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第1話 『再起動』
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カタカタカタカタカタ……カチッカチッ……タン、タン……。
カタカタカタカタカタカタ……タン、タン……カチッカチッ……。
風間悠真は深夜の静寂の中、パソコンに向かっていた。画面には、終わりの見えないプロジェクトの闇が映っている。目の下にクマを浮かべ、カフェインとエナジードリンクを頼りに、悠真はキーボードを叩き続けた。
「もう限界か……」
つぶやきながら、手元のコーヒーカップを持ち上げたが、すでに空だった。仕方なくダースで買い込んだエナジードリンクの封を開け、一気に1本飲む。
だが、疲れは体を深く包み込み、目蓋がどんどん重くなる。時計を見ると、すでに午前2時を過ぎていた。
「このままじゃ、また納期に間に合わない……」
悠真は額に手を当てながら深く息を吐き、51歳の自分に何度も問いかける。
もし、あの時にもっと賢明な選択をしていれば、今ごろは違う人生を歩んでいたのだろうか。人生の岐路、選択肢は無数にあった。
失敗に終わった結婚、このまま年老いて孤独死するのではないかという恐怖……すべてが彼を苦しめ続けている。しかし、そんな事を考えても、現実はまったく変わらない。
そんな事、わかっている……。
「もし、あの時に戻れたら……」
その考えが、彼の頭をよぎった瞬間だった。悠真は、猛烈な眠気に抗うことができず、そのまま机に突っ伏して眠りに落ちた。
「……なさい!」
「……起きなさい!」
「起きなさい! 先生の授業で寝るなんて許さないわよ!」
突然、バンバンという机を叩く大きな音と怒鳴り声で悠真は目が覚めた。目の前には厳しい表情をした、ショートカットの少しぽっちゃりした20代の女性教師が立っている。
教室の中、ざわめくクラスメイトたちがクスクスと笑いながら、好奇心に満ちた視線を投げかけてくる。状況を理解できず、彼は一瞬呆然とした。
「ここは……どこだ……?」
悠真の目の前には、あまりにも現実離れした光景が広がっていた。
古めかしい木製の机に黒板に書かれたチョークの文字。そしてうっすらと、どこかで見た事があるような、子供たちの顔。
目の前の黒板を見ると、6月22日(金)日直 さとうこうすけ さたなおこ と書いてある。
さとう、こうすけ? ……こう、ちゃん? 康ちゃん?
いやいや、まさかまさか。佐藤康介は小学校に入る前から高校まで腐れ縁だった男の名前だ。悠真の頭にあり得ない可能性がよぎる。
しかし悠真が驚いたのは、自分が着ている服だ。ショートパンツ、と言えば聞こえは良いが、いわゆる半ズボンだ。なぜ半ズボンをはいている?
オレはパソコンの前にいたんじゃないのか?
「まさか、これは夢か……?」
悠真は、自分の腕をつねってみるが、痛みが走るだけだった。視線を上げると、教師が不機嫌そうに腕を組んで立っている。悠真は、混乱したまま椅子から立ち上がり、周囲を見回した。
確かに……見覚えがある。
ここは彼が昔通っていた小学校の教室だ。窓から見えるのは、まさに小学校のシンボルだった大きなクスノキである。
だが、それは30年以上も前の話だ。
「風間君、しっかりしてちょうだい。授業中に寝るなんて、本当にどうかしてるわ」
教師の声が現実に引き戻す。彼女は黒板を指差しながら、質問を投げかける。
「では、この問題の答えは何ですか?」
黒板には円の面積を求める算数の問題が書かれていた。
なぜだろう? 小学校6年生の問題が簡単だったからなのか、この状況を抜け出すには、まずその問いをクリアして、その後ゆっくり考えた方がいいと思ったのか。
いずれにしても悠真は立ち上がって黒板の前に進み、4(半径)×4×3.14=50.24㎠という答えをサラサラと書いたのだ。
……!
全員が悠真の行動と答えに驚いている。悠真は小学生の頃は、決して優等生ではなく、かといって運動ができるわけでもない、ごく普通の子供だったのだ。
当然、解けないと思っていた。それが、いとも簡単に解いたのである。
「正解! やればできるじゃない。もう居眠りなんかしたらダメだよ」
女性教師がそう言って悠真を褒め、教壇に戻る途中でチャイムが鳴った。その余韻が教室に響く中、悠真はぼんやりと自分の席に戻った。
周囲の視線が刺さるように感じる。クラスメイトたちの間で、小声の会話が飛び交っている。
「悠真、急に頭良くなったんじゃない?」
「さっきまであんなに眠そうだったのに……」
悠真は机に座り、深呼吸をする。頭の中は51歳の記憶で溢れているのに、目の前に広がるのは11歳の世界。この矛盾に、現実感が持てない。
「かーざーまぬけ~かざまぬけ~。ゆうまぬけーの、ゆうまぬけ」
※風間悠真(風間抜け、悠間抜け)
何だろう……。悠真はイラッとした。
人をおちょくるような声を出して変な歌を歌いながら、馬鹿にしている子供が近寄ってくる。悠真より体が大きく背も高い。
小太りのガキ大将といったところだろう。
一体誰だ、こいつ?
