約束の虹は8色に輝いて

鐘雪花(かねゆきはな)

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第1章 真実

第6話 望まない対決

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★◇◆◇◆◇◆◇


「うわあぁっ!」

 すんでのところで攻撃をかわしたものの、ターメリックは盛大に尻もちをついた。
 砂浜が柔らかいおかげで痛みはないが、攻撃を避けきれずに斬られた前髪が数本、風に流されて岩陰へと消えていった。

「……いい天気だな。暢気な船旅には、ちょうどいいくらいだ」

 揺らめく波間を背にして、ひとりの男がターメリックを見下ろしていた。
 太陽の光を受けた濃紺の髪が風に揺れている。
 その髪と同じ色の瞳は透き通っていて美しいものの、今は爽やかさの欠片もない。
 眼光鋭く、ターメリックを睨みつけている。

「ペパー団長!」

 男はターメリックの直属の上司、剣士団団長のペパーである。
 平和ボケした剣士や兵士の中で、彼だけが毎日の鍛錬を怠らないため、剣の腕で彼の右に出る者はいないと言われている。
 つまり……
 ここまで来たものの、ターメリックには万に一つの勝ち目もないのだ。
 
「どうして、団長がこんなところに……」
「クリスタン教信者のお前なら、父親に言われてクリスタニアへ向かうだろう。どこかで船の情報を聞いて、海路を使う可能性もある。だから、お前が来る前からここにいた」
「やっぱり、あなたもカイエンの……」

 手下か味方か……
 なんて尋ねようか迷って口ごもると、

「俺は、カイエン殿が剣士団長であった頃からの部下であり家臣だ。味方かどうかなどと、今さらわかりきったことを聞くな」

 ペパーは冷たい声色で断言すると、まだ尻もちをついたままのターメリックに剣を突きつけた。

「……」

 鋭い眼光から放たれる並々ならぬ殺気に、身動きできないターメリックは思わず生唾を飲んだ。
 こめかみを冷や汗が伝う。
 ここで終わりなのか……
 やっぱり、ぼくには何もできないんだ。
 何も……

「最後に聞く」

 すべてを諦めたターメリックを見据えたペパーは、ほんの少し殺気を緩めた。
 そして、訝るターメリックに向かって静かに口を開いた。

「お前は、カイエン殿による世界の私物化について、どう思う」
「……」

 ターメリックの頭の中を、先ほど父から聞いたカイエンの言葉が駆け巡った。

『おれは、この世界をすべて自分のものにする……してみせる!』

「……」

 何て答えたらいいんだろう……
 普段から難しい言葉なんて使ったことの無いターメリックである。
 もちろん、こういうときに言うべき自分の意見なんてものも持ち合わせていない。

「……」

 ターメリックは長考した。
 自分が置かれた状況も忘れて、考え続ける。
 今にも痺れを切らしたペパーが斬りかかってくるのではないかと思われた頃、ようやく口を開いて出た言葉が、

「どんな理由があっても、世界を征服するなんて、そのために戦争を起こすなんて、ダメなことだと思います」

 という、子どもでも口にしないような幼稚な内容であった。
 おかげで剣を向けていたペパーから殺気が抜けたものの、残念ながらターメリックは気づいておらず、そのまま喋り続けている。

「そりゃあ、ぼくだって戦争がどんなものなのかよくわかりません。でも、今まで必死になって起こらないようにしていたものだから、よっぽど悲惨なことなんだっていうのはわかります」
「……」
「戦争を起こして世界を征服して平和を目指すなんて……なんて言うんだろう、うーん……すっごく遠回りっていうか」

 ターメリックがそこまで口にしたとき……
 我慢していたペパーが、もう限界だとばかりに剣を払った。
 ターメリックは咄嗟に避けたものの、剣の切っ先が左腕をかすっていった。

