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第5話 『そもそも弱小五万石の大村藩が、隣の佐賀藩三十五万石に勝てるのか?』(1837/1/9) 

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 天保七年 十二月三日(1837/1/9) 明け六つ半(0710) 玖島城下 旅籠

 酒は飲んだが、なぜか早起きできる日があるのは前世とかわらない。

 酒の相性が良かったのかつまみが良かったのか、頭痛はない。不思議だ。ともあれ空が明るくなる前に目覚め、部屋の隅の行灯をつけて考える事にした。

 かちっかちっかちっ。

 あー面倒くせえ! 何回もやって、ようやく火が付いた。これ、なんとかならんか? あの、なんだ? 小型の手に持ってシュコシュコして点けるやつ。

 あー、後で信之介に聞こう。


 

 ……言えって言われたから富国強兵案と、佐賀藩を参考に、そして実際に純顕がやったことを簡単に伝えたけど、これ完全に藩内ご意見番じゃねえか。

 隠れ家老? フィクサー? 

 よくわからんけど、過度な期待に今から胃が痛くなりそうな予感がする。
 
 でも良い事(?)もあった。うち、太田和家は戦国の世から続く家柄だけど、たったの296石の弱小領主。

 朝鮮出兵や関ヶ原、大坂の陣や島原の乱を生き抜いてきた。小佐々氏や神浦氏、天窪氏が改易となった今も、なんとか生き延びている。

 小佐々氏は改易後、戦国期の弾正三代の忠孝によって復活したものの、わずか旧領30石の城下大給としてである。

 俺はわからんけど、親父もじいさんもその祖先も、処世術に長けていたのかもしれない。

 そんな太田和家は農業もやっている。
 
 領主だが、半農なのだ。家族と郎党が食べられるくらいの規模だが、それでも領民と同じ作業を領主やその家族がやることで、信頼は厚い。

 とはいっても兼業農家がで農業をしているようなものだ。

 管理は家臣が行い、実務は領民がやっている。それでも農繁期の田植えや稲刈りを手伝う事で、民の苦労を知ろうとしてきたのだ。

 そして少なからず商売を許されている。
 
 サムライが商人の真似事を、と陰口をたたく人(特に上層部)もいたが、今回の大村純顕すみあきとの会談で、お墨付きを得たのだ。

 何でも実績が物を言う。実績のない若造(15歳の俺)が何を言っても、296石の格下の在郷中士の言う事など耳も傾けない。
 
 そこで、まずは実家で実績をつくる、と許しを得たのだ。

 後ろ指を指されることなく、大っぴらに農業もできるし商売もできる。もちろん、税金は払うよ。




 さて、そこでなんだが、今の大村藩の石高は5万9,061石、そのうち蔵入り高は3万9,753石。
 
 約七割である。米の石高と小麦や他の穀物、それから運上金とか諸々あるが、面倒なので考えない。

 佐賀藩は総石高35万7,000石だが、蓮池藩や小城藩、鹿島藩などの支藩がいくつもある。
 
 その他にも鍋島四庶流家と龍造寺四分家の自治領があって、江戸初期は蔵入地は6万石程度だった。

 大村藩でも御一門払いがあったように、家臣から名目をつけて所領を減らし、直轄地を増やしたのだ。全部ではないが、考えるとややこしいので35万石を目安にしよう。

 これを単純に銭に換算すると……なぜ金に換算するかって? このころの、長崎県民ならわかるだろうけど、平地が少ないから、石高を上げるのも限界があるんだよね。

 そもそも時間が掛かりすぎる。

 元禄期(例:1695年)には5万石を超えていて、新田開発は限界なんだ。それに米基準だと豊作や飢饉で上下動が激しい。だから貨幣が基準。

 米基準や人件費基準、酒や味噌、銭湯や旅館の単価を諸々現在の価格と比較して、一文=30円とする。というか単価が四円から百円までバラバラだから、算出できない。

 これは、たぶん学者に聞いてもそう言うはずだ。

 米は江戸が高いのは当たり前。今でこそ地域差はなくなったけど、当時の大坂の米相場の倍以上だ。

 幸いここは長崎、もとい肥前だからその大坂の値段より安い。一石は銀七十二匁(大坂米相場=7,848文=235,440円)で計算すると、35万石で824億400万。

 対して大村藩直轄領は、3万9,753石で93億5,944万6,320円。

 ……いや、わかってたけど、あり得んくね?

 無理やん。

 700億以上儲けんといけんやん……。そして、それでやっとイーブン。先を行くにはもっと稼がんと。




 俺はため息をついて隣の信之介の部屋に行った。

 信之介は……問題ない。なぜか俺と同じように起きていたが、錯乱した様子はないようだ。

「大事ないか?」

「ああ、大事ない」

 なんだか歴史ドラマのような会話をして、本題に入る。 

「信之介、昨日も言うた通り、俺とお前は月に一度お城へ行き、藩主様と会談をせねばならぬ。お前も一緒に三人だ。それから御家老方に得心していただくには、何をもっても実績だ」

 信之介は黙ってうなずく。

「そこで、藩で毎年35万両は要る」

「35万両! ? なぜそのような大金が要るのだ! 今度こそ気でも触れたか」

 信之介がおれの額に手をあてて言った。

「触れとらん! 馬鹿たれ。よいか? 基準は佐賀藩じゃ。 佐賀藩の藩主様は英明なお方で、藩の財政を再建しつつ、洋式の技術を取りいれようと積極的だ。今から16年後には浦賀にペリーが来る。その時にはすでに反射炉を完成させているのだ。その佐賀藩に先駆けるために、最低35万両要るのだ」

 信之介はぽかんとしている。

「いかがした? 頭に描くことが出来ぬか? お前の夢の中で、年表とやらで歴史を学ばなかったか?」

「あ? ああ……うん。そうだ、大勢が一緒に学んだ。社会という学問の中で、日本史という科目だ」

「それが後の世の事だとして、いや、仮にそうでないただの夢だとしても、起こりえないと言い切れるか? 言い切れまい。徳川大権現様がおつくりになった泰平の世が、崩れようとしているのだ。何事も備えだ。そうは思わぬか?」

「……お主の言う通りだ。その夢、後の世に起きるかもしれぬ事、として心得ておこう」

 うん、そうそう。そういう事にしておいて。面倒くさいから。

 信之介は成績優秀だった。じゃなきゃ九州大学の理学部と工学部に合格などしないし、なぜかこいつはどっちも学んで、首席で卒業している。

 だから成績も、例えばオール5で、得意科目が特に10のようなイメージだ。俺の場合は……オール3で例えて言えば歴史が100。
 
 だから信之介の記憶に、佐賀藩35万石がないのもうなずける。

 佐賀藩の蒸気船や反射炉や、そういう細かな事は大学入試には出ない(多分)。

「話を戻そう。そこで、実績を作るために、俺たちで金儲けをせんといけん。元手があまりかからずに、この時代、いや、今できることで金を儲ける。何かアイデアはないか?」

「うーん、そうやな……」

 俺たちは出来そうなこと、儲かりそうな事、物を箇条書きにした。
 


 
 次回 第6話 『まずは五万石を、十万石にしよう。それも手っ取り早く』(1837/1/9)
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