「おい、悠間抜け。悠間抜けのくせに生意気なんだよ。なんだ、勉強してきて正解して、褒められようと思ったのかよ?」
……うっとうしい。
あああああああ! 思い出した。オレはガキの頃、風間抜けの悠間抜けっていうあだ名で馬鹿にされて、理不尽にイジメられていたんだ。
そう、悠真は思い出した。
自分はいじめられっ子だったんだ、という黒歴史を。
認めたくはないし、今の状況を完全に科学的に説明はできないが、どうやら自分はタイムスリップ、いや、11歳の自分に2024年の記憶を持ったまま転生したのではないか? という仮説に行き着いたのだ。
「何をブツブツ言ってんだ? おい、悠間抜け、わかってんのか? おい!」
はあ……と悠真は深くため息をつき、ゆっくりと立ち上がった。
目の前に立つガキ大将を見つめながら、頭の中で冷静に状況を整理する。目の前の彼は、自分が人をいじめているという認識はない。
単純に楽しいのだ。
ただ、それだけである。
往々にしていじめた側は数年もしないうちに忘れるが、いじめられた側は死ぬまで忘れない。いじめの内容に関わらず、死ぬまで抱えて生きていくのだ。
いずれにしても、たかが11歳(12歳)のクソガキにビビる必要はない。
「おい、悠間抜け、なんか言えよ!」
ガキ大将がさらに挑発的な態度を取る。名前を小林正人といった。まーちん、まーちんとあだ名されているようだ。ようだ、というか確定である。
悠真は静かに口を開く。
「お前はいつもそんな風に人を馬鹿にして、自分が偉いとでも思っているのか?」
正人は一瞬たじろぐが、すぐに笑い返す。
「何言ってんだよ、俺はただ楽しいだけさ。お前がダメだから、俺がこうしてやってるんだろ!」
「なるほどな」
と悠真は皮肉を込めて言う。
「でも、お前が他人を見下して楽しむことで何か得られるものがあるのか? その満足感のために、他人を傷つけることが正しいと思ってるのか?」
「なんだよ、急に偉そうに……」
「なあ、まーちんよ。お前はオレをそう言って馬鹿にするが、やられる覚悟はあるのか? 当然、オレがムカついて殴りかかっても、文句はない。それでいいんだよな?」
悠真は表情を全く変えず、淡々と正人に語りかける。
「は? 何言ってんだ。お前がそんな事できるわけねえだろ。できるんだったら殴られても、痛めつけられても文句は言わねーよ!」
正人がその言葉を言い終わる前に、『よし、言質はとった。みんな聞いたな?』と、言いながら悠真はすぐ横にあった椅子を持ち上げ、頭上から思い切り正人めがけて振り下ろした。
ぼご! ぐわん! と音がして、ぎゃああ! と叫んだ正人はその場にうずくまった。悠真は気にせず二度、三度と振りかぶって椅子で殴りかかる。
みるみるうちに正人の顔にはあざが出来、ボコボコに膨らんで血が流れ出した。
「や、やめ……止めてくれ……」
正人は許しを請うが、悠真はいっこうに止めない。
「お、おい、ちょっと待て、血が出てるだろ! もうやめろ!」
横で見ていた正人の取り巻きが悠真を抑え込み、女子の一人が悲鳴を上げて職員室に先生を呼びに行った。
悠真は冷静な表情を崩さず、周囲のざわめきを聞き流した。正人を抑え込んだまま、取り巻きたちが騒ぐのを見つめる。その目は、まるで他人事を見るかのように冷たかった。
「やめろ! やりすぎだ!」
取り巻きの一人が叫びながら、悠真を必死に引き離そうとするが、動じない。むしろ、淡々とした口調で語り始めた。
「なあ、正人よ。お前はいつも他人をいじめて、力を誇示してきたよな。でも、今のお前はどうだ? 怯えてるじゃないか」
正人は顔を歪め、涙を浮かべながら『許してくれ……』と口にしたが、その言葉は悠真の耳には届かない。悠真は取り巻きたちを振り払い、再び正人に向き合った。
「俺がこうしてお前に暴力を振るったのは、ただの報いだ。それだけじゃない。お前がこれまでやってきたことが、どれほど愚かだったかを教えるためだ」
周囲が凍りつくような静寂の中、悠真は続けた。
「人を傷つけることがどれだけ無意味で、どれだけの苦しみを生むのか。それを今、少しでも理解できたなら、お前はこれから変わるべきだ」
