12 / 65
第12話 『魔の”F"はじめての挫折』
しおりを挟む
1985年(昭和60年)2月1日(金)
テテレテッテッテ~♪
悠真はレベルが上がった。12脳となった。
アホか。昨日も今日も特に変わらない。学校に行って、放課後は音楽室でギターの練習して(させられて)、4人で帰る。この不思議なルーティンが始業式からずっと続いている。
■ある日
「ぐああああああ! くそがあ!」
オレはギターを両手で持ち上げ思いきり床に叩きつけ、アンプを足で蹴ってそう叫んだのだ。
……と出来ればどんなにスカッとしたか。というか、仮にそうだとしても気は晴れない。敷きっぱなしにしてある布団に、ガバッと大の字に寝て、拳を握って壁をドンドンと叩く。
「あーくそ! ムカつく!」
そう言い放って、左の手のひらを握っては開き、握っては開く。
・オレの手が小さいからか?
・指の力が弱いからか?
・結局はギターは、与えられたごくわずかな才能のあるヤツだけが弾けるのか?
手が小さいのは成長すればいい? 中学生? 高校生? アホか! 待ってられん!
オレの中の51脳が叫ぶ。力? 指の力って何だ……握力?
センス? さらにムカつく! そんなもんどうしろってんだ! じゃあ小学生にこんな難しいもん売るなよ!
……無茶苦茶だ。
自分でもわかっているが、やさしく教えてくれた川下楽器の店員の兄ちゃんの顔が浮かぶ。いや、彼は悪人じゃない。
すうううううう、はあああああ……。
すうううううう、はあああああ……。
深く息を吸って、吐く。何回も何回も、深呼吸をした。オレってこんなにイラチ(関西弁?)だったんだろうか。
少しずつイライラが治まってきたので、もう一度ギターを手に取る。
オレは決めたじゃないか。この人生で女にモテまくってやりまくって、金を稼いで成功するって! 運動神経がなくて足も遅い、スポーツも得意じゃないオレが選んだのが、このギターじゃないか。
こんな事で諦めてたまるか!
中学卒業までには、人に見せても恥ずかしくないくらい上手くなって、モテロードを突っ走るんじゃなかったのか!
やってやる! 絶対やってやる!
もう一度深呼吸して、まず人差し指でFの基本である1フラットの1~6弦を全部押さえる。(セーハと言うらしい)
これは……できる。そして中指で2フレットの3弦を押さえて……3フレットの4弦を小指で、5弦を薬指で……。
これは……これは、なんとかできるんだよ。ギリギリきっついけど、オレの小さな指でもギュッとネックを握ってなんとか押さえられるんだ……。
でもな、教則本にある、C-Am-F-G7の通りに押さえて弾こうとすると、届かねえんだよ! ちゃんと弦を押さえないといけないからギュッと握ってやってると、届かない!
なんでだ? Fだけでギターが成り立つなら、こんなに苦労はしない。そりゃそうだ。色んな音が混じって音楽なんだよ。どうすりゃいいんだ?
軽やかにサラサラッと弾くにはどうすりゃいいんだ?
ん? 軽やか? ……。
オレは冷静に指の配置と力加減、押し方とかを色々と考えてみた。人差し指から小指までは変わらない。変わらないというのは音によって指の配置が変わるが、それ以外は変わらないという意味だ。
親指と手首はどうだ?
ゆっくり、ゆっくりとF以外の親指と手首の配置を見ながら考えた。
……ちょっと力入れすぎたか?
ネックを握り込んだ結果、親指を6弦側に突き出す形になっていたのだ。これじゃスムーズに押せないどころか、届かない。届いた時どうやってた?
……オレは考えてスルスルと手首をひねり、親指をネックの「背」にあたる部分に置いてみた。というか、「F」単体で弾いた時、なんとか上手く押さえられた時は、それに近い状態になっていたのでは?
