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2章
【247話】
《全知全能》とは
あらゆることを知り、あらゆることを成すことができる能力。
『全』てを『知』り『全』てを『能』う(出来る)。
現実においてはアブラハムの宗教の神や、各神話における最高神(ゼウスなど)が所持しているとされることが多い。
「じゃぁ何でも出来る、てわけ?」
コテン、とユラが首を傾げる。
それだけで真っ赤になった【全知全能】にミヤハルと鈴蘭は心の中で溜息をついた。
((コイツ、チョロい上に初心すぎだろ………))
血縁関係のせいかミヤハルと鈴蘭の思考は似ている。
ユラ?
あれは腐っているので同じ分野に入れてはならない。
しかも天然を患っている。
聡明と言えるミヤハルや鈴蘭と同じカテゴリーに入れてはいけないのだ。
「いや、何でも出来るは語弊があるはずだユラさん」
鈴蘭の言葉に【全知全能】が鋭い眼差しで睨む。
鈴蘭にはどこ吹く風だ。
【全知全能】も何でも出来る訳では無い、と言う事が己で分かっているから余計に腹立たしいのだろう。
「全能の逆説と言うものがある。全能の逆説とは、論理学・哲学・神学等において、全能と論理学的不可能との関係を扱った問題だ。
この逆説は全能者の論理学的矛盾を示しており、極端な例で言えば、全能者は自分自身を《永遠にいかなる意味でも存在しない》ようにすることはできない。
他の例で言えば、全能者は「四角い円」や「7+5=75」を成立させることができるように見えるが、それらは論理学的不可能であり、全能者は矛盾している。
全能者はどんなことでもなし得る、と考えることは論理学的に正しくない。
もし全能が《論理学を超越した能力》である、または《神(全能者)の論理》であると言うなら、全能とは、「四角い丸」のような形をも作成できる《非論理学的能力》だ。
この場合、全能についての主張・議論等から論理学を切り捨てることになる。
しばしば、この逆説はアブラハムの宗教に於ける神の語をもって記述されるが、全能者をそれと限る必要はない。
中世以降、哲学者らは様々な方法でこの逆説を書いてきた。古典的な例として、
※全能者は《重すぎて何者にも持ち上げられない石》を作ることができるか
という表現も知られている(訳注: そのような石を作れないなら全能ではない、作れるならその石を持ち上げられないのでやはり全能ではないことになる)。この表現にはわずかながら不備があるが、有名でもあり、この逆説が分析されてきた様々な方法を描写するのに都合がよい。
全能の逆説を厳密に分析するためには、全能性の精密な定義が必要である。
全能性の定義は文化や宗教によって異なり、哲学者同士でも異なる。
通常の定義は「なんでもできる」 all-powerfull であるが、これでは力不足である。
例えば、全能性を《いかなる論理の枠組にも束縛されずに動けること》と定義してしまえば、この逆説は成立させようがない。
この問題に対する近現代の取り組みは、意味論の研究、即ち言語--従って哲学も--全能性そのものを有意味に記述することができるのだろうか、という点を含んでいる。
しかし、はじめから全能者がすべてのことができると定義すれば、この文に左右されずその石を持ち上げられないことも、一つの能力になる、と言う訳だ」
「うん、分からない!」
ソコは自信ありげに言う所では無いのでは、とミヤハルはユラに対して思った。
「まぁ仮にも【全知全能】ならそれに近い能力は持っているのだろう?能力的には闘いより守備、保護、発展により散らかを注いでくれたら助かるものだな。
神を殺して終わりではない。
その後、人の住める文化を生み出して生きていかなければならない。それに関しては【全知全能】の能力は不可欠だ。
【全知全能】は決して切ってい良い人物ではない。『神狩り』に入らずとも手を貸してくれるだけでも御の字だ。協力のほどを感謝する」
「ふん、それなりに話の分かる奴がいるみたいだな。それに【復元】より年下のようだし、まぁお前は認めてやろう」
【全知全能】が初めて他人を認めた瞬間だった。
年上好きのユラの恋愛のストライクゾーンに入っていないことも認める大きな1つの要因であろう。
こうして紆余曲折のうえ、【全知全能】はチームに入らずとも強大な協力者として、チームのメンバーから大歓迎をされるのであった。
あらゆることを知り、あらゆることを成すことができる能力。
『全』てを『知』り『全』てを『能』う(出来る)。
現実においてはアブラハムの宗教の神や、各神話における最高神(ゼウスなど)が所持しているとされることが多い。
「じゃぁ何でも出来る、てわけ?」
コテン、とユラが首を傾げる。
それだけで真っ赤になった【全知全能】にミヤハルと鈴蘭は心の中で溜息をついた。
((コイツ、チョロい上に初心すぎだろ………))
血縁関係のせいかミヤハルと鈴蘭の思考は似ている。
ユラ?