その言葉に、教室全体が固まった。誰もがこの状況をどう理解すべきか迷っていた。だが、悠真は次の言葉を口にする前に、静かに一歩引き下がった。
「俺はこれ以上はしない。だが、これからも同じことを繰り返すなら、その時はもっと酷いことになるかもしれない。自分の行動には責任を持て」
悠真の氷りのように冷酷で、突き刺すような眼差しは正人を射貫く。
その時、教師が駆け込んできた。息を切らし、慌てた様子で教室を見渡す。正人は地面にうずくまり、顔には恐怖と痛みが刻まれていた。
「何があったの? 一体どういうことなの? 保健室! すぐに保健室に連れて行きなさい!」
教師が声を上げるが、クラス全員が黙り込んだままだった。悠真はその沈黙の中、冷静に事態を整理しながら、教師に向き直った。
「先生、僕がやりました。彼が僕に対して挑発してきたので、自分の身を守るためにやむを得ず反撃しました。ですが、彼を傷つけたことは申し訳なく思っています」
悠真の言葉に教師は戸惑いを見せたが、周囲の状況を把握しようとする。正人はまだ痛みに耐えながら、顔を覆って泣き出しそうになっていた。
「風間君、今すぐ職員室に来なさい。状況をしっかりと確認しないといけないわ」
悠真は頷き、静かに従った。教室のドアに向かう途中で、クラスメイトたちが恐る恐る彼を見つめているのがわかる。だが、悠真は気に留めることなく歩き続けた。
教師の後ろを歩きながら、悠真は心の中で一つの確信を得ていた。
この再起動された人生では、ただ受け身でいるつもりはない。過去の自分とは違う、強さと冷静さを持って新たな道を切り開く。これが、その第一歩なのだと感じていた。
どうやってこの新しい人生を生き抜いていくべきか。
職員室には、すでに校長や教頭をはじめ、教師全員が集まっていた。
次回 第2話 (仮)『職員室と女と金と地位と名誉』
カタカタカタカタカタカタ……タン、タン……カチッカチッ……。
風間悠真は深夜の静寂の中、パソコンに向かっていた。画面には、終わりの見えないプロジェクトの闇が映っている。目の下にクマを浮かべ、カフェインとエナジードリンクを頼りに、悠真はキーボードを叩き続けた。
「もう限界か……」
つぶやきながら、手元のコーヒーカップを持ち上げたが、すでに空だった。仕方なくダースで買い込んだエナジードリンクの封を開け、一気に1本飲む。
だが、疲れは体を深く包み込み、目蓋がどんどん重くなる。時計を見ると、すでに午前2時を過ぎていた。
「このままじゃ、また納期に間に合わない……」
悠真は額に手を当てながら深く息を吐き、51歳の自分に何度も問いかける。
もし、あの時にもっと賢明な選択をしていれば、今ごろは違う人生を歩んでいたのだろうか。人生の岐路、選択肢は無数にあった。
失敗に終わった結婚、このまま年老いて孤独死するのではないかという恐怖……すべてが彼を苦しめ続けている。しかし、そんな事を考えても、現実はまったく変わらない。
そんな事、わかっている……。
「もし、あの時に戻れたら……」
その考えが、彼の頭をよぎった瞬間だった。悠真は、猛烈な眠気に抗うことができず、そのまま机に突っ伏して眠りに落ちた。
「……なさい!」
「……起きなさい!」
「起きなさい! 先生の授業で寝るなんて許さないわよ!」
突然、バンバンという机を叩く大きな音と怒鳴り声で悠真は目が覚めた。目の前には厳しい表情をした、ショートカットの少しぽっちゃりした20代の女性教師が立っている。
教室の中、ざわめくクラスメイトたちがクスクスと笑いながら、好奇心に満ちた視線を投げかけてくる。状況を理解できず、彼は一瞬呆然とした。
「ここは……どこだ……?」
悠真の目の前には、あまりにも現実離れした光景が広がっていた。
古めかしい木製の机に黒板に書かれたチョークの文字。そしてうっすらと、どこかで見た事があるような、子供たちの顔。
目の前の黒板を見ると、6月22日(金)日直 さとうこうすけ さたなおこ と書いてある。
さとう、こうすけ? ……こう、ちゃん? 康ちゃん?
