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絆
⑤ 魔女は語りけり
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予想の斜め上を行く発言に、私は一瞬言葉の意味が分からなかった。
「に……人間……?」
「人間観察。人の様子を見るのが私の趣味なの。読書も好きだけどね」
クスッと悪びれもない様子で回夜さんが答えた。
「へ……へー……そうなんだ……」
ぎこちなく笑う。正直、いきなり『趣味が人間観察なんです』とか言い出されてどうしたものかと困惑してしまう。というか、中学生ならまだしも高校生にもなって人間観察なんてイタすぎる。ついでにそれを悪びれもせずにはっきりと言えるあたり、どこか人や常識と回夜さんはズレている気がしてならない。
「こうやって、夜の街を散歩していると……色んな人の、色んな姿が見れて面白いの」
面白いのだろうか? それは?
思わず言いそうになり、口をつぐむ。いけない、ツッコんだらそのままズブズブと深みにはまってしまう……!
「例えば夜中にショッピングモールでたむろしている子供達。こぼれ話を拾うと、両親の不仲が原因で家に帰りたくないからたむろしている子もいれば、学校でいじめに遭って夜しか外出出来ないという子もいる」
「え」
予想外の言葉に思わず声が漏れた。
「それとラブホテルによく入る女性。見るたびに男が違うんだけど、一人だけえらく媚びている男性とは時間をおいてずっと関係を保っている。あの女性は風俗業なんだろうけど、その男性は本命で、だからずっと下手に出ているっぽいんだよねえ」
「ふ、ふうん……」
予想よりもはるか上を行く『人間観察』っぷりに思わず一歩退く。どうしよう、話を断ち切って早くここから逃げ出したい……。
私は予想外の回夜さんの話に顔が引きつる。適当なところで帰ろうと決意したところに、
「音無さんも、お母様の再婚とかで悩んでいるんでしょう?」
「え――」
唐突な爆弾発言に、体が硬直した。思わず逸らしていた視線を挙げて顔を見る。ニンマリとした猫を思わせる笑顔。笑っているのか、それとも嘲笑っているのか、自分には判断できなかった。
「ど、どうして……!」
『どうして知っているのか』。クラスでも挨拶を交わすぐらいしか接点のない回夜さんがどうして私の家庭内事情を知っているのか、そう言いたかった私の言葉を回夜さんは即座に汲み取る。
「貴女のお友達グループで時々本人が居ない時に時折話題に昇っているから、覚えちゃった。ごめんなさいね?」
クスッと悪びれもせずに笑う回夜さん。しかし私はチクリとした胸の痛みから回夜さんに反応が返せなかった。
(時折話題に……)
晴子達が私の居ない間に再婚の話について話している。秘密だよ、と念押ししておいたが……所詮そんなものなのだろう。
とはいえ……それでも絆を重んじてきた身としては、晴子達のことを信じてきた訳で……『秘密だよ』という約束が直接的ではないにしろ破られているという事実に少しばかり心が痛んだ。
「…………………」
「あら、黙っちゃって。図星だったかしら?」
沈黙する私を見て回夜さんがクスッと笑みを浮かべる。
「え、あ……別に……そういうわけじゃ……」
咄嵯に出た言葉だったが、嘘だ。確かに私は母の再婚相手のことで悩んでいたし、その上今『秘密』と伝えておいたことが関係のない回夜さんに知られているという事実に悩んでいる。とはいえ、それを表に出すのは憚られる。その為、曖昧に言葉を濁す。
「ふぅん……?」
回夜さんが意味ありげな表情でこちらを見つめてくる。私はそれにドキリとする。回夜さんの顔により深い三日月のような笑みが浮かぶ。
それに私はグッと唇をかみしめ、あえて強気な態度を取って話題の主導権を握ろうとする。
「た、ただまあ確かに自分の家庭の事情が漏れたことは嫌だけど……別に、再婚とかで悩んでいる訳じゃ……」
「あら。ならどうして夜中にこんな公園で独りでいるのかしら」
「っ!」
確信を突かれ、言葉が詰まる。話題の主導権を握ってどうにかこの状況からさっさと逃げ出そうと画策していた自分にとって、何とも間の悪い時に嫌な部分を突かれたものだ。
「は、母は……幸せそうで……母の幸せは、私にとっても幸せなんで、だから、その、悩んでいるとかじゃなく……そう! 母と私の絆は、そんな、再婚とかで破られるものじゃなく……!」
(しまった! 余計なことを……!)
