40 / 64
3章
33
しおりを挟む
それから1週間、何事もなく平和に時間が過ぎた。
魔王様は思うことがあるのか、時々深く考え込み、元天帝はその姿を見ると「気にする必要はない」と声をかけた。
魔王様は何度も元天帝に騙されてきたため、この話題を避ける元天帝の反応に違和感を感じていた。
「ランシュエ、また何か私に隠していることがあるのですか?」
その日の朝、魔王様は遂に元天帝に訊いてみることにした。だが、魔王様はこの元天帝が自分に隠し事をするならば、それをいくら訊いても答えないだろうと思っていた。
「何もないよ」
ベッドの上で2人で横になりながら、魔王様は元天帝とは反対向きに寝返りを打った。「ほら、やはり何も言わない」と魔王様は軽くため息を吐いた。
その様子の魔王様に、元天帝は「心外だな」と漏らし、魔王様の首筋にキスを落とした。
「私は今回、誓って何もしていないよ」
元天帝は「元」なので、もう彼らのことを放っておいてもいいと思っているようだった。
「だけど、レイリンが気になるのは仕方がない。今日は気晴らしにどこかへ出かけない?」
考えても仕方がない、事が動くまでは傍観しようと、魔王様も気を散らして元天帝の提案に乗った。
魔王様が外食をする時は、基本的に人間界へ向かうが、今回は元天帝が興味を持ったので魔界で昼食を取ることにした。
「魔界は広いですが、魔族の街はそんなに多くありません」
2人は魔王城から近く、最も大きな街へ来ていた。
歩きながら、魔王様は魔界について簡単な説明をした。
魔界は大穴を中心に広がっており、その大穴を下へ抜けていくと、4つの階層ある。
最下層は森が広大に広がっており、太陽の光もほとんど届かない混沌とした森だった。
中下層は魔族の町が点在しているが、あまりその影はない。
中層は町が幾つもあり、基本的な住居がある。
そして今いる上層は最も大きく、穴を中心とした住居や食事処、商店街がいくつも立ち並んでいる。
魔王様の派手な赤い衣は、魔界では魔王の象徴として広く知られている。すれ違う人たちは魔王様に気づくと、少し距離を取るように避けた。
「レイリンは本当に有名なんだね」
「私は自ら魔王なんて名乗った覚えはありませんが」
そして、魔王様の隣に居るのがリタではなく、長身、長髪の、端正な目鼻立ちの男性だという事にも周りは驚いているようだった。
魔王様は周りから避けられる環境に慣れており、特に気にする様子もなかった。
後ろで手を組んで悠々と歩いていると、路地から騒がしい声がして歩みを止めた。
3人ほどの子供が1人の子供を虐めている様子だった。
魔王様がこのような騒ぎに首を突っ込みたがることは、元天帝にはよく分かっていた。
「貴方達、何をしているのですか?」
魔王様の凜とした声は、子供達に届いたようだ。虐めていた3人の子供は振り返ると、魔王様の姿に眉を上げてあからさまに慌てた。
「ま、魔王様だっ!」
「おい、いくぞ!」
蜘蛛の子を散らすように3人は路地の奥へと走って逃げて行った。
「逃していいの?」
「彼らだけ説教して終わりなら、それでも良いんですが」
魔王様は虐められていた子供の近くまで行き、膝をついて目線を合わせ、優しく微笑んだ。
その子供はいくつも殴られた傷があり、魔王様が手をかざすとその傷はみるみるうちに消えていった。
「魔王様……?」
子供の目に涙がたまっており、やがて滴となって零れ落ちた。声を出して泣くことに抵抗があるのか、俯いて声を押し殺し、呻き声が漏れ出た。
魔王様は翳した右手をそのまま子供の頭に乗せて、髪を撫でつけた。
子供が泣き止むまで、ゆっくりと優しく手を動かし続けた。
数分後、子供は落ち着いて顔を上げた。目は真っ赤に腫れているが、先ほどまでの表情とは違い少しスッキリしたようだった。
「ありがとうございました」
子供は立ち上がると、魔王様に一礼した。
「貴方のご両親は?」
「……」
子供の顔が陰ったことで、魔王様と元天帝は察知した。
「それで、お屋敷には行っていないのですか?」
「……」
元天帝は「お屋敷」という単語が何を表すのか分からなかった。
「どうせ暇ですから、一緒に行きましょうか」
「でも僕は……」
「ハーフは関係ありませんよ」
魔王様はもう一度優しく微笑んで、立ち上がる。「ほら」と手を差し伸べて子供の手を掴んだ。
元天帝も子供相手では嫉妬するわけにもいかなかった。ハーフというのは、魔族と人間の間に産まれた子供ということだろう。何が違うのか分からないし、くだらない事だと、元天帝は思った。
3人は路地を出て大通りを歩いた。
子供の服装はそこまでボロボロな布ではないため、彼を保護している人がいるはずだと魔王様は思った。
「貴方の家はどこですか?」
「孤児院で、暮らしています」
なるほど、と魔王様と元天帝は顔を見合わせた。