いやいや、まさかまさか。佐藤康介は小学校に入る前から高校まで腐れ縁だった男の名前だ。悠真の頭にあり得ない可能性がよぎる。
しかし悠真が驚いたのは、自分が着ている服だ。ショートパンツ、と言えば聞こえは良いが、いわゆる半ズボンだ。なぜ半ズボンをはいている?
オレはパソコンの前にいたんじゃないのか?
「まさか、これは夢か……?」
悠真は、自分の腕をつねってみるが、痛みが走るだけだった。視線を上げると、教師が不機嫌そうに腕を組んで立っている。悠真は、混乱したまま椅子から立ち上がり、周囲を見回した。
確かに……見覚えがある。
ここは彼が昔通っていた小学校の教室だ。窓から見えるのは、まさに小学校のシンボルだった大きなクスノキである。
だが、それは30年以上も前の話だ。
「風間君、しっかりしてちょうだい。授業中に寝るなんて、本当にどうかしてるわ」
教師の声が現実に引き戻す。彼女は黒板を指差しながら、質問を投げかける。
「では、この問題の答えは何ですか?」
黒板には円の面積を求める算数の問題が書かれていた。
なぜだろう? 小学校6年生の問題が簡単だったからなのか、この状況を抜け出すには、まずその問いをクリアして、その後ゆっくり考えた方がいいと思ったのか。
いずれにしても悠真は立ち上がって黒板の前に進み、4(半径)×4×3.14=50.24㎠という答えをサラサラと書いたのだ。
……!
全員が悠真の行動と答えに驚いている。悠真は小学生の頃は、決して優等生ではなく、かといって運動ができるわけでもない、ごく普通の子供だったのだ。
当然、解けないと思っていた。それが、いとも簡単に解いたのである。
「正解! やればできるじゃない。もう居眠りなんかしたらダメだよ」
女性教師がそう言って悠真を褒め、教壇に戻る途中でチャイムが鳴った。その余韻が教室に響く中、悠真はぼんやりと自分の席に戻った。
周囲の視線が刺さるように感じる。クラスメイトたちの間で、小声の会話が飛び交っている。
「悠真、急に頭良くなったんじゃない?」
「さっきまであんなに眠そうだったのに……」
悠真は机に座り、深呼吸をする。頭の中は51歳の記憶で溢れているのに、目の前に広がるのは11歳の世界。この矛盾に、現実感が持てない。
「かーざーまぬけ~かざまぬけ~。ゆうまぬけーの、ゆうまぬけ」
※風間悠真(風間抜け、悠間抜け)
何だろう……。悠真はイラッとした。
人をおちょくるような声を出して変な歌を歌いながら、馬鹿にしている子供が近寄ってくる。悠真より体が大きく背も高い。
小太りのガキ大将といったところだろう。
一体誰だ、こいつ?
「おい、悠間抜け。悠間抜けのくせに生意気なんだよ。なんだ、勉強してきて正解して、褒められようと思ったのかよ?」
……うっとうしい。
あああああああ! 思い出した。オレはガキの頃、風間抜けの悠間抜けっていうあだ名で馬鹿にされて、理不尽にイジメられていたんだ。
そう、悠真は思い出した。
自分はいじめられっ子だったんだ、という黒歴史を。
認めたくはないし、今の状況を完全に科学的に説明はできないが、どうやら自分はタイムスリップ、いや、11歳の自分に2024年の記憶を持ったまま転生したのではないか? という仮説に行き着いたのだ。
「何をブツブツ言ってんだ? おい、悠間抜け、わかってんのか? おい!」
はあ……と悠真は深くため息をつき、ゆっくりと立ち上がった。
目の前に立つガキ大将を見つめながら、頭の中で冷静に状況を整理する。目の前の彼は、自分が人をいじめているという認識はない。
単純に楽しいのだ。
ただ、それだけである。
往々にしていじめた側は数年もしないうちに忘れるが、いじめられた側は死ぬまで忘れない。いじめの内容に関わらず、死ぬまで抱えて生きていくのだ。
いずれにしても、たかが11歳(12歳)のクソガキにビビる必要はない。
「おい、悠間抜け、なんか言えよ!」
ガキ大将がさらに挑発的な態度を取る。名前を小林正人といった。まーちん、まーちんとあだ名されているようだ。ようだ、というか確定である。
悠真は静かに口を開く。
「お前はいつもそんな風に人を馬鹿にして、自分が偉いとでも思っているのか?」
正人は一瞬たじろぐが、すぐに笑い返す。
「何言ってんだよ、俺はただ楽しいだけさ。お前がダメだから、俺がこうしてやってるんだろ!」
「なるほどな」