焦って不用意に〝絆〟という言葉を使ってしまった。個人的な部分を特に今まで関わりのなかった回夜さんに見せ続けているという失態を続けてしまう自分を叱責する。
「〝絆〟……? そう……」
案の定というべきか、回夜さんは意味深そうに口元に手を当てて笑みを浮かべたまま言葉を反芻する。
嫌な予感に半球型のドームに佇んだままの回夜さんを凝視する。どうにも、先ほどからこの回夜さんにしてやられ続け、主導権を握られっぱなしだ。早いところ退散したいのだが、何分そのタイミングが見つけられない。
どうにかこの公園から去ろうと典型的な「そろそろ時間なので」と言って走り去ろうとし、
「そう言えば……音無さんの下の名前も〝希津奈〟だったね?」
「っ!」
またしてもタイミング悪く遮られる。おまけに私の名前に関して!
「え、ええ。まあ……」
曖昧に頷きながら、覚悟を決める。もう破れ被れ、毒を食らわば皿まで精神で回夜さんに臨む。
「……母は、〝絆〟を大事にする人なんです。私も小さい頃から『絆を大事にしなさい』と言われて育ってきて……だから、名前も〝希津奈〟って付けたんだそうです」
「ふうん……なるほどねえ……」
微笑を浮かべる回夜さん。ブランコの前で立つ私はその笑みに何処か含みがあるように思え、訪ねる。
「? 何か?」
「……音無さんは」
回夜さんの目が猫のように細められる。微笑を浮かべ此方を見つめてくる回夜さん。
(っな、に……?)
唐突に、ぞくりと悪寒が走る。まるで、聞いてはいけないことを聞いてしまうような予感。何かが、壊れてしまう前の前兆のような……。
そして――
「〝絆〟という言葉について、こんなお話を知っている?」
回夜さんが、ゆっくりと〝絆〟について……語り始めた。
「に……人間……?」
「人間観察。人の様子を見るのが私の趣味なの。読書も好きだけどね」
クスッと悪びれもない様子で回夜さんが答えた。
「へ……へー……そうなんだ……」
ぎこちなく笑う。正直、いきなり『趣味が人間観察なんです』とか言い出されてどうしたものかと困惑してしまう。というか、中学生ならまだしも高校生にもなって人間観察なんてイタすぎる。ついでにそれを悪びれもせずにはっきりと言えるあたり、どこか人や常識と回夜さんはズレている気がしてならない。
「こうやって、夜の街を散歩していると……色んな人の、色んな姿が見れて面白いの」
面白いのだろうか? それは?
思わず言いそうになり、口をつぐむ。いけない、ツッコんだらそのままズブズブと深みにはまってしまう……!
