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008 卒園式の劇(1)

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ある夜の晩のこと。その日はいつもよりもとても賑やかな食卓となっていた。そうした中でオズオズと話を切り出したのは、四つ子のうちの長男のあさひであった。


「みんなちょっと聞いてほしいんだ。そのう、、、こんどの卒園会で、僕は劇の主役に選ばれてしまったんだ」



「あらっ! まあまあっ! 今日はなんて素晴らしい日なの! つい先ほどもかれんとひまりが劇の主役をすると聞かされたばかりで驚いたのに、まさかあさひも同じように選ばれていたなんて。やだ、もう、うちの子たちって隠された才能のセンスとかあるのかしら!」



卒園会の出し物である劇は保育児童の全員が参加で、4~5人のチームを作ってなんらかの役割が割り当てられていた。


かれんとひまりが劇の名前とその役割とをそれぞれ出し合っていた。かれんは竹取物語のかぐや姫をひまりは桃太郎をすることになったと、パパとママにつげたばかりであった。


パパはこのとき祝杯だと叫んで4本目のビールに手を出したが、普段ならもうダメよと止めているママはこのときすっかりとこの話に夢中になってこれに気がつかなかった。


ビールを片手にしたパパはウンウンとこれに頷いて、流石は中学時代に演劇王と呼ばれた俺の子供たちだとそう自慢していた。



でもママ。僕は前世でその保育園を卒園したからよく知っているけれど、卒園式の劇は朗読を先生が読み上げてそれに合わせて子供が一つ二つのセリフだけいうタイプだから、才能のセンスはあまり関係がないと思うな。


それとパパ、自分の才能の捏造はやめよう。陽太が中学生の卒業式の日に「僕はミューズの神にきっと見放されたんだ!」と家にすすり泣いて帰ってきたことは実家の平城家の人間ならみんな誰もが知っていることだ。





「ワハハハ。それにしてもあさひも主役をやるなんてたいしたものじゃないか。ゲップ、それであさひはなんの主役になったんだ。パパたちに報告をしてごらん」


「外国の童話、、、そのう、、、ええと、、、もういいよ、恥ずかしいから」


「なんだクイズにしたいのか、よしよしそれなら当ててみせようか。外国の童話といったらなんだろう? ああ、あれか、ヘンゼルとグレーテルだ」


「違うって。ねえパパ、もうよそうよ」


「そうか違ったのか。えええと、、、うーん、ママはなにか思いつく?」


「そうねえ、、、男の子っていったらシンデレラの王子様なのかしら?」


「あのねえママ、それって王子は脇役だよ。それにあんなキラキラとした格好をするくらいなら、僕は恥ずかしいから卒園式まで保育園に行かないよ」


「あーそうかそうか、いまようやくわかったぞ。シンドバッドと40人の盗賊の話だ! 開けゴマとかで有名なやつ。パパは冴えてるだろ? カカカカカ。ゲープッ」


「40人の盗賊って、僕たちは5人しかいないからどう考えても無理がなくない?」


「それなら白雪姫の王子様かしら。あれの最後には王子様の口づけでおしまいなのよ。あさひのお相手は誰になるのかしら、、、って保育園児にはまだ早かったのかしら、キャッキャッ」


「ママは王子様によほどこだわりがあるんだね、、、もういいや、やっぱりいいたくはないよ、ごちそうさま!」



この主役の発表には気乗りがしなかったあさひは席を立とうとするが、それまでウズウズと黙って聞いていた日毬(ひまり)が横からハイハイと手を挙げて、



「ねえあたしは知ってるよ! 劇の話は園長先生が今日に発表してたから。あさひの班のとこは赤ずきんなんだよ」


「赤ずきん? そいつはパパも思い浮かばなかったなー、、、ってあれ、赤ずきんってたしか、女の子が主人公だったはずだよな?」



パパは不思議そうな顔をしてあさひの顔を覗きこむが、これに気づいたあさひはその顔を深く下へうつむけてしまった。



「あさひって男の子なのに女の子の役をやるんだって」


「あら。ひまりだって桃太郎は男の子の役じゃないの。あたしはかぐや姫なんだからフツーね。あなたたちがちぐはぐでおかしいんだわ」



そう言ったのはかぐや姫役になった花蓮(かれん)だ。しかし当の本人のひまりは皮肉には気づかずに、



「エヘヘ日本一の桃太郎ってだんぜんかっこいいよねー! あたしはこの役がとても気に入っているの。パパとママはあたしをぜったいに見にきてよね!」


「あっなによ! かぐや姫がオシトヤカで日本一の女性ってゆうからあたしはみんなの前で手を上げたのよ! パパママ、あたしのほうをよく見にきてね!」



「、、、おごちそうさま」



かれんとひまりがキャイキャイと言いあっていると、あさひはひとり席を立って子供部屋のほうへと消えていってしまった。


僕もおごちそうさまと言って食器を下げてからあさひを追うようにして、続いて子供部屋へと入っていった。


部屋は電気をつけずにいたようで、月影の中を見るとあさひは体育座りをしてベッドの片隅にいた。僕は黙って隣に座り彼にそっと話しかけた。



「元気がないみたいだね。いったいどうしたの?」


「はあ、いいよな、ましろは。けっきょくいちども保育園に通わなかったんだからね」


「あーそれは(前世で経験をしてるからとは言えない)パパとママが僕の体を心配して、通わせるのは難しいだろうって判断して決めたからそれに従っただけだよ。それよりもあさひ、どうやら劇をやりたくなさそうなのになんでそうなったの?」



あさひはこの話題を振られてピクンと反応すると黙ってしまった。そして静かになった室内で、彼が自分から切り出すのを僕は辛抱強く待った。



「、、、だって。女の子の役なんだよ。選ばれたってちっとも嬉しくもないよ」


げんなりとして話し始めるあさひ。



「、、、赤ずきんをやるって僕のグループで決められてから男の子たちが誰がいいとか勝手に言いだして、それを見た女の子たちがもうやらないって怒りだしたんだ。それでバツが悪くなった男の子たちがあさひくんがやるのがいいです、って言って決まりかけたんだ。最後までもめてたけれどタスウケツで僕が主役に決まってしまった。だからもう保育園に行きたくない」


「なるほどね。あさひがそうしたいならいいけど、あさひがいない班はこれからどうなるだろうね。あさひの代わりに誰かが主役に選ばれてしまったら、選ばれてしまったその子もまたイヤで保育園をお休みするかもしれないよ」


「そうか。みッちゃんがこれでお休みをするなんてとてもかわいそうだ。代わりに僕がやるよ!」



義憤からそう決心したあさひの顔はとても凛々しくあった。みッちゃんてゆうのはあさひの想い人なのかもしれないなとこのとき僕はそう思った。
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