十七デシコロンの孤独

たけむら

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2 ピンクのランドセル

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  道の端に木が生えている。雑草の花が咲いている。その真ん中、崩れた部分が目につく焼けたアスファルトの上を行く制靴の爪先。右の爪先、左の爪先。右爪、左爪、右、左。順番に繰り出される足に乗せられ、意志は無くとも身体は進んだ。
 
 比較的大きな交差点で二つの爪先が並ぶ。植木の脇の、車道のギリギリよりも少し手前。一年以上ほとんど毎朝立ち続けている位置。最近、鋭い花弁を持つたんぽぽみたいな黄色い花が一緒に並んでくれるようになって嬉しい場所だ。

「おはよー!」
 大きな声で我に返った。

 咄嗟におはようと言いそうになって、
「おはよー!」
 左腿から聞こえた絶叫に身体がびくつく。いつの間にそこにいたのだろう。

  いつだったか歩き煙草をする不届き者を見た姉が、『小さな子供が視界に入らなくなることを大人になるって言うのかね?』と大真面目に言っていたのを思い出した。多分あれは逆説的な意味で、姉は時々そういう言い方をする人だった。

「おっはよー!」
  再びの大声に前を見れば、横断歩道の向こうに真っ赤なランドセルを背負った小さな女の子達。赤い信号機の下で、まるでやまびこを楽しむかのようにこちらに向けて叫んでいる黄色い帽子の少女達。
「おっはよー!」
 左腿の子が、それに応える。

 胸の中で少し笑った。元気でよろしい。元気なのはいい事だと思う。それから、小学生がここにいるという事は今日も時間通りだなとぼんやりと思った。
 そんなに学校が楽しみなのだろうか。それとも楽しみなのは明日から始まる夏休みか。今にも駆けだして来そうな向こうの君に、飛び出すなよ、と念を送った。
 
 やがて、小さな乙女の大群が踊るように通り過ぎると、横断歩道の真ん中辺りで不思議そうにこちらを見ているおじいさんと目が合った。ぱちくりと瞬きをしあう男同士。

 変質者だろうか。いや、違う。黄色い旗を持っているから、黄巾の乱でもなければ、そういう役目のおじいさんなのだろう。
 そんな事を考えている内に、のんびりとこちらに向かって歩いて来た老師が『渡らねえんかい?』と話しかけてきた。あ、と思って顔を上げると信号はすでに赤。

 苦笑、あるいは照れ笑い。漫画みたいに頭を掻いて。

「すみません、なんかボーっとしちゃって」
「そっかい。今日は暑いもんな。ゆっくりゆっくりだ」
 言いながらのんびりと青空を見上げた彼からは、老人独特の匂いがした。

 そうして信号が青に変わると、再び横断歩道に出た老人が行く先を旗で示してくれた。日焼けした顔に浮かぶいたずらっぽい笑みの前を、穏やかに愛想笑って通り過ぎて行く。
 
 ふいに背中で聞こえた「おはよう」という皺がれた声に振り向けば、交差点に戻った老人が、いつの間にか道端に座り込んでいたランドセルに話しかけている所だった。

 多分、あの黄色いたんぽぽもどきを見ていたのだろう。群れから外れたピンクのランドセルは、老人の声が合図だったかのように立ち上がり、とぼとぼと逃亡を開始した。

 まるでピアノの発表会みたいなふりふりのワンピースに、綺麗に結んだ長い髪。
 そうしていないと押しつぶされてしまうとでもいう様に、ぎゅっとランドセルの紐を握って歩くその姿で、彼女の事情はぼんやりと想像できた。

 少し困ったように頭を掻いたおじいさんに背を向けて、また歩き出す。行先は、きっとあの子と同じ。でも多分、あの子よりはずっとマシなんだろうと思った。
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