「例えば夜中にショッピングモールでたむろしている子供達。こぼれ話を拾うと、両親の不仲が原因で家に帰りたくないからたむろしている子もいれば、学校でいじめに遭って夜しか外出出来ないという子もいる」
「え」
予想外の言葉に思わず声が漏れた。
「それとラブホテルによく入る女性。見るたびに男が違うんだけど、一人だけえらく媚びている男性とは時間をおいてずっと関係を保っている。あの女性は風俗業なんだろうけど、その男性は本命で、だからずっと下手に出ているっぽいんだよねえ」
「ふ、ふうん……」
予想よりもはるか上を行く『人間観察』っぷりに思わず一歩退く。どうしよう、話を断ち切って早くここから逃げ出したい……。
私は予想外の回夜さんの話に顔が引きつる。適当なところで帰ろうと決意したところに、
「音無さんも、お母様の再婚とかで悩んでいるんでしょう?」
「え――」
唐突な爆弾発言に、体が硬直した。思わず逸らしていた視線を挙げて顔を見る。ニンマリとした猫を思わせる笑顔。笑っているのか、それとも嘲笑っているのか、自分には判断できなかった。
「ど、どうして……!」
『どうして知っているのか』。クラスでも挨拶を交わすぐらいしか接点のない回夜さんがどうして私の家庭内事情を知っているのか、そう言いたかった私の言葉を回夜さんは即座に汲み取る。
「貴女のお友達グループで時々本人が居ない時に時折話題に昇っているから、覚えちゃった。ごめんなさいね?」
クスッと悪びれもせずに笑う回夜さん。しかし私はチクリとした胸の痛みから回夜さんに反応が返せなかった。
(時折話題に……)
晴子達が私の居ない間に再婚の話について話している。秘密だよ、と念押ししておいたが……所詮そんなものなのだろう。
とはいえ……それでも絆を重んじてきた身としては、晴子達のことを信じてきた訳で……『秘密だよ』という約束が直接的ではないにしろ破られているという事実に少しばかり心が痛んだ。
「…………………」
「あら、黙っちゃって。図星だったかしら?」
沈黙する私を見て回夜さんがクスッと笑みを浮かべる。
「え、あ……別に……そういうわけじゃ……」
咄嵯に出た言葉だったが、嘘だ。確かに私は母の再婚相手のことで悩んでいたし、その上今『秘密』と伝えておいたことが関係のない回夜さんに知られているという事実に悩んでいる。とはいえ、それを表に出すのは憚られる。その為、曖昧に言葉を濁す。
「ふぅん……?」
回夜さんが意味ありげな表情でこちらを見つめてくる。私はそれにドキリとする。回夜さんの顔により深い三日月のような笑みが浮かぶ。
それに私はグッと唇をかみしめ、あえて強気な態度を取って話題の主導権を握ろうとする。
「た、ただまあ確かに自分の家庭の事情が漏れたことは嫌だけど……別に、再婚とかで悩んでいる訳じゃ……」
「あら。ならどうして夜中にこんな公園で独りでいるのかしら」
「っ!」
確信を突かれ、言葉が詰まる。話題の主導権を握ってどうにかこの状況からさっさと逃げ出そうと画策していた自分にとって、何とも間の悪い時に嫌な部分を突かれたものだ。
「は、母は……幸せそうで……母の幸せは、私にとっても幸せなんで、だから、その、悩んでいるとかじゃなく……そう! 母と私の絆は、そんな、再婚とかで破られるものじゃなく……!」
(しまった! 余計なことを……!)
焦って不用意に〝絆〟という言葉を使ってしまった。個人的な部分を特に今まで関わりのなかった回夜さんに見せ続けているという失態を続けてしまう自分を叱責する。
「〝絆〟……? そう……」
案の定というべきか、回夜さんは意味深そうに口元に手を当てて笑みを浮かべたまま言葉を反芻する。
嫌な予感に半球型のドームに佇んだままの回夜さんを凝視する。どうにも、先ほどからこの回夜さんにしてやられ続け、主導権を握られっぱなしだ。早いところ退散したいのだが、何分そのタイミングが見つけられない。
どうにかこの公園から去ろうと典型的な「そろそろ時間なので」と言って走り去ろうとし、
「そう言えば……音無さんの下の名前も〝希津奈〟だったね?」
「っ!」
またしてもタイミング悪く遮られる。おまけに私の名前に関して!
「え、ええ。まあ……」
曖昧に頷きながら、覚悟を決める。もう破れ被れ、毒を食らわば皿まで精神で回夜さんに臨む。
「……母は、〝絆〟を大事にする人なんです。私も小さい頃から『絆を大事にしなさい』と言われて育ってきて……だから、名前も〝希津奈〟って付けたんだそうです」
「ふうん……なるほどねえ……」
微笑を浮かべる回夜さん。ブランコの前で立つ私はその笑みに何処か含みがあるように思え、訪ねる。
「? 何か?」
「……音無さんは」
回夜さんの目が猫のように細められる。微笑を浮かべ此方を見つめてくる回夜さん。
(っな、に……?)
唐突に、ぞくりと悪寒が走る。まるで、聞いてはいけないことを聞いてしまうような予感。何かが、壊れてしまう前の前兆のような……。
そして――
「〝絆〟という言葉について、こんなお話を知っている?」
回夜さんが、ゆっくりと〝絆〟について……語り始めた。
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