あれは腐っているので同じ分野に入れてはならない。
しかも天然を患っている。
聡明と言えるミヤハルや鈴蘭と同じカテゴリーに入れてはいけないのだ。
「いや、何でも出来るは語弊があるはずだユラさん」
鈴蘭の言葉に【全知全能】が鋭い眼差しで睨む。
鈴蘭にはどこ吹く風だ。
【全知全能】も何でも出来る訳では無い、と言う事が己で分かっているから余計に腹立たしいのだろう。
「全能の逆説と言うものがある。全能の逆説とは、論理学・哲学・神学等において、全能と論理学的不可能との関係を扱った問題だ。
この逆説は全能者の論理学的矛盾を示しており、極端な例で言えば、全能者は自分自身を《永遠にいかなる意味でも存在しない》ようにすることはできない。
他の例で言えば、全能者は「四角い円」や「7+5=75」を成立させることができるように見えるが、それらは論理学的不可能であり、全能者は矛盾している。
全能者はどんなことでもなし得る、と考えることは論理学的に正しくない。
もし全能が《論理学を超越した能力》である、または《神(全能者)の論理》であると言うなら、全能とは、「四角い丸」のような形をも作成できる《非論理学的能力》だ。
この場合、全能についての主張・議論等から論理学を切り捨てることになる。
しばしば、この逆説はアブラハムの宗教に於ける神の語をもって記述されるが、全能者をそれと限る必要はない。
中世以降、哲学者らは様々な方法でこの逆説を書いてきた。古典的な例として、
※全能者は《重すぎて何者にも持ち上げられない石》を作ることができるか
という表現も知られている(訳注: そのような石を作れないなら全能ではない、作れるならその石を持ち上げられないのでやはり全能ではないことになる)。この表現にはわずかながら不備があるが、有名でもあり、この逆説が分析されてきた様々な方法を描写するのに都合がよい。
全能の逆説を厳密に分析するためには、全能性の精密な定義が必要である。
全能性の定義は文化や宗教によって異なり、哲学者同士でも異なる。
通常の定義は「なんでもできる」 all-powerfull であるが、これでは力不足である。
例えば、全能性を《いかなる論理の枠組にも束縛されずに動けること》と定義してしまえば、この逆説は成立させようがない。
この問題に対する近現代の取り組みは、意味論の研究、即ち言語--従って哲学も--全能性そのものを有意味に記述することができるのだろうか、という点を含んでいる。
しかし、はじめから全能者がすべてのことができると定義すれば、この文に左右されずその石を持ち上げられないことも、一つの能力になる、と言う訳だ」
「うん、分からない!」
ソコは自信ありげに言う所では無いのでは、とミヤハルはユラに対して思った。
「まぁ仮にも【全知全能】ならそれに近い能力は持っているのだろう?能力的には闘いより守備、保護、発展により散らかを注いでくれたら助かるものだな。
神を殺して終わりではない。
その後、人の住める文化を生み出して生きていかなければならない。それに関しては【全知全能】の能力は不可欠だ。
【全知全能】は決して切ってい良い人物ではない。『神狩り』に入らずとも手を貸してくれるだけでも御の字だ。協力のほどを感謝する」
「ふん、それなりに話の分かる奴がいるみたいだな。それに【復元】より年下のようだし、まぁお前は認めてやろう」
【全知全能】が初めて他人を認めた瞬間だった。
年上好きのユラの恋愛のストライクゾーンに入っていないことも認める大きな1つの要因であろう。
こうして紆余曲折のうえ、【全知全能】はチームに入らずとも強大な協力者として、チームのメンバーから大歓迎をされるのであった。
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