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藤澤君はあの子と飲みに
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自席に戻ると私は急いで資料作成に取り掛かった。
営業関係の数字をグラフに変える作業などは数字が整理されていない部分もあり、少し手間取ったけれど、なんとか二時間ほどで作業を終えることができた。
作成したパワーポイントの資料は社内メールでこっそり藤澤君のもとに送信した。
定時後、突然肩をとんとんと指で叩かれて振り返ると、コーヒーを持った藤澤君が立っていた。
「葉月さん、ほんっとーに助かりました! ありがとうございます」
そう言って藤澤君は右手に持っていたコーヒーを私に手渡してきた。どうやらプレゼンの資料は無事納期に間に合ったようだ。
「資料、ばっちりでした」
藤澤君はそう言いながら、空いていた隣の椅子に腰かけた。
「どうなることかと思いました。俺、タイ工場の仕事にかかりきりで、フォレスト工具さんの資料作成の納期をすっかり忘れちゃってて」
「そういうことあるよね」
藤澤君の役に立てて良かった、と私は素直に嬉しかった。
「大村課長の会議が終わるまでになんて絶対終わらないって思ってたんで、葉月さんが来てくれなかったらアウトでした」
藤澤君はそう言って、はあー、と天井を向いて息を吐いた。
「おかげで今日は残業せずに帰れそうです」
「そう。良かった」
「葉月さんは、今日も残業ですか?」
「うん……ちょっとまだ、終わらない仕事があって」
私がそう言うと、藤澤君は申し訳なさそうにうつむいた
「ただでさえ葉月さん忙しいのに、余計な仕事増やしてしまってすみませんでした」
「ううん、全然気にしないで。藤澤君にお礼がしたいってずっと思ってたし……」
藤澤君は照れ臭そうに笑った。
「葉月さんってほんと優しいですよね」
「え?」
「いや……」
藤澤君は周りをキョロキョロと伺ってから、囁くように小声で言った。
「俺、今日飲み会なんですけど、その、また家で」
二人だけの秘密の会話をしているようでまた胸がドキッとした。これではまるで恋人同士みたいではないか。いや、それは私の妄想だ。単に周りに気づかれないようにということだけだろうけど。
・
・
・
「あ、葉月さん」
定時後の午後六時半、帰る途中の佐藤さんと自販機の前でばったり会った。
「実は今日、藤澤さんと飲みに行くんですよ」
佐藤さんは嬉しそうに小声で私に言う。思わず胸がドキリとした。先ほど藤澤君が言っていた飲み会というのはどうやら佐藤さんとの約束だったようだ。
「へー、そうなんだ」
二人きり?など深くは追及しなかった。
「このリップ、色替えたんですけど大丈夫ですかね?」
佐藤さんはコーラルのリップで塗られた綺麗な唇を見せて私に意見を求めてきた。
「すっごく可愛い」
私が言うと佐藤さんは嬉しそうににっこりと笑った。耳元にはキラキラ光るダイヤのピアスが控えめに揺れている。綺麗ですっかり見とれてしまう。それに引き換え私ときたら、最近は朝の最低限の身支度を慌ただしく済ませるのに精いっぱいで、ゆっくりアクセサリーを選ぶこともしなくなっていた。
「ほんとですか? よかったあ。そうそう、藤澤さんって、いつも飲み会の帰りに駅までちゃんと送ってくれるんですよ。超優しくないですか?」
佐藤さんの言葉に、そうだよね……、と私は心の中で呟いた。飲み会の帰りに女の子を駅や家まで送るのは彼にとって当たり前のことなのだ。佐藤さんの表情には悪意の欠片も見当たらないけれど、今日、佐藤さんがやたらとこんな風に話してくるのは先ほど私が藤澤君と話しているのを見たからだろうか。
「そうなんだ? さすがだね」
私は明るい声で言った。私ときたら、一体何を勘違いして嫉妬みたいな感情を抱いているのだろう。自分が恥ずかしくなる。藤澤君が残業にならずに喜んでいたのも佐藤さんとの飲み会に行けるからだったのかと思ったら、藤澤君と親しいつもりになっていた自分が途端にすごく恥ずかしく感じられてきた。
