6 / 38
藤澤君の部屋
しおりを挟む
藤澤君の後に続いて部屋に入った。藤澤君の部屋の玄関は新築のマンションの香りと柔軟剤の香りが混ざった香りがした。
「あの、少しだけ待っててください」
そう言うと藤澤君は廊下を進んで目の前に見えていたドアを開け、リビングに入った。ドアの奥からバタバタと藤澤君が動き回る音がしている。恐らくリビングに置いてあった身の回りのものを片づけているのだろう。
築三年くらいだろうか、想像していたよりも遥かに立派なピカピカのマンションだった。リビングへの扉に続く二メートルほどの廊下の途中の左側にドアが二つ、右側にドアが一つあった。そのうち二つがトイレと風呂で、もう一つが寝室、あるいは藤澤君が先ほど言っていた物置になっているという部屋だろう。
「すみません、お待たせしました。お茶でも飲みます? あ、それとも、風呂、使います? 」
そう自分に投げかけられる言葉を現実感なく聞いている自分がいた。
まさかあの藤澤君のマンションの部屋に来て、『シャワー使う?(意訳)』なんて聞かれる日が来るなんて。
……まあ実際のシチュエーションはかなり滑稽だけれど。せめてこうして心の中でだけでもおどけていないと、あまりの緊張で心臓が口から飛び出しそうだ。
「あ、えーと、お茶、もらってから、お風呂、借りて……いいかな? 」
「わかりました! 」
私は促されるまま遠慮がちにリビングに入った。ダイニングを兼ねたリビングの広さは八畳ほどだった。白を基調とした床と壁にナチュラルテイストの家具が並んでいる。
リビングの隣には、仕切り戸でつながった洋室があり、仕切り戸の隙間から薄いブルーの布団がかかったベッドが見えていた。廊下につながるドアのすぐ右手は一人暮らしには広めのカウンターキッチンになっていた。
私はキッチンカウンターに寄せるように置かれた小ぶりのダイニングテーブルに腰掛け、藤澤君が淹れてくれた緑茶を飲んだ。
「結構渋い飲み物、常備してるんだね」
「俺、結構おやじ趣味かもしれません」
そう言いながら藤澤自身は椅子に腰かけることなく、バタバタとリビングと廊下を行ったり来たりしている。
「これ、バスタオルとか使ってください」
そう言われ藤澤君からタオルを手渡された。藤澤君の家に入ったときに感じた柔軟剤の香りがさらに強く香った。
「部屋は廊下の左側のドアが寝室です。布団敷いておきましたから使ってください。俺のことは本当に気にしないでもらっていいんで! じゃ、おやすみなさい」
そう言うと藤澤君はリビングの隣の洋室に入っていった。さっさと姿を消したのは、私に気を遣わせまいとしてのことだろうか。
藤澤君がいなくなった後、シャワーを借りて布団に入ったけれどなかなか寝付けなかった。
部屋のそこら中に藤澤君の匂いと気配がある。藤澤君が貸してくれた部屋は本当に物置と形容されるのがふさわしい類の殺風景な部屋で、四畳半ほどの部屋に布団といくつかの衣装ケースが置かれただけの部屋だった。
リビングも物が少なかったし、部屋全体がいかにも男の人の部屋という感じがした。そんなことをつらつらと考えているうちに、私は深い眠りに落ちていた。
・
・
・
翌朝九時頃目覚めて、身支度をした後リビングに行くと藤澤君はすでに起きていて、ダイニングテーブルの上には私の分の朝食だけが残されていた。朝食は目玉焼きとトーストだった。目玉焼きはすごく上手に焼かれている。
「おはようございます。ちゃんと眠れました?」
無料で泊めてもらった上に、朝から美味しそうな朝食とイケメンの優しい笑顔に迎えられている。これは何かの夢なのかな?
「こんな贅沢していいのかな?」
そして無意識のうちに心の声が口から出てしまっていた。
「え?」
「あ、なんでもない。あの、昨日はほんっとーにありがとうございました!」
私は藤澤君に改めてお礼を言って、深々と頭を下げた。
「え、そんな、頭上げてください。それより、ご飯食べたら行きましょうか。とりあえず管理会社に電話してみましょう」
「あ、うん、そうだよね」
私は急いで朝食を食べ始めた。朝食を食べながら、藤澤君の姿をついちらちらと見てしまう。初めて見る藤澤君の私服だった。白いボタンダウンのシャツに、紺のセーターにジーンズというシンプルな服装がよく似合っている。
朝食を終えて、さあこれから管理会社に電話をすればようやく問題が解決して家に帰れる、と思ったのも束の間、電話口で管理会社の担当者から知らされた事実は驚くべきものだった。
「あの、少しだけ待っててください」
そう言うと藤澤君は廊下を進んで目の前に見えていたドアを開け、リビングに入った。ドアの奥からバタバタと藤澤君が動き回る音がしている。恐らくリビングに置いてあった身の回りのものを片づけているのだろう。
築三年くらいだろうか、想像していたよりも遥かに立派なピカピカのマンションだった。リビングへの扉に続く二メートルほどの廊下の途中の左側にドアが二つ、右側にドアが一つあった。そのうち二つがトイレと風呂で、もう一つが寝室、あるいは藤澤君が先ほど言っていた物置になっているという部屋だろう。
「すみません、お待たせしました。お茶でも飲みます? あ、それとも、風呂、使います? 」
そう自分に投げかけられる言葉を現実感なく聞いている自分がいた。
まさかあの藤澤君のマンションの部屋に来て、『シャワー使う?(意訳)』なんて聞かれる日が来るなんて。
……まあ実際のシチュエーションはかなり滑稽だけれど。せめてこうして心の中でだけでもおどけていないと、あまりの緊張で心臓が口から飛び出しそうだ。
「あ、えーと、お茶、もらってから、お風呂、借りて……いいかな? 」
「わかりました! 」
