短編集 ありふれた幸せ

たけむら

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ステージ ――十七歳・女(高校生)

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 先輩の事が、好きだった。
 下らない事ばかり言って、みんなを笑わせてくれた人。誰よりも早く部室に来て、ずっとギターをいじっていた人。音楽が好きで、沢山素敵な曲を教えてくれた人。いつも隅っこにいるはずなのに、いつの間にか皆に囲まれている人。車も来ていない赤信号をじっと待って、ちょっと汚いくらいの犬が好きな人。

 そんな先輩の指が、ギターのネックをなぞっていく。キャンプファイアの炎が揺らす赤とオレンジと夜の黒。その中で先輩は、ちょっと右肩を下げ気味にして親指で六弦を押さえる仕草。そんな私の一番好きなシルエットがステージの上をゆらゆらと斜めに伸びていく。

 私はずっと、それを見てた。
 部室の隅で、落ちていた漫画を読みながら。黒板にオリジナルの妖怪の絵を描きながら。ギターを抱えた左肩に、先輩の体温を感じながら。時々、好きな歌を歌いながら。
 夏の窓辺で『暑いな~』と呻きながら『暑い歌』を歌い出した先輩を。いつもの様にリクエストに応えて、とっても楽しそうに私の知らない歌の伴奏を務める放課後の先輩を。オレンジの影の中で『そう! その顔! ギターは顔!』なんて指をさして笑いながら、ハーモニクスのやり方を教えてくれた先輩を。私の下手くそな歌を気に入って適当に弾き始めた時の、私に向かってこぼれた白い歯を。

 私は、ずっと。ずっと見ていた。

 少し目を伏せ気味にした先輩が、流石の切ない顔でギターからそっと指を離す。まるで星が瞬くみたいなハーモニクス。

 音と音の間の、胸がぐっと詰まる一瞬。込み上げた感情が声になる前に、先輩の隣から透明な歌声が空に伸びていく。

 優しい声。綺麗で、あったかくて、どこか切ないあの人の声。私を、この部活に誘ってくれた人の声。ドが付く初心者だった私にも、色んなアドバイスをくれた人の声。気が付いた時にはいつも先輩の傍にいたあの人の声。タメ口で先輩と喋って、あれ弾いてよなんて先輩を雑に扱って、気軽に肩をグーで叩き、ギターに落書きをして怒られてペロッと舌を出して見せたり、私の知らない話で先輩と笑い合ったり、一緒にギターを選んでくれたり、アイスを半分こしたり。

 ずっと大好きで、ずっと憧れで、とてもうらやましかったあの人の声。あの人の歌。

 校庭の端、夕方を通り過ぎた涼しい夜の中。教室でやった引退ライブの賑やかさとは全然違う空気。文化祭に使われた何もかもが燃える明かりが照らし上げた二つの椅子、二つの譜面、一本のギター。誰もが認める特別な二人。特別な時間。特別なステージ。

 瞬きすら忘れてただ飲み込まれて行く私達を消して、椅子に座ったままじっと夜を見つめて歌うあの人の声。私の知らない歌を、とても大切そうに、寂しげに、楽しそうに歌う姿。湿った歌、乾いた歌、孤独な歌も大きな歌も。色々な歌で私達の感情をめちゃくちゃにかき混ぜておいて、時々思い出したように照れ笑いなんかをする。
 それからほんの一瞬先輩と目を合わせ、呼吸を合わせて歌い出された、私の大好きな歌。大好きだった二人の最後のライブの最後の曲に選ばれた歌。私が唯一、先輩に教えた歌。先輩に貸したCDの歌。先輩と私とあの人と、共通の話題になった一枚のアルバム。胸がきゅっと詰まる様な素敵で優しい、とっておきの歌。

 それはとても、とてもとても良くて。全部が幸せで温かな気持ちになる様で。

 先輩達の歌が拍手と共に弾けた瞬間、私は鼻に込み上げてきたワサビみたいな奴を飲み込んで、手の平がかゆくなる位一生懸命に両手をぶつけながら『せんぱーい』と馬鹿みたいに叫んで、手を振って、照れくさそうにギターを持ち上げてくれた笑顔に合わせて、しわくちゃな顔で、下手くそなりに目一杯に。

 文実のアナウンスが聞こえ出しても、ずっと、ずっと。舞台の袖で互いを褒め合っては背中を反らして笑う先輩と、お腹を押さえて笑うあの人と。大好きな二人の姿を囲みながら、『この時間がいつまでも続けばいいのに』なんて嘘にも本当にも成りきれない事を言って、みんなと一緒に笑っていた。
 
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