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二人で夕ご飯
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二十代前半頃までは無意識に自分はいつまでも若いような気持ちでいた。
それまで、自分にとって年齢を重ねるということが『老化』という下向きのベクトルではなく、『成長』という上向きのベクトルの意味だけを持っていたからかもしれない。
そしてそんな風にいつかは失われてしまう、はかないものだからこそ『若さ』というものに人は魅かれるのだろう。
「まあ私だってまだまだ若いけどさ」
そうだ、自信を持とう。肉体は確かに徐々に老化していくかもしれないが、すべてが下向きのベクトルとは限らない。若い頃の私が持っていなくて今の私が持っているものはたくさんある。
人間関係や仕事の経験に知識、少々のお金にある程度の人生経験はしたという満足感。
そして信じられないことに超激レア級イケメンの藤澤君(ごめんなさいちょっと言い過ぎました)という彼氏だっている。私はそう自分に言い聞かせた。
・
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「南沢さんって英語がすごく上手でさ、助かってるんだ。大学時代、カナダに留学してたらしくて」
金曜日の夜、藤澤君と私は彼のマンション近くのカフェで夕食をとっていた。オーガニックの和食を提供するお店で雰囲気がとても良くお気に入りの店だった。私は焼き鯖定食、藤澤君はチキンカツ定食を頼んだ。
「最近の子って、英語できる子多いよね」
胸の中に芽生えた小さな嫉妬の炎に気がつかれないよう、私はなんでもない風を装って相槌を打った。
「そうなんだよ。俺もうかうかしてらんないよ」
「藤澤君は海外出張もこなしてるし、それなりにできるでしょ? でも最近は出張もあまりないね、タイのほうが落ち着いたからかな?」
「そうだね、今のところタイ工場は順調だしちょっと肩の荷が降りたかも」
仕事終わりに二人で会うと、話題はどうしても仕事のことが中心になる。藤澤君は運ばれてきたチキンカツ定食を待ってましたとばかりに勢いよく食べ始めた。
「もうお腹ぺこぺこだったんだよ」
無邪気に揚げたてのチキンカツを頬張る藤澤君を見ていると、心の緊張がほぐれて一週間分の疲れが癒えていくような気がした。
「大変だったけど、タイ工場のプロジェクト、なんだかんだ言って面白かったな。技術スタッフや設備スタッフに、奈々美さんみたいな管理部門のスタッフ、俺みたいな営業、色んな人が集まって、それぞれの仕事をこなして一つの工場を立ち上げる、メーカーの仕事の醍醐味かもなって思ったよ」
「確かにメーカーだと、皆それぞれ別の仕事をしていることが多いから、他の社員はライバルっていうより仲間って意識が強いかもね。銀行に就職した同級生は皆同じ仕事してるから同期は皆ライバルって感じで出世争いがキツいって言ってた」
私の言葉に藤澤君は、わかるわかる、という顔で頷いた。
「俺もいつか海外営業ルートの新規開拓とか、新製品の開発に営業担当として関わるとか、そういうでっかい仕事ができるようになりたいなあ」
そんな風に話す藤澤君はとても生き生きとしていた。
「うん、すごく面白そう」
藤澤君の仕事の話を聞くのは好きだった。子どもみたいに仕事に夢中になっている藤澤君は素敵だと思った。
「なんか俺の話ばっかりしちゃったね、奈々美さんのほうはどう?」
「うん、仕事は少し落ち着いてきたかな」
私は運ばれてきた焼き鯖をつつきながら答えた。
「私のほうは藤澤君みたいに海外出張なんかも滅多にないし、ルーティンと言えばルーティンだけど」
「いや、奈々美さんはすごいよ」
藤澤君はいつもこうして一生懸命に私のことを励ましてくれる。
「奈々美さんは、契約書とか法律相談そのものの話だけじゃなくて、それがどうして必要とされてるのかとか、この項目はどうしてこう決めてるのかとか、契約書のその先にある営業所や工場の事情もしっかり考えて仕事をしてくれる。それってそう誰もができることじゃないよ」
「……藤澤君ってそうやって他の人のこともよく見てるんだね、感心しちゃう」
そう言うと藤澤君は照れ臭そうに笑った。藤澤君は人を褒めるのがとても上手だ。
「あ……いや、誰に対しても……、ってわけではないかも。奈々美さんだから特に、ね」