私は促されるまま遠慮がちにリビングに入った。ダイニングを兼ねたリビングの広さは八畳ほどだった。白を基調とした床と壁にナチュラルテイストの家具が並んでいる。
リビングの隣には、仕切り戸でつながった洋室があり、仕切り戸の隙間から薄いブルーの布団がかかったベッドが見えていた。廊下につながるドアのすぐ右手は一人暮らしには広めのカウンターキッチンになっていた。
私はキッチンカウンターに寄せるように置かれた小ぶりのダイニングテーブルに腰掛け、藤澤君が淹れてくれた緑茶を飲んだ。
「結構渋い飲み物、常備してるんだね」
「俺、結構おやじ趣味かもしれません」
そう言いながら藤澤自身は椅子に腰かけることなく、バタバタとリビングと廊下を行ったり来たりしている。
「これ、バスタオルとか使ってください」
そう言われ藤澤君からタオルを手渡された。藤澤君の家に入ったときに感じた柔軟剤の香りがさらに強く香った。
「部屋は廊下の左側のドアが寝室です。布団敷いておきましたから使ってください。俺のことは本当に気にしないでもらっていいんで! じゃ、おやすみなさい」
そう言うと藤澤君はリビングの隣の洋室に入っていった。さっさと姿を消したのは、私に気を遣わせまいとしてのことだろうか。
藤澤君がいなくなった後、シャワーを借りて布団に入ったけれどなかなか寝付けなかった。
部屋のそこら中に藤澤君の匂いと気配がある。藤澤君が貸してくれた部屋は本当に物置と形容されるのがふさわしい類の殺風景な部屋で、四畳半ほどの部屋に布団といくつかの衣装ケースが置かれただけの部屋だった。
リビングも物が少なかったし、部屋全体がいかにも男の人の部屋という感じがした。そんなことをつらつらと考えているうちに、私は深い眠りに落ちていた。
・
・
・
翌朝九時頃目覚めて、身支度をした後リビングに行くと藤澤君はすでに起きていて、ダイニングテーブルの上には私の分の朝食だけが残されていた。朝食は目玉焼きとトーストだった。目玉焼きはすごく上手に焼かれている。
「おはようございます。ちゃんと眠れました?」
無料で泊めてもらった上に、朝から美味しそうな朝食とイケメンの優しい笑顔に迎えられている。これは何かの夢なのかな?
「こんな贅沢していいのかな?」
そして無意識のうちに心の声が口から出てしまっていた。
「え?」
「あ、なんでもない。あの、昨日はほんっとーにありがとうございました!」
私は藤澤君に改めてお礼を言って、深々と頭を下げた。
「え、そんな、頭上げてください。それより、ご飯食べたら行きましょうか。とりあえず管理会社に電話してみましょう」
「あ、うん、そうだよね」
私は急いで朝食を食べ始めた。朝食を食べながら、藤澤君の姿をついちらちらと見てしまう。初めて見る藤澤君の私服だった。白いボタンダウンのシャツに、紺のセーターにジーンズというシンプルな服装がよく似合っている。
朝食を終えて、さあこれから管理会社に電話をすればようやく問題が解決して家に帰れる、と思ったのも束の間、電話口で管理会社の担当者から知らされた事実は驚くべきものだった。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
憧れのお姉さんは淫らな家庭教師
馬衣蜜柑
恋愛
友達の恋バナに胸を躍らせる教え子・萌音。そんな彼女を、美咲は優しく「大人の身体」へと作り替えていく。「ねえ萌音ちゃん、お友達よりも……気持ちよくしてあげる」眼鏡の家庭教師が教えるのは、教科書には載っていない「女同士」の極上の溶け合い方。
女性向け百合(レズビアン)R18小説。男性は出てきません。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
小野寺社長のお気に入り
茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。
悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。
☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。
☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。
甘過ぎるオフィスで塩過ぎる彼と・・・
希花 紀歩
恋愛
24時間二人きりで甘~い💕お仕事!?
『膝の上に座って。』『悪いけど仕事の為だから。』
小さな翻訳会社でアシスタント兼翻訳チェッカーとして働く風永 唯仁子(かざなが ゆにこ)(26)は頼まれると断れない性格。
ある日社長から、急ぎの翻訳案件の為に翻訳者と同じ家に缶詰になり作業を進めるように命令される。気が進まないものの、この案件を無事仕上げることが出来れば憧れていた翻訳コーディネーターになれると言われ、頑張ろうと心を決める。
しかし翻訳者・若泉 透葵(わかいずみ とき)(28)は美青年で優秀な翻訳者であるが何を考えているのかわからない。
彼のベッドが置かれた部屋で二人きりで甘い恋愛シミュレーションゲームの翻訳を進めるが、透葵は翻訳の参考にする為と言って、唯仁子にあれやこれやのスキンシップをしてきて・・・!?
過去の恋愛のトラウマから仕事関係の人と恋愛関係になりたくない唯仁子と、恋愛はくだらないものだと思っている透葵だったが・・・。
*導入部分は説明部分が多く退屈かもしれませんが、この物語に必要な部分なので、こらえて読み進めて頂けると有り難いです。
<表紙イラスト>
男女:わかめサロンパス様
背景:アート宇都宮様
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる