モノクロに君が咲く

琴織ゆき

文字の大きさ
68 / 76
8章「答え合わせをしましょうか」

68

しおりを挟む

 ユイ先輩は私の頭に口づけながら、満足気に告げる。
 一ヶ月離れていたのが嘘のように、心が幸せに満たされていく。
 当初はユイ先輩を傷つけないために、私の想いを伝えるつもりはなかった。
 けれど、今になって思う。
 こうしてそばにいる選択をしたのは、間違いではなかったのだと。あのとき、多少強引なユイ先輩に押し切られてでも想いを繋げあったのは、正解だったのだと。
 でなければ、今この瞬間は存在しなかった。
 こんなに穏やかな人生の最期を迎えることはなかっただろう。

「ユイ先輩。私ね、すごく楽しかったです。高校に入学してから、本当に毎日充実してました。明日が来るのが楽しみで、夜寝るときも朝起きるときも、いつも未来のことを考えてたんですよ。明るい朝のことを」

「うん」

 分かち合う温もりが、いずれどんな思い出としてユイ先輩のなかに残るのかはわからないけれど。それでも今だけは、世界中の誰よりも幸せに包まれている。
 私は、そう確信していた。

「……本当のことを言えばね、まだまだ足りないんです。もっと、ずっと、これから先もずっと、こうやって先輩と過ごしていたかった。生きていたかった」

「……俺も、鈴には、ずっと生きていてほしいよ」

「うん。でも、ユイ先輩の心に私が棲んでいるなら、そんな私の叶わない願いも叶うような気がしますね。散ることなく、永遠と先輩のなかで咲き続けられるかも」

 すごくつらい。涙が止まらない。けれど、これほどまでに強く死にたくないと思うことができるほど、私はこの世界がとにかく大好きだったのだ。
 ユイ先輩がいるこの世界が。
 ユイ先輩と過ごした時間のすべてが。
 大好きな人がいる。その小さな真実が、私の世界を鮮やかに彩ってくれていた。

「──私、頑張りますから。生きられるだけ生きて、強くユイ先輩の心に棲みつきます。枯れた桜なんて言わせません。私は絶対に、枯れてなんかやりませんから」

「……ん。鈴は、枯れないよ。鈴はいつだって誰より綺麗に咲き誇ってる」

 ほんのわずかに、ユイ先輩の声に涙が混じったような気がした。
 けれど顔を上げて見てみると、少し切なげな表情のなかには思いのほか真剣な色が灯っている。向けられる視線があまりにも熱くて、かすかに呼吸が乱れる。

「……鈴が頑張ってるのは知ってるからさ。俺も頑張らなきゃいけないよね」

「頑張る……」

「美大、受けるよ。スカウトされてるって言っても筆記も実技も試験はあるし、今さら遅いような気はするけど」

「っ……!」

 ああ、よかった。そう心の底から自分が安堵したのがわかった。ユイ先輩がちゃんと生きていくことを決めてくれた。それは、なによりの私の望みだった。
 ともすれば、生きたいという思いよりもずっと、願っていた。

「……先輩なら、大丈夫ですよ。頭いいですし、実技は間違いなく一位通過です」

「いや、そんな世のなか上手くいかないって」

「上手くいかせちゃうのが先輩じゃないですか。私、知ってるんですから」

 大丈夫。確信を持って、そう言える。
 だってユイ先輩は、歩む道を見つけさえすれば、この世の誰よりも強い人だ。
 これほどまでに才に溢れ、世界に好かれた人を、私はほかに見たことがない。モノクロの世界でもそうなのだから、色づいた世界に生きるユイ先輩はもう無敵だ。

「先輩。──春永結生先輩」

 先輩のなかだけの永遠に続く春で、私は、きっと生きていく。
 そうして、枯れずに咲き続ける桜のように、道行を示す羅針盤となろう。

「私の、大切な人」

 だからどうか、ユイ先輩が迷わずに歩んでいけますように。
 どうか、ユイ先輩の世界がもっともっともっと、色づきますように。

「こんな私を世界一の幸せ者にしてくれて、ありがとうございます」

「ううん、こちらこそ。俺と出逢ってくれて、ありがとう」

「はい、先輩」

 想いはありったけ、すべて伝えた。あとは懸命に生きるだけだ。
 生きて、生きて、生き抜いて、この世界に私の色を刻みつける。
 そして最後まで。
 最後の最期まで、世界でいちばん、ユイ先輩を愛していこう。

「──今日も今日とて。そしてこれからも、永遠に。大好きですよ、ユイ先輩」
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
 ☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

神様がくれた時間―余命半年のボクと記憶喪失のキミの話―

コハラ
ライト文芸
余命半年の夫と記憶喪失の妻のラブストーリー! 愛妻の推しと同じ病にかかった夫は余命半年を告げられる。妻を悲しませたくなく病気を打ち明けられなかったが、病気のことが妻にバレ、妻は家を飛び出す。そして妻は駅の階段から転落し、病院で目覚めると、夫のことを全て忘れていた。妻に悲しい思いをさせたくない夫は妻との離婚を決意し、妻が入院している間に、自分の痕跡を消し出て行くのだった。一ヶ月後、千葉県の海辺の町で生活を始めた夫は妻と遭遇する。なぜか妻はカフェ店員になっていた。はたして二人の運命は? ―――――――― ※第8回ほっこりじんわり大賞奨励賞ありがとうございました!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...