「いっ……っ!」

 ターメリックは苦痛に顔を歪めた。
 袖口を見れば、破けたところが血に染っている。
 そんなターメリックに、ペパーは剣を向けたままゆっくりと近づいてきた。

「お前は知らないのか。この平和な世界のままでは生きていけない職業の人間だっている。そういう奴らのために、カイエン殿はこれから戦争を起こそうとしているんだ」
「自分の仕事がなくなってしまうから戦争を起こすなんて馬鹿げてますよ! 戦争がなければ成り立たない仕事なんていらない! 仕事がなくなってしまったら、また自分にできる仕事を探しに行けばいいんだ!」

 砂浜をゆっくり歩いてくるペパーに向かって、ターメリックは叫んでいた。
 押さえた傷口はじんじんと痛むが、幸い出血は止まっているようだった。

「なくなってしまったら探しに行け、か……」

 ターメリックの言葉を受けて、ペパーは冷たく鼻で笑った。

「懐かしいな。いつぞやに処刑された男も、お前と同じことを口にしていた。その言葉を聞くまですっかり忘れていたが」
「ノワール先生は、ぼくの師匠です。ペパー団長もご存知だったんですね」
「当たり前だ。奴を処刑したのは、当時大臣になったばかりのカイエン殿だからな。さて、ターメリック・ジュスト。長話はこれぐらいにして、そろそろ眠ってもらうぞ……永遠にな!」

 ペパーは、もうターメリックの話に付き合う気はないらしい。
 素早く振り下ろされたペパーの剣を、ターメリックは危ういところでかわした。
 目標を失い、空を斬った剣が砂浜に埋まる鈍い音を背中で聞きながら、ターメリックは足をもつれさせつつ駆け出した。

 とりあえず、城下町まで逃げよう……
 陸路でもかまうものか。
 父さんの願いを叶えるんだ!
 後ろから追いかけてくるペパーの気配がする。
 ターメリックは死ぬ気で足を動かした。

 しかし……というか、やはり。
 やわらかい砂浜に足が埋まってしまい、体力は取られるしうまく走れない。
 この砂浜が永遠に続くかと思われた、そのとき。

「わっ……!」

 ターメリックは、これでもかというくらい盛大にすっ転んだ。
 砂の中に顔面から飛び込んでしまい、ゲホゲホと咳き込む。

 なんだ……?
 今、何かにつまずいたような……?
 ターメリックは、目元の砂を拭いながら転んだ場所に目を凝らした。
 すると……
 太陽の光を受けて、地中で何かが煌めいた。

 近づいてみると、赤い宝石が砂の中から顔を覗かせている。
 掘り出してみるとそれは、一振りの剣だった。
 柄の部分で、赤い宝石が輝いている。

「これ……使えるかな……」

 最初の全力疾走が効いたのか、ペパーはまだ近くまでは来ていない。
 ターメリックは剣を手に取って眺めてみた。

 茨と王冠の銀細工でできた鞘。
 名前もわからない赤い宝石。
 見るからに高価なものだ。
 どうして、こんなものがこんなところに……?

「……いいものを拾ったようだが、お前には使えまい」

 気がつけば、剣を構えたペパーがすぐ近くまで迫ってきていた。
 向こうは帝国内でも名の知れた剣の使い手。
 こちらは腰に剣を差したこともない下っ端剣士。
 力の差は、一目瞭然……

「でも……やってみないと、わからないよね」

 ターメリックは、ふっと気合いを入れて剣の柄に手をかけた。
 ……そのとき。

『抜いてはならぬ!』

 突然、剣から女性の声が聞こえてきた。

「!?」

 ターメリックは思わず剣を見つめた。

「しゃ、喋った……!? って、この状況で抜くなって、じゃあどうすれば」

 いいんだよ、とターメリックが口にする前に、ペパーが自分の剣を音もなく振り下ろしてきた。
 もちろん、こちらが剣を構えている暇はない。

 ああ、もう……っ!
 ターメリックは、咄嗟に「抜くな」と言ってきた剣を盾にして、ペパーの攻撃を受け止めようとした。
 すると……
 次の瞬間、ふたりの剣から眩い光が溢れ出した。

 うわ、眩しい……っ!
 ターメリックは固く目を閉じた。
 ……何が起こっているのかわからないまま、ターメリックはまるで磁石が反発するような強い力で吹き飛ばされていた。
 遠い遠い、海の彼方へ。


つづく
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