そう言いながら私に注がれた藤澤君の眼差しは優しかった。こんな風に二人で話しているうちにお互い仕事モードが解けて、二人きりの甘い時間に入っていく。
それまで、自分にとって年齢を重ねるということが『老化』という下向きのベクトルではなく、『成長』という上向きのベクトルの意味だけを持っていたからかもしれない。
そしてそんな風にいつかは失われてしまう、はかないものだからこそ『若さ』というものに人は魅かれるのだろう。
「まあ私だってまだまだ若いけどさ」
そうだ、自信を持とう。肉体は確かに徐々に老化していくかもしれないが、すべてが下向きのベクトルとは限らない。若い頃の私が持っていなくて今の私が持っているものはたくさんある。
人間関係や仕事の経験に知識、少々のお金にある程度の人生経験はしたという満足感。
そして信じられないことに超激レア級イケメンの藤澤君(ごめんなさいちょっと言い過ぎました)という彼氏だっている。私はそう自分に言い聞かせた。
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「南沢さんって英語がすごく上手でさ、助かってるんだ。大学時代、カナダに留学してたらしくて」
金曜日の夜、藤澤君と私は彼のマンション近くのカフェで夕食をとっていた。オーガニックの和食を提供するお店で雰囲気がとても良くお気に入りの店だった。私は焼き鯖定食、藤澤君はチキンカツ定食を頼んだ。
「最近の子って、英語できる子多いよね」
胸の中に芽生えた小さな嫉妬の炎に気がつかれないよう、私はなんでもない風を装って相槌を打った。
「そうなんだよ。俺もうかうかしてらんないよ」
「藤澤君は海外出張もこなしてるし、それなりにできるでしょ? でも最近は出張もあまりないね、タイのほうが落ち着いたからかな?」
「そうだね、今のところタイ工場は順調だしちょっと肩の荷が降りたかも」
仕事終わりに二人で会うと、話題はどうしても仕事のことが中心になる。藤澤君は運ばれてきたチキンカツ定食を待ってましたとばかりに勢いよく食べ始めた。
「もうお腹ぺこぺこだったんだよ」
無邪気に揚げたてのチキンカツを頬張る藤澤君を見ていると、心の緊張がほぐれて一週間分の疲れが癒えていくような気がした。
「大変だったけど、タイ工場のプロジェクト、なんだかんだ言って面白かったな。技術スタッフや設備スタッフに、奈々美さんみたいな管理部門のスタッフ、俺みたいな営業、色んな人が集まって、それぞれの仕事をこなして一つの工場を立ち上げる、メーカーの仕事の醍醐味かもなって思ったよ」
「確かにメーカーだと、皆それぞれ別の仕事をしていることが多いから、他の社員はライバルっていうより仲間って意識が強いかもね。銀行に就職した同級生は皆同じ仕事してるから同期は皆ライバルって感じで出世争いがキツいって言ってた」
私の言葉に藤澤君は、わかるわかる、という顔で頷いた。
「俺もいつか海外営業ルートの新規開拓とか、新製品の開発に営業担当として関わるとか、そういうでっかい仕事ができるようになりたいなあ」
そんな風に話す藤澤君はとても生き生きとしていた。
「うん、すごく面白そう」
藤澤君の仕事の話を聞くのは好きだった。子どもみたいに仕事に夢中になっている藤澤君は素敵だと思った。
「なんか俺の話ばっかりしちゃったね、奈々美さんのほうはどう?」
「うん、仕事は少し落ち着いてきたかな」
私は運ばれてきた焼き鯖をつつきながら答えた。
「私のほうは藤澤君みたいに海外出張なんかも滅多にないし、ルーティンと言えばルーティンだけど」
「いや、奈々美さんはすごいよ」
藤澤君はいつもこうして一生懸命に私のことを励ましてくれる。
「奈々美さんは、契約書とか法律相談そのものの話だけじゃなくて、それがどうして必要とされてるのかとか、この項目はどうしてこう決めてるのかとか、契約書のその先にある営業所や工場の事情もしっかり考えて仕事をしてくれる。それってそう誰もができることじゃないよ」
「……藤澤君ってそうやって他の人のこともよく見てるんだね、感心しちゃう」
そう言うと藤澤君は照れ臭そうに笑った。藤澤君は人を褒めるのがとても上手だ。
「あ……いや、誰に対しても……、ってわけではないかも。奈々美さんだから特に、ね」
そう言いながら私に注がれた藤澤君の眼差しは優しかった。こんな風に二人で話しているうちにお互い仕事モードが解けて、二人きりの甘い時間に入っていく。
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