しばらく歩くと、街の喧騒は無くなったが、1つの大きな屋敷が見えてきた。門の前まで行くと、魔王城ほどではないが立派であった。
「ここがお屋敷?」
「はい。魔族は一定の年齢になると、各層に配置されているお屋敷へ行きます。お屋敷には層を管理している魔族がいるのですが、そこで……」
魔王様が言いかけると、お屋敷から1人の魔族が走って現れた。
魔王様は思うことがあるのか、時々深く考え込み、元天帝はその姿を見ると「気にする必要はない」と声をかけた。
魔王様は何度も元天帝に騙されてきたため、この話題を避ける元天帝の反応に違和感を感じていた。
「ランシュエ、また何か私に隠していることがあるのですか?」
その日の朝、魔王様は遂に元天帝に訊いてみることにした。だが、魔王様はこの元天帝が自分に隠し事をするならば、それをいくら訊いても答えないだろうと思っていた。
「何もないよ」
ベッドの上で2人で横になりながら、魔王様は元天帝とは反対向きに寝返りを打った。「ほら、やはり何も言わない」と魔王様は軽くため息を吐いた。
その様子の魔王様に、元天帝は「心外だな」と漏らし、魔王様の首筋にキスを落とした。
「私は今回、誓って何もしていないよ」
元天帝は「元」なので、もう彼らのことを放っておいてもいいと思っているようだった。
「だけど、レイリンが気になるのは仕方がない。今日は気晴らしにどこかへ出かけない?」
考えても仕方がない、事が動くまでは傍観しようと、魔王様も気を散らして元天帝の提案に乗った。
魔王様が外食をする時は、基本的に人間界へ向かうが、今回は元天帝が興味を持ったので魔界で昼食を取ることにした。
「魔界は広いですが、魔族の街はそんなに多くありません」
2人は魔王城から近く、最も大きな街へ来ていた。
歩きながら、魔王様は魔界について簡単な説明をした。
魔界は大穴を中心に広がっており、その大穴を下へ抜けていくと、4つの階層ある。
最下層は森が広大に広がっており、太陽の光もほとんど届かない混沌とした森だった。
中下層は魔族の町が点在しているが、あまりその影はない。
中層は町が幾つもあり、基本的な住居がある。
そして今いる上層は最も大きく、穴を中心とした住居や食事処、商店街がいくつも立ち並んでいる。
魔王様の派手な赤い衣は、魔界では魔王の象徴として広く知られている。すれ違う人たちは魔王様に気づくと、少し距離を取るように避けた。
「レイリンは本当に有名なんだね」
「私は自ら魔王なんて名乗った覚えはありませんが」
そして、魔王様の隣に居るのがリタではなく、長身、長髪の、端正な目鼻立ちの男性だという事にも周りは驚いているようだった。
魔王様は周りから避けられる環境に慣れており、特に気にする様子もなかった。
後ろで手を組んで悠々と歩いていると、路地から騒がしい声がして歩みを止めた。
3人ほどの子供が1人の子供を虐めている様子だった。
魔王様がこのような騒ぎに首を突っ込みたがることは、元天帝にはよく分かっていた。
「貴方達、何をしているのですか?」
魔王様の凜とした声は、子供達に届いたようだ。虐めていた3人の子供は振り返ると、魔王様の姿に眉を上げてあからさまに慌てた。
「ま、魔王様だっ!」
「おい、いくぞ!」
蜘蛛の子を散らすように3人は路地の奥へと走って逃げて行った。
「逃していいの?」
「彼らだけ説教して終わりなら、それでも良いんですが」
魔王様は虐められていた子供の近くまで行き、膝をついて目線を合わせ、優しく微笑んだ。
その子供はいくつも殴られた傷があり、魔王様が手をかざすとその傷はみるみるうちに消えていった。
「魔王様……?」
子供の目に涙がたまっており、やがて滴となって零れ落ちた。声を出して泣くことに抵抗があるのか、俯いて声を押し殺し、呻き声が漏れ出た。
魔王様は翳した右手をそのまま子供の頭に乗せて、髪を撫でつけた。
子供が泣き止むまで、ゆっくりと優しく手を動かし続けた。
数分後、子供は落ち着いて顔を上げた。目は真っ赤に腫れているが、先ほどまでの表情とは違い少しスッキリしたようだった。
「ありがとうございました」
子供は立ち上がると、魔王様に一礼した。
「貴方のご両親は?」
「……」
子供の顔が陰ったことで、魔王様と元天帝は察知した。
「それで、お屋敷には行っていないのですか?」
「……」
元天帝は「お屋敷」という単語が何を表すのか分からなかった。
「どうせ暇ですから、一緒に行きましょうか」
「でも僕は……」
「ハーフは関係ありませんよ」
魔王様はもう一度優しく微笑んで、立ち上がる。「ほら」と手を差し伸べて子供の手を掴んだ。
元天帝も子供相手では嫉妬するわけにもいかなかった。ハーフというのは、魔族と人間の間に産まれた子供ということだろう。何が違うのか分からないし、くだらない事だと、元天帝は思った。