営業関係の数字をグラフに変える作業などは数字が整理されていない部分もあり、少し手間取ったけれど、なんとか二時間ほどで作業を終えることができた。
作成したパワーポイントの資料は社内メールでこっそり藤澤君のもとに送信した。
定時後、突然肩をとんとんと指で叩かれて振り返ると、コーヒーを持った藤澤君が立っていた。
「葉月さん、ほんっとーに助かりました! ありがとうございます」
そう言って藤澤君は右手に持っていたコーヒーを私に手渡してきた。どうやらプレゼンの資料は無事納期に間に合ったようだ。
「資料、ばっちりでした」
藤澤君はそう言いながら、空いていた隣の椅子に腰かけた。
「どうなることかと思いました。俺、タイ工場の仕事にかかりきりで、フォレスト工具さんの資料作成の納期をすっかり忘れちゃってて」
「そういうことあるよね」
藤澤君の役に立てて良かった、と私は素直に嬉しかった。
「大村課長の会議が終わるまでになんて絶対終わらないって思ってたんで、葉月さんが来てくれなかったらアウトでした」
藤澤君はそう言って、はあー、と天井を向いて息を吐いた。
「おかげで今日は残業せずに帰れそうです」
「そう。良かった」
「葉月さんは、今日も残業ですか?」
「うん……ちょっとまだ、終わらない仕事があって」
私がそう言うと、藤澤君は申し訳なさそうにうつむいた
「ただでさえ葉月さん忙しいのに、余計な仕事増やしてしまってすみませんでした」
「ううん、全然気にしないで。藤澤君にお礼がしたいってずっと思ってたし……」
藤澤君は照れ臭そうに笑った。
「葉月さんってほんと優しいですよね」
「え?」
「いや……」
藤澤君は周りをキョロキョロと伺ってから、囁くように小声で言った。
「俺、今日飲み会なんですけど、その、また家で」
二人だけの秘密の会話をしているようでまた胸がドキッとした。これではまるで恋人同士みたいではないか。いや、それは私の妄想だ。単に周りに気づかれないようにということだけだろうけど。
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「あ、葉月さん」
定時後の午後六時半、帰る途中の佐藤さんと自販機の前でばったり会った。
「実は今日、藤澤さんと飲みに行くんですよ」
佐藤さんは嬉しそうに小声で私に言う。思わず胸がドキリとした。先ほど藤澤君が言っていた飲み会というのはどうやら佐藤さんとの約束だったようだ。
「へー、そうなんだ」
二人きり?など深くは追及しなかった。
「このリップ、色替えたんですけど大丈夫ですかね?」
佐藤さんはコーラルのリップで塗られた綺麗な唇を見せて私に意見を求めてきた。
「すっごく可愛い」
私が言うと佐藤さんは嬉しそうににっこりと笑った。耳元にはキラキラ光るダイヤのピアスが控えめに揺れている。綺麗ですっかり見とれてしまう。それに引き換え私ときたら、最近は朝の最低限の身支度を慌ただしく済ませるのに精いっぱいで、ゆっくりアクセサリーを選ぶこともしなくなっていた。
「ほんとですか? よかったあ。そうそう、藤澤さんって、いつも飲み会の帰りに駅までちゃんと送ってくれるんですよ。超優しくないですか?」
佐藤さんの言葉に、そうだよね……、と私は心の中で呟いた。飲み会の帰りに女の子を駅や家まで送るのは彼にとって当たり前のことなのだ。佐藤さんの表情には悪意の欠片も見当たらないけれど、今日、佐藤さんがやたらとこんな風に話してくるのは先ほど私が藤澤君と話しているのを見たからだろうか。
「そうなんだ? さすがだね」
私は明るい声で言った。私ときたら、一体何を勘違いして嫉妬みたいな感情を抱いているのだろう。自分が恥ずかしくなる。藤澤君が残業にならずに喜んでいたのも佐藤さんとの飲み会に行けるからだったのかと思ったら、藤澤君と親しいつもりになっていた自分が途端にすごく恥ずかしく感じられてきた。
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