オレはこの感覚を忘れないように、もう一度手を離し(Fから手を離して)、何度もやってみる。
やっぱりだ。指がどうのじゃない。持ち方と力の入れ方だ。まだまだ不細工でスムーズにはほど遠かったが、風間悠真12歳、人生初の挫折をクリアした(かもしれない)瞬間であった。
■1985年(昭和60年)3月22日(金) 卒業式当日
「ねえ悠真! 日曜日何してる?」
「明後日? ……いや、佐世保に行こうかと思ってるけど」
式が終わって教室でワイワイやっている中、美咲が近づいてきて聞いてきた。別に嘘をつく必要もなく、普通に答えた。
卒業式とは言っても4月からはまた同じ面子で中学に通うのだから、前世がそうであったように、別に感動もなにもない。ああ、終わったな、と。
「え? 家族で春休みに旅行に行くの?」
「いやいや、春休みに旅行なんて行かないよ。行くわけない。ははは……」
家族旅行なんて行った記憶がない。そんな概念など、オレの実家にはないのだ。ただ、”F”のコツを少しだけ掴んだオレは、自分へのご褒美で、お年玉の残りと小遣いで、川下レコードへ行こうと思っていただけだ。
自分へのご褒美も、前世の感覚だな。
「もしかして、1人で行くの?」
「そうだよ。去年の夏休みも行ったし、正月も行ってきた」
「へえ……すごいね、悠真……」
「……なに?」
美咲はなんだかモジモジしている。
「じゃあ! じゃあ私も一緒に佐世保にいっていい?」
? それをなぜオレに聞く?
「え? いや、そりゃあ美咲が行きたいなら……いいかもしれないけど、朝早いぞ。修学旅行と同じで朝一のフェリーだから、まあ、時間的には暗くはないけど、女の子1人でって……お父さんやお母さんが許さないだろ?」
オレが親なら小6の娘にフェリーで佐世保まではいかせない。男で中学なら、なんとか。女なら……それでも友達と一緒にだな。美咲はしばらく考えていたが、断言した。
「それなら大丈夫! パパもママも説得するから!」
「?」
オレは良くわからなかったが、まあいいか、と思ってOKした。
■日曜日
「ん? なんで? なんでこうなった?」
オレの目の前にはオシャレをした美咲、純美、凪咲の3人がいた。
次回 第13話 (仮)『青春にはまだ早い。春休みの思い出と入学式』
テテレテッテッテ~♪
悠真はレベルが上がった。12脳となった。
アホか。昨日も今日も特に変わらない。学校に行って、放課後は音楽室でギターの練習して(させられて)、4人で帰る。この不思議なルーティンが始業式からずっと続いている。
■ある日
「ぐああああああ! くそがあ!」
オレはギターを両手で持ち上げ思いきり床に叩きつけ、アンプを足で蹴ってそう叫んだのだ。
……と出来ればどんなにスカッとしたか。というか、仮にそうだとしても気は晴れない。敷きっぱなしにしてある布団に、ガバッと大の字に寝て、拳を握って壁をドンドンと叩く。
「あーくそ! ムカつく!」
そう言い放って、左の手のひらを握っては開き、握っては開く。
・オレの手が小さいからか?
・指の力が弱いからか?
・結局はギターは、与えられたごくわずかな才能のあるヤツだけが弾けるのか?
手が小さいのは成長すればいい? 中学生? 高校生? アホか! 待ってられん!
オレの中の51脳が叫ぶ。力? 指の力って何だ……握力?
センス? さらにムカつく! そんなもんどうしろってんだ! じゃあ小学生にこんな難しいもん売るなよ!
……無茶苦茶だ。
自分でもわかっているが、やさしく教えてくれた川下楽器の店員の兄ちゃんの顔が浮かぶ。いや、彼は悪人じゃない。
すうううううう、はあああああ……。
すうううううう、はあああああ……。
深く息を吸って、吐く。何回も何回も、深呼吸をした。オレってこんなにイラチ(関西弁?)だったんだろうか。
少しずつイライラが治まってきたので、もう一度ギターを手に取る。
オレは決めたじゃないか。この人生で女にモテまくってやりまくって、金を稼いで成功するって! 運動神経がなくて足も遅い、スポーツも得意じゃないオレが選んだのが、このギターじゃないか。
こんな事で諦めてたまるか!
中学卒業までには、人に見せても恥ずかしくないくらい上手くなって、モテロードを突っ走るんじゃなかったのか!
やってやる! 絶対やってやる!