3人は路地を出て大通りを歩いた。
子供の服装はそこまでボロボロな布ではないため、彼を保護している人がいるはずだと魔王様は思った。
「貴方の家はどこですか?」
「孤児院で、暮らしています」
なるほど、と魔王様と元天帝は顔を見合わせた。
しばらく歩くと、街の喧騒は無くなったが、1つの大きな屋敷が見えてきた。門の前まで行くと、魔王城ほどではないが立派であった。
「ここがお屋敷?」
「はい。魔族は一定の年齢になると、各層に配置されているお屋敷へ行きます。お屋敷には層を管理している魔族がいるのですが、そこで……」
魔王様が言いかけると、お屋敷から1人の魔族が走って現れた。
0
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
魔王の息子を育てることになった俺の話
お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。
「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」
現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません?
魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL
BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。
BL大賞エントリー中です。
クールな義兄の愛が重すぎる ~有能なおにいさまに次期当主の座を譲ったら、求婚されてしまいました~
槿 資紀
BL
イェント公爵令息のリエル・シャイデンは、生まれたときから虚弱体質を抱えていた。
公爵家の当主を継ぐ日まで生きていられるか分からないと、どの医師も口を揃えて言うほどだった。
そのため、リエルの代わりに当主を継ぐべく、分家筋から養子をとることになった。そうしてリエルの前に表れたのがアウレールだった。
アウレールはリエルに献身的に寄り添い、懸命の看病にあたった。
その甲斐あって、リエルは奇跡の回復を果たした。
そして、リエルは、誰よりも自分の生存を諦めなかった義兄の虜になった。
義兄は容姿も能力も完全無欠で、公爵家の次期当主として文句のつけようがない逸材だった。
そんな義兄に憧れ、その後を追って、難関の王立学院に合格を果たしたリエルだったが、入学直前のある日、現公爵の父に「跡継ぎをアウレールからお前に戻す」と告げられ――――。
完璧な義兄×虚弱受け すれ違いラブロマンス
虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する
あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。
領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。
***
王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。
・ハピエン
・CP左右固定(リバありません)
・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません)
です。
べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。
***
2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!
めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈
社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。
もらった能力は“全言語理解”と“回復力”!
……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈
キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん!
出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。
最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈
攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉
--------------------
※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる