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品行方正
追憶④ かくて少女の努力は無へと帰し……
しおりを挟む季節は巡り――二月。もうすぐ……小学四年生の私は小学五年生に、小学六年生の光輝お兄ちゃんは中学に上がる。
今回の集まりは、前回と違いお泊りは……無い。代わりに私達一家は当日の朝早くに祖母の家に来て食事会の準備をしている。
お父さんは食器や机、敷布やふすまを外す等の肉体作業を、私はお母さんと一緒に食事会の肝である食事の準備をしていた。
まあ食事の準備と言っても、私はお母さんの手伝いみたいなものだし、食事も取り寄せた出来合いのものが大部分なのだが。
それでも熱燗や汁物の準備などがあるので結構忙しい。
『今回はほとんど出来合いのものをお出しするので、お義母様は祐樹と一緒に休んでいて下さい』
そう言って祖母を休ませたお母さん。良いお嫁さん……なのだと思う。だけど、
(どうしよう)
私は手元の作業をしながら、焦燥に駆られていた。
(どうしよう……どうしよう……)
『このまま、黙っていても〝問題〟は解決しないでしょう?』
歩美さんのあの言葉が脳裏に蘇る。
(ああ、もう……私、は……)
その通りだ。歩美さんの言う通り、根本的に問題を解決しないといけないのに、それが出来ない。言えば、きっと悲しむ。
だから……今までは黙っていた。どうしようか、ずっと悩みながら。
だけど。
(言わ、ないと……)
「ぁ……」
お母さんに、言おうとして、
「そっちはどうだい?」
「! お父、さん……」
扉を開けて出て来たお父さんに機会を逸する。間が悪い。ぐっと押し黙る自分。
「大丈夫よー。梅香が手伝ってくれるから、楽ねー」
「……う、うん」
それだけしか返せない自分に自己嫌悪。
「どうしたんだい?」
不思議そうな顔をするお父さんに、二の句が継げない。
(どうしよう……)
怖かった。言えば、何かが崩れる予感がして。同時に、言わなければ取り返しのつかないことになる予感がして。二律背反……というのだろう。
応えあぐねている私。ふと、父の背後にある大型の冷蔵庫が見えた。
(冷、蔵庫……)
冷蔵庫を見た瞬間、私の価値手の記憶がフラッシュバックした。
此処にある大型冷蔵庫とは別に、祖母がお菓子やジュースをすぐに出せるようにと別で買った冷蔵庫。
何気なく、その中身を開けて……
『え――』
私は驚き、戸惑い、中のものを一つ掴んで後ろのラベルを見て――
(言わ、ないと――!)
「あ、あの!」
「「っ?」」
きょとんと、二人が此方を見る。ごくりと生唾を飲みこむ。覚悟を……決める。
「あ、あの……おばあちゃんの、冷蔵庫……」
そこに、
「おばさん!」
突如けたたましい走る音共にガラリと台所のふすまが開かれる。
え――?
「光輝、お兄ちゃん……?」
現れたのは――光輝お兄ちゃん。息を切らせて険しい表情で、父の背後から此方を見つめる。
「ど、どうしたんだい?」
驚くお父さん。お母さんも不安そうな表情になる。そして――私も。
不穏な気配に私の心がざわつく。何か、何かが……怖そうな、確信にも似た、予感。
そして――光輝お兄ちゃんが、口を開いた。
「ゆ、祐樹の様子が――!」
「っ――――――‼」
私の目が見開かれる。
同時に、私は駆け出していた。
◇ ◇ ◇
「はぁ……はぁ……!」
父の実家――祖母の家の中を、駆ける。
早く早く、速く速く――!
「はぁ……はぁ……!」
階段を上がり、廊下を曲がり、そして……祖母の部屋の前に辿り着く。
「祐樹⁉」
バンッと勢いよくふすまを開ける。
「…………っ!」
ふすまを開け……そこにある光景に息を飲む。
「こ、これは……一体……」
後ろから呆然としたお父さんの声と、
「祐樹⁉ 祐樹⁉」
更にその後ろにいたお母さんもやって来て、祐樹に駆け寄る。
「嗚呼、大吾⁉ 祐樹が少し前から急に苦しみだして……⁉」
そう言って、祐樹の身体を必死に揺さぶる祖母の姿。
そして――私の弟の祐樹は、敷かれた畳の上にぐったりと横たわっていた。
「ぅ……うう……!」
呻き、苦しむ祐樹。額にはびっしりと汗を吹き出し、意識も朦朧としている。
「祐樹⁉ 祐樹⁉ しっかり、しっかりして⁉」
揺さぶるお母さん。しかし祐樹は此方の声が届いていないのか反応がない。
「っ救急車、呼んで来ます!」
光輝お兄ちゃんがそう言って再び駆け出す。
それを、私は――
「あ、ああ……!」
震える身体を自分の腕で抱きしめ、見つめる。
まさか……まさか……まさか……。
私は硬直する身体を無理矢理動かし、部屋の中に視線を巡らす。
畳、布団、テレビ、祐樹の持ってきていたゲーム、鞄……。
そして――部屋にある机に視線を落とした時、ふとあるものを見つけた。
(これ、は………………)
震える手で、机に置かれた……開けられた饅頭の入った木を模したプラスチックの箱を掴む。熨斗紙が破られ、きれいに並べられた饅頭の幾つかが無くなっている。
恐らくは――祖母が祐樹に食べさせたのだろう。
(………………!)
カタカタと手を震わせながら……箱を持ち上げ……箱の裏に貼られているラベルを……覗く。
「………………!」
カタリと箱を落とす。予想が当たり、最悪の事態が起こったのだと理解した。
箱の後ろに貼られたラベルの消費期限は、当の昔に過ぎ去っていた。
(おばあちゃん……!)
脳裏に過る、偶然祖母が自分用に使っている方の冷蔵庫を除いた時の光景。子供達やお客さん、自分用にすぐにお菓子や飲み物が取り出せるようにと台所にあるのとは別に買った冷蔵庫。
『――――――え』
偶然開け……そして、見てしまったのだ。
ドンドン、ドンドンと見境なく買っては積み上げを繰り返し、みっちりと詰まった冷蔵庫の中身を。
試しに一番下のものを引っこ抜き、消費期限を確認し、幾年も前に過ぎたお菓子やジュースが無数に祖母の冷蔵庫に入っているのを‼
だから――夜、寝静まった時を見計らって祖母の冷蔵庫から消費期限の切れたお菓子類をゴミ袋に詰め、梅の木に隠して片づけのどさくさにまぎれて秘密裏に処分してきたのに!
嗚呼……私、は――。
「失敗、したんだ――――――」
呆然と、私は呟き……同時に力なく膝を着く。
間もなく弟は救急車で病院に運ばれ――治療の甲斐なく食中毒でこの世を去ったのは、数日後のことである。
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