聖女の力を姉に譲渡し国を出て行った元聖女は実は賢者でした~隣国の後宮で自重せずに生きていこうと思います~

高井繭来

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そして全能神は愉快犯となった

【97話】

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「あ、産まれるな」

 随分大きくなった腹部をさすりながらサイヒが呟いた。

「おい、今なんて…?」

 執務室での出来事だ。
 己の分の書類を整理しながら、サイヒが”天気が良いな”くらいの感じで言ったので、内容の意味を瞬時に理解できたものがいなかったのだ。



「あ、破水した」

 立ち上がったサイヒの服の下腿は水で濡れている。
 決して失禁した訳では無い。

「く、クオン様!すぐに産婆さんを呼んできてください!お兄様、歩けますか!?」

「ふふ、マロン。そんなに心配しなくとも大丈夫だ。自力で歩ける」

「自分で歩けるじゃない!私が連れて行く!!」

 顔を真っ青にしたルークが飛んで来た。
 サイヒの何処に触れれば良いのかと、サイヒの前でオタオタする。

「お姫様抱っこで頼もう」

「分かった!」

 ひょい、とルークがサイヒを抱き上げる。
 華奢なイメージのあるルークだが、成人男性としては平均身長より少し高いし細いが綺麗な筋肉が付いている。
 サイヒを抱き上げるなど造作もない。
 だがソレを見ていた文官たちは驚いた。
 普段と逆の光景だからだ。
 
 サイヒは事あるごとにルークを抱きしめるし抱き上げる。

 その逆。
 魔王様もちゃんと男であったらしい。
 伴侶の破水にオロオロする様は男たちの共感を得た。
 女の体の事は意外と男は知らないのだ。
 自分に無い器官なら尚更だ。

 それにしてもサイヒもちゃんと女だったのだと皆思った。
 確かに美しいがどちらかと言うと男らしい艶っぽい雰囲気を放っているし、何時も男装である。
 口を開けば色気の含んだ声で誰彼構わず耳を孕ませる。
 何よりルークの扱いが淑女に対するソレなのだ。

 皆無意識にサイヒとルークの性別を逆に認識していた。

 だが破水。
 確かに妊娠していたことは理解していたが。
 腹部が膨らんでいく過程も見ていたが。
 サイヒの腹に命が宿っている、と言うのは分かってはいたのだが。

 イコールで”サイヒが赤ん坊を生む”と言う想像はしていなかった。

 ちゃんと女だったのか全能神…。
 何とも言えない空気が執務室に広がった。

 :::

「サイヒ、サイヒ無事か!?」

「ふふ、大丈夫だよルーク。安心しろ」

「痛くは無いか!?」

「うむ、それほど痛くない…が、産婆は間に合いそうにないな。自力で産む。ルークは私の手を握り締めてくれ」

「産む?今産むのか!?」

「既に子宮孔が開いているからな。湯とタオルの用意をしてくれマロン」

「承知しました。お兄様、寝室のベッドよりお兄様のベッドの方が産みやすいのではないでしょうか?」

「確かにマットレスもアチラの方が良い硬さだ。ルーク移動を頼んでも?」

「あぁ!」

 ルークがサイヒを抱え、寝室の隣の部屋。
 サイヒの私室に運ぶ。
 マロンがベッドに大量のタオルを敷き、サイヒは服の下腿を脱ぎその上に座る。
 その上に大きなブランケットをかける。

「ふぅ、ふっ!」

 大きくサイヒが息む。

 ズリュ

 肉の塊が肉を押し開いてタオルの上に這い出す。
 産まれたてなのに凄まじい生命力。
 すぐに産声を上げた。

「お兄様!銀髪の赤ん坊です!!」

「性別は!?」

「どちらでも良いさ、抱かせてくれ」

「はい」

 マロンが赤ん坊を湯で洗いタオルで水気を拭うとサイヒの胸に抱かせた。

「あぁ、やはりどちらでも無かったか」

「どうゆ事だサイヒ?」

「性別が無い」

「なっ!?」

「受け入れられないか、無性の子供は?」

「私とサイヒの愛の結晶を受け入れられない訳がないだろう」

 ルークが赤ん坊の頬に指を這わせる。
 赤ん坊がルークの指をパクリと咥えた。
 そしてチュウ、と吸う。

「私の指からは何も出ないぞ?あぁ、それにしても愛らしい…」

 ルークがウットリと赤ん坊を空いた方の手で撫ぜる。
 その時、赤ん坊の目が開いた。
 其処に存在したのは光を受けた海の水面の色。
 サイヒと同じ青銀の瞳。

 ポタポタポタ

 ルークの頬に涙が伝う。
 
「私の髪にサイヒの瞳だ…本当に私たちの子供なのだな……」

「あぁ、私たちの子だ…クゥ……」

「サイヒ!?」

「言っただろう、双子だ」

 2人目の子もマロンが取り上げる。
 今度は黒髪の赤ん坊だ。
 湯に入れ身を清めてサイヒに抱き渡す。

 赤ん坊はサイヒの腕に収まると不思議そうに眼を開いた。

「私の黒髪に、ルークのエメラルドの瞳だ」

「この子も無性か?」

「あぁ性別は無い」

「何故性別が無いんだ?」

「前、全能神の呪いだ。流石は全知全能、解呪が間に合わなかった」

「ではこの子たちは子を生すことは出来ないのか?」

「いや、ソレは大丈夫だ。解呪は出来なかったが対処はした。恋をすれば、愛する者に対になる様に性別が変わる」

 ドンドンドン!!

 サイヒの私室のドアが力強くノックされた。

「良いぞ」

「はぁ、ここに移動したと聞いて…産婆を連れて来たが、もう必要なさそうだな……」

「いや、後産があるから居てくれた方が良い。ルークとクオンは部屋から出てくれ。後産はなかなかエグイぞ?胎盤がもろに内臓だからな」

「「うっ!!」」

 内臓がベッドの上に。
 想像すると男2人は気分が悪くなった。
 マロンはケロッとしている。
 月1で血を見る生き物は内臓系に強いらしい。

「良くお1人で生まれましたな。さすがは我らが主であります。傷も、無いですな。後産の方がキツイ方も多いので覚悟して下され」

 ひょっひょっひょっ。

 愉快そうに小柄な産婆は笑った。
 それに男2人は再び身を竦ませた。
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