と悠真は皮肉を込めて言う。
「でも、お前が他人を見下して楽しむことで何か得られるものがあるのか? その満足感のために、他人を傷つけることが正しいと思ってるのか?」
「なんだよ、急に偉そうに……」
「なあ、まーちんよ。お前はオレをそう言って馬鹿にするが、やられる覚悟はあるのか? 当然、オレがムカついて殴りかかっても、文句はない。それでいいんだよな?」
悠真は表情を全く変えず、淡々と正人に語りかける。
「は? 何言ってんだ。お前がそんな事できるわけねえだろ。できるんだったら殴られても、痛めつけられても文句は言わねーよ!」
正人がその言葉を言い終わる前に、『よし、言質はとった。みんな聞いたな?』と、言いながら悠真はすぐ横にあった椅子を持ち上げ、頭上から思い切り正人めがけて振り下ろした。
ぼご! ぐわん! と音がして、ぎゃああ! と叫んだ正人はその場にうずくまった。悠真は気にせず二度、三度と振りかぶって椅子で殴りかかる。
みるみるうちに正人の顔にはあざが出来、ボコボコに膨らんで血が流れ出した。
「や、やめ……止めてくれ……」
正人は許しを請うが、悠真はいっこうに止めない。
「お、おい、ちょっと待て、血が出てるだろ! もうやめろ!」
横で見ていた正人の取り巻きが悠真を抑え込み、女子の一人が悲鳴を上げて職員室に先生を呼びに行った。
悠真は冷静な表情を崩さず、周囲のざわめきを聞き流した。正人を抑え込んだまま、取り巻きたちが騒ぐのを見つめる。その目は、まるで他人事を見るかのように冷たかった。
「やめろ! やりすぎだ!」
取り巻きの一人が叫びながら、悠真を必死に引き離そうとするが、動じない。むしろ、淡々とした口調で語り始めた。
「なあ、正人よ。お前はいつも他人をいじめて、力を誇示してきたよな。でも、今のお前はどうだ? 怯えてるじゃないか」
正人は顔を歪め、涙を浮かべながら『許してくれ……』と口にしたが、その言葉は悠真の耳には届かない。悠真は取り巻きたちを振り払い、再び正人に向き合った。
「俺がこうしてお前に暴力を振るったのは、ただの報いだ。それだけじゃない。お前がこれまでやってきたことが、どれほど愚かだったかを教えるためだ」
周囲が凍りつくような静寂の中、悠真は続けた。
「人を傷つけることがどれだけ無意味で、どれだけの苦しみを生むのか。それを今、少しでも理解できたなら、お前はこれから変わるべきだ」
その言葉に、教室全体が固まった。誰もがこの状況をどう理解すべきか迷っていた。だが、悠真は次の言葉を口にする前に、静かに一歩引き下がった。
「俺はこれ以上はしない。だが、これからも同じことを繰り返すなら、その時はもっと酷いことになるかもしれない。自分の行動には責任を持て」
悠真の氷りのように冷酷で、突き刺すような眼差しは正人を射貫く。
その時、教師が駆け込んできた。息を切らし、慌てた様子で教室を見渡す。正人は地面にうずくまり、顔には恐怖と痛みが刻まれていた。
「何があったの? 一体どういうことなの? 保健室! すぐに保健室に連れて行きなさい!」
教師が声を上げるが、クラス全員が黙り込んだままだった。悠真はその沈黙の中、冷静に事態を整理しながら、教師に向き直った。
「先生、僕がやりました。彼が僕に対して挑発してきたので、自分の身を守るためにやむを得ず反撃しました。ですが、彼を傷つけたことは申し訳なく思っています」
悠真の言葉に教師は戸惑いを見せたが、周囲の状況を把握しようとする。正人はまだ痛みに耐えながら、顔を覆って泣き出しそうになっていた。
「風間君、今すぐ職員室に来なさい。状況をしっかりと確認しないといけないわ」
悠真は頷き、静かに従った。教室のドアに向かう途中で、クラスメイトたちが恐る恐る彼を見つめているのがわかる。だが、悠真は気に留めることなく歩き続けた。
教師の後ろを歩きながら、悠真は心の中で一つの確信を得ていた。
この再起動された人生では、ただ受け身でいるつもりはない。過去の自分とは違う、強さと冷静さを持って新たな道を切り開く。これが、その第一歩なのだと感じていた。
どうやってこの新しい人生を生き抜いていくべきか。
職員室には、すでに校長や教頭をはじめ、教師全員が集まっていた。
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