もう一度深呼吸して、まず人差し指でFの基本である1フラットの1~6弦を全部押さえる。(セーハと言うらしい)
これは……できる。そして中指で2フレットの3弦を押さえて……3フレットの4弦を小指で、5弦を薬指で……。
これは……これは、なんとかできるんだよ。ギリギリきっついけど、オレの小さな指でもギュッとネックを握ってなんとか押さえられるんだ……。
でもな、教則本にある、C-Am-F-G7の通りに押さえて弾こうとすると、届かねえんだよ! ちゃんと弦を押さえないといけないからギュッと握ってやってると、届かない!
なんでだ? Fだけでギターが成り立つなら、こんなに苦労はしない。そりゃそうだ。色んな音が混じって音楽なんだよ。どうすりゃいいんだ?
軽やかにサラサラッと弾くにはどうすりゃいいんだ?
ん? 軽やか? ……。
オレは冷静に指の配置と力加減、押し方とかを色々と考えてみた。人差し指から小指までは変わらない。変わらないというのは音によって指の配置が変わるが、それ以外は変わらないという意味だ。
親指と手首はどうだ?
ゆっくり、ゆっくりとF以外の親指と手首の配置を見ながら考えた。
……ちょっと力入れすぎたか?
ネックを握り込んだ結果、親指を6弦側に突き出す形になっていたのだ。これじゃスムーズに押せないどころか、届かない。届いた時どうやってた?
……オレは考えてスルスルと手首をひねり、親指をネックの「背」にあたる部分に置いてみた。というか、「F」単体で弾いた時、なんとか上手く押さえられた時は、それに近い状態になっていたのでは?
オレはこの感覚を忘れないように、もう一度手を離し(Fから手を離して)、何度もやってみる。
やっぱりだ。指がどうのじゃない。持ち方と力の入れ方だ。まだまだ不細工でスムーズにはほど遠かったが、風間悠真12歳、人生初の挫折をクリアした(かもしれない)瞬間であった。
■1985年(昭和60年)3月22日(金) 卒業式当日
「ねえ悠真! 日曜日何してる?」
「明後日? ……いや、佐世保に行こうかと思ってるけど」
式が終わって教室でワイワイやっている中、美咲が近づいてきて聞いてきた。別に嘘をつく必要もなく、普通に答えた。
卒業式とは言っても4月からはまた同じ面子で中学に通うのだから、前世がそうであったように、別に感動もなにもない。ああ、終わったな、と。
「え? 家族で春休みに旅行に行くの?」
「いやいや、春休みに旅行なんて行かないよ。行くわけない。ははは……」
家族旅行なんて行った記憶がない。そんな概念など、オレの実家にはないのだ。ただ、”F”のコツを少しだけ掴んだオレは、自分へのご褒美で、お年玉の残りと小遣いで、川下レコードへ行こうと思っていただけだ。
自分へのご褒美も、前世の感覚だな。
「もしかして、1人で行くの?」
「そうだよ。去年の夏休みも行ったし、正月も行ってきた」
「へえ……すごいね、悠真……」
「……なに?」
美咲はなんだかモジモジしている。
「じゃあ! じゃあ私も一緒に佐世保にいっていい?」
? それをなぜオレに聞く?
「え? いや、そりゃあ美咲が行きたいなら……いいかもしれないけど、朝早いぞ。修学旅行と同じで朝一のフェリーだから、まあ、時間的には暗くはないけど、女の子1人でって……お父さんやお母さんが許さないだろ?」
オレが親なら小6の娘にフェリーで佐世保まではいかせない。男で中学なら、なんとか。女なら……それでも友達と一緒にだな。美咲はしばらく考えていたが、断言した。
「それなら大丈夫! パパもママも説得するから!」
「?」
オレは良くわからなかったが、まあいいか、と思ってOKした。
■日曜日
「ん? なんで? なんでこうなった?」
オレの目の前にはオシャレをした美咲、純美、凪咲の3人がいた。
次回 第13話 (仮)『青春にはまだ早い。春休みの思い出と入学式』
0
あなたにおすすめの小説
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!
竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」
俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。
彼女の名前は下野ルカ。
幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。
俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。
だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている!
堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる