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職場の飲み会で

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 私が店に着いたのは、決起集会という名のその飲み会が始まってから三十分ほど経った頃だった。

 さあ会社を出ようというタイミングになって、荒木課長と共に経営企画室の室長につかまってしまったからだ。



 飲み会の会場は雑居ビルの地下の創作居酒屋で、店内は明るくにぎやかな雰囲気で満たされていた。

  

 今日の飲み会の出席者は十五人程度で、今日は店内貸し切りとのことだった。主なメンバーは営業二課の大村課長と二課の担当者、タイ工場のプロジェクトに関わっている総務室・法務室・経理室・情報システム室・物流センターなどの若手担当者と課長クラスだ。



 若手メンバーは大体顔を知っている人たちばかりだったので、あまり気を遣わずに済みそうだ。



「お、荒井君と葉月さん、こっちこっち」

  

 すでに何杯目かのジョッキを手にした総務室の本田室長が私と荒井課長を手招きした。店内のいたるところですでに数人の小グループが出来上がっている。それぞれが楽しそうに話をし料理をつつきお酒を飲んでいた。



 あんな風に藤澤君から声を掛けられていたものだから、荒井課長とともに本田室長のそばに腰かけながらさりげなく藤澤君を目で探してしまった。藤澤君は私から少し離れた席で私に背を向けて座っていた。



 飲み会は和やかなムードであっという間に時間が過ぎた。



 飲み会の中盤では藤澤君がビールの瓶を手に私の隣の席にやってきた。以前に一緒になった飲み会で知ったことだが藤澤君はかなりお酒に強い。今日もすでに結構な量のお酒を飲んでいるはずだが、素面と変わらない様子で私のグラスにビールを注いでくれた。



「葉月さん、今日は残業だったんですか?」



「うん、定時で帰れるはずだったんだけど会社を出る直前でちょっと打ち合わせが入っちゃって」



「やっぱり皆、葉月さんを頼りにしてるんですね」



 素面しらふと変わらない様子に見えた藤澤君だったけど、話してみるとそれなりにアルコールは回っているようでいつもよりもテンションが高い。笑う場面でもないのに無防備に笑顔を振りまいている。そのベビーフェイスにその笑顔はずるい。



「そんなことないよ。人手不足なだけ」



「いーえ、違います。皆葉月さんに仕事を頼みたいんです!」



 藤澤君は会社では聞いたことのない子どものような口調で言った。先ほどから藤澤君との距離が近く見つめられている気がするのは、私の気のせいだろうか。



 気が付けば私も3杯目のジョッキを空けていた。それなりに酔いが回っているせいもあり、はっきりしない思考のまま藤澤君の顔を見つめていた。



 前から思っていたけれど、近くで見れば見るほど藤澤君は綺麗な肌をしている。髪の毛の色も綺麗だ。以前の何かの折に、アッシュがかった黒髪は地毛だと聞いた。黒目がちな瞳は大きくて生まれたての子犬のように濡れている。



 アルコールでも入らなければ照れ臭くてこんな風にじっくりと藤澤君の顔を見つめることはできない。



「葉月さん……」



  藤澤君がつぶやくように言った。



「俺たち、なんか見つめ合ってますね」



 そう言われて我に返った。



「え、あ、そうね、酔っぱらってるからね」



 そう答えると藤澤君はおかしそうに笑った。



「葉月さんって冷静なのかそうじゃないのか、よくわかんない人ですね」



 なんだかよくわからないが私は笑われているらしい。私は負けじと言った。



「藤澤君こそ、見つめ合ってますね、なんてその後どんな返しを期待しているわけ?」



 藤澤君は甘えるような表情になった後、少し真剣な表情に戻って言った。



「わかんないですけど……、なんか嬉しかったんで言っちゃいました」



 どう答えたらいいのかわからずにいると藤澤君の隣に彼の上司である大村課長がやってきた。



「おーい藤澤、何いちゃついてんだ? いいねえ、イケメンは」



 大村課長と藤澤君はとても仲が良い。藤澤君は、そんなんじゃないですよー、と言いながら大村課長の持ってきた日本酒を飲み始めた。



 飲み会が終わり、荒井課長や大村課長は管理職だけで連れ立って二次会に行ったらしい。若手のうちの数人がカラオケに行く流れのようだったが残業続きで疲れていた私は、そそくさと退散することにした。



 集団をそっと抜けて駅のほうに歩き始めてから数十秒後、後方から私の名前を呼ぶ声がした。



「葉月さん!」



 その声を聞いただけで私の名前を呼んだのが誰なのか振り返らなくともわかったけれど、にわかには信じがたい気持ちで振り返ると藤澤君が息を切らしてこちらに向かって走ってくるのが見えた。

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