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第6話 『まずは五万石を、十万石にしよう。それも手っ取り早く』(1837/1/9)

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 天保七年 十二月三日(1837/1/9) 明け五つ(0805) 玖島城下~雪浦村 

 信之介と俺は朝餉あさげを食べたあと、船着き場へ向かった。
 
 そこから船に乗り対岸の時津村まで行くのだ。時津村についたら北上し、長浦村から山越えし、外海(西彼杵半島の西側)の雪浦村へと向かう。

 道中、朝食前に一緒に考えた事を話し合った。

「最初に思いつくのが、今あるものを加工して、付加価値をつけて売る事だ」

 現代と幕末の、肥前大村藩士としての記憶(知識?)を持つ俺たちの会話は、より現代人っぽくなっている。
 
 随行する助三郎に角兵衛、十兵衛は我関せずを装っていた。

「えーっと、農産物? 魚介も含めて?」

「そうなるな」

 信之介の問いに俺、次郎(次郎左衛門武秋)は答えた。

「うーん、そもそも特産の農産物ってなんだ?」

 と信之介。

「そうだな、郷村記にいわく、エンジュ・ツキ(ケヤキ)・モミ・梅・サワラ・ヒノキ・杉・松・クスノキなんかの森林資源」

「林業ね……まあ、木材加工はあんまり儲け、って感じではないな」

「そうだな、大がかりだし、それに地産地消の域を出ていない」

 という事で木材関連はパス。

「次は海やけど……真珠貝・アワビ・ハマグリ・サザエ……」

「いや、それもピンと来んなあ……加工食品とか、あとは装飾品関連ぽくね? 金の匂いがしない」

 お前は悪徳商人か? サイエンティストか? どっちにしても、信之介に一刀両断されて、パス。

「うーんあとは、石炭・砥石・陶器・炭・茶・はぜの実・箸・イリコ・干しいわし・雲母なんかやね」

 俺が特産物の名を列挙するが、俺自身ピンとこない。
 
 特産物? あー陶磁器は波佐見とか川棚の焼き物ね。石炭は生まれる前の大島や崎戸、それから松島や池島のイメージ。

 どっちにしても太田和村も中浦村も関係ない。

 うーん、なんだかなあ……はぜの実、櫨……ハゼまけ?  
 
 俺は昔、母親が畑仕事でハゼノキにまけて『かゆい』と言っていたのを思い出した。

「信ちゃん! ハゼ、櫨の実って何なん?」

「信ちゃんって……気色悪い。信之介と呼べ。まあ、そう呼ばれていた記憶もあるが……。あ、ああ、ハゼの実な。ウルシの仲間で和ろうそくの原料だな」

「ろうそく? 今、たしかロウソクってめちゃくちゃ高いやろ? 油と一緒で! ん? 油?」

「? どうした?」

「いや、そのハゼの木を大量に栽培してロウソク作って儲け……って、良か考えやと思ったけど、時間もかかるし量も少ないな。金にならん」

「……だな」

「安請負したつもりはないけど、なかなか難しいな」

 ため息混じりの俺の言葉に、信之介がつづく。

「何事も、簡単にはいかないという事だ。お主(次郎)は昔から物事を考えるに安易なところがある」

 おい、急に江戸に戻るなよ。

「まあそう言うな。いずれにしても為さねばならぬのだ」

「そうだな。ロウソクは材料が違うから値も違うのは当然だ」

「え? 材料が違うのか?」

 同じロウソクだから原料も同じだと思っていたが、違うようだ。

「ああ、今のロウソクはハゼの実から作られるが、俺の夢、未来かわからんが、そこでは石油由来のパラフィンからつくられる」

「! ……っと思うたけど、石油かあ……。日ノ本では無理だな。石炭ならまだよかったが。越後と駿河くらいしか思い出せん」

「そうだな……ふふふ」

 信之介が笑う。

「何がおかしい?」

「いや、お主とこういう話をする日がくるとは思いも寄らなかったのだ。許せ」

「別に気にしとらんよ。ああ、そいから油、菜種やゴマや、鯨油にいわしにいろいろあるけど、値段の違うやろ? たっかし(高いし)。何とか安うならんかな? 鰯の油の匂いとか黒か煙の出んように出来んかな?」

「できるよ」

「! まじか! ?」

「ちょっと大がかりになるけど、酸性白土がいるね」

「酸性白土って何や?」

「モンモリナイトを主成分とした白色の粘土で、化学組成は (Na,Ca)0.33(Al,Mg)2Si4O10(OH)2・nH2O、その特徴は……」

「いや、良か良か(いーよいーよ! と断る意)! 訳くちゃわからん! で、そいば混ぜれば匂いがしなくなるって?」

「うん。石けんにしたりロウソクにしたり、その副産物でグリセリンやオレイン油なんかも出くんね」

「まじか! してきたしてきた金の匂い! ……いや、金の匂いはするけど、それをする金がいるな。ちょっと親父に相談しても出せる金額じゃないかもしれん」

「やろうね。工場の設備投資がいるけん。金にはなっても、それをやるための金がいる。やっぱり先立つものは金だよねえ」

 だから、お前は悪徳商人なのか、化学者なのか?

「椎茸も実家で作っとったけん、できるかも? まあでも……できるとしても、来年とか数年後だな。これは後から考えよう」

「あとは何がある?」

 信之介が消去法で尋ねてくる。

「さっきの石けんやけど、今、石けんっていくらぐらいする? というか出回ってるか?」

 俺は、嫌な予感を信之介に聞いた。

「いや、ない。お前は?」

「俺も知らん。江戸や大坂も同じだろう。……ないものを売って売れるんやろうか?」

「いや、わからん。そもそもなんで出回ってないんだ?」

 ……。

「高いからじゃないか?」

 単純明快に信之介が結論づけた。

「そうだな、おそらく武家や貴い方々にしか出回ってないくらい、高い。俺たちはぬか袋で体を洗い、灰汁で髪をあらっているからな」

 信之介が言う。

「しかし、値段を下げて高品質の物が作れれば、高利で売れるんじゃないか? 富裕層に売れるギリギリの値段設定で売れるだけ売れる、そして粗利のある品を作れればいい」

「そうだな」

 俺たち二人は、一応石けんの製造で落ち着いた。




「おい、なんだあの人だかりは」

 信之介が突然言った。色々考えていた俺は気づかなかったが、川のそばで人だかりができている。

「うん? 何だ?」

 俺たち二人は人ごみをかき分け、その中心に入っていった。

 !

 人が溺れて、助けられたものの、息がない。

「信之介!」

「おう!」

 自信はなかった。前世でも人工呼吸に心臓マッサージなんてやった事はない。それに、力加減を間違うと骨を折るかもしれない。

 いや、いやいやその前に女だ。

 胸元を開いて触るなんて痴漢行為? 人工呼吸なんてキスだぞ? 

 そしてまさに15~6歳くらいの女である。
 
 信之介がどう思っていたかは分からないが、痴漢はともかく医者でもない限り、そうそう心肺蘇生なんてやらない。

 あいつも自信がないのだ。

 そうして俺たち二人が躊躇し、意を決して、さあ始めようとした時だった。




「何をやっている! どくんだ! 死ぬぞ!」 



 
 次回 第7話 『果たして幕末に石けんは売れるのか? 儲かるなら作るしかない』(1837/1/9)

 ※本作品は、俺という一人称(次郎左衛門武秋)目線で書いていますが、転生者である清水亨目線(天の声目線)でもあります。一人称と三人称(天の声?)目線が混在している事をご了承ください。=2.5人称。
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