女に亡命を勧めた。
仮王の弟である、アルネ・エドゥアルド・クラルは、兄の力になれない歯がゆさを感じていた。
瑞々しい、均整の取れた体。
絹のような栗色の髪に、白い肌。
美しい面立ちだが、茶目っ気も覗くつぶらな瞳。
第二性はオメガだが、彼は利発で優しい少年だった。
そんなアルネは兄から聞いた、隣国の支援部隊を指揮する『竜将』の名を呟く。
「フェリックス・エディン・ラヴィゲール殿下……」
不思議と、勇気が湧いてくる。
「長い、お名前。まるで、呪文みたい」
その名が、恋の呪文となる日が近いことを、アルネはまだ知らなかった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる