堅物宰相様に嫌われようとお色気で煽ったら、本性は絶倫と独占でした

はやづみ

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 ――三年後。
 
 私は書類を抱え、うつむき気味に王宮の廊下を歩いていた。
 曲がり角まできて、話し声の中に自分の名が聞こえてふと立ち止まる。
 
「あーあ、うちにもかわいい女の子がきてくれたらな。うちの独身令嬢はアデリー嬢だけか」
「アデリー嬢だってなあ、もう少し外見に気を遣ってくれりゃ……」
 
 どうやら休憩中の職員たちがだべっているらしい。
 彼らのぼやきに私は微妙な苦笑いを浮かべた。
 
 
 自分が悪役令嬢だと気づき、まず私がしたことは、『逆イメージチェンジ』だった。
 派手なドレスをやめ、それまでに着たことがなかった最大布面積のドレスばかりを選ぶようになった。
 胸元どころか首元まできっちりガード。胸は強調せずむしろ小さく見えるようにして、デザインもシンプルなもの。
 
 野暮ったくのばした前髪で目元を隠す。髪は頭の後ろで一つにまとめ、飾りもつけない。口元のほくろは隠しようがないので、常にうつむいている。
 
 次に、家庭教師をつけ、一年間みっちり勉強。
 
 そして社交界をスルーして、王宮での事務職を希望した。
 
 私の変わりようにお父様もお母様も目の玉が飛び出るほど驚いていらした。
 それはそうだ、幼いころからワガママ放題、将来は王太子妃となって玉の輿よとほざき倒していた娘が、突然地味で堅実な将来へ邁進し始めたのだから。
 
 ただ、十五デビュタントの歳になり、悪目立ちする美貌で周囲からやっかみを言われることもあった娘を、お父様もお母様も心配していたらしい。
 深くは聞かず、私の願いを叶えてくださった。
 
(……ベテルディア公爵家の欠点はアデリーを甘やかしすぎたところだけで、家族は基本的に善人なのよね)
 
 そんなこんなで、私は身分を隠し、平民出身の娘として王宮の事務職員になった。
 そのまま、十八のこの歳まで、事務職員として働いている。
 
 当然、レオナルド殿下との婚約話など、持ちあがりもしなかった。
 
 一年間の勉強で、この国の制度や行政は理解した。加えて社会人経験のある前世の記憶のおかげで、私は仕事を続けられている。
 
 本来のゲーム主人公である聖女ヒロイン、ロゼッタちゃんは、一年前に登場した。
 ゲームそのままの純粋な性格で、レオナルド殿下との愛を育んでいる。私も一度だけレオナルド殿下やダニエル様とともに話をする機会があったけれども、心の底からかわいくて応援したくなる女の子だった。
 
 王宮でレオナルド殿下とロゼッタちゃんが並んで歩いているのを見かけるたび、婚約を回避してよかったと思う。
 
(レオナルド殿下は最推しだったけど……王太子妃なんて、務まるわけがないし)
 
 王宮内の人々にもロゼッタちゃんは人気だ。
 先ほどの「うちにもかわいい女の子がきてくれたら」というのは、彼女を指しているのだろう。
 
 
「アデリー嬢もさ、あの髪型をどうにかして化粧をすれば、化けると思うんだよな。それでドレスも変えて……」
「髪と化粧とドレスって、全否定じゃねえかよ」
「胸はあるんだって!」
「それはわかる。男好きのする体だよな~」
「だから髪と化粧とドレスが悪い」
 
 あははは、と廊下に男の笑い声が響き、ぼんやりとこれまでを思い出していた私は意識を引き戻された。
 
(いい線いってると言いたいところだけれど、腹が立つわね。私だって好きでこんな体じゃないのよ)
 
 とはいえ、出て行って文句を言うこともできない。
 地味な令嬢に徹するためには、自分から目立つわけにはいかないからだ。
 
 別の廊下を通ろうと、私が引き返しかけたときだった。
 
「今、アデリー嬢の名が聞こえたようだが」
 
 低く、冷たい、氷の刃のような声が、耳障りな笑い声を切り裂いた。
 ぴたりと男たちの笑いが止まり、重苦しい沈黙が場を支配する。
 
 声の主がわかって、私は遠ざかりかけていた足を戻し、そっと廊下を覗いた。
 
 男たちよりも頭一つ分ほど高い身長と、それにふさわしい体格。きっちりと整えられた銀髪の下で光る青い瞳は強い威圧を放つ。
 
 ダニエル・クレヴィング様。
 クレヴィング公爵家の嫡男であり、宰相の座にある彼は、私や、私を笑っていた男たちの上司だ。
 
「アデリー嬢がどうかしたか」
「あ……いえ……」
 
 まごつく男たちは互いに目配せを交わしあっているが、誰もうまい言い訳は思いつかないようだ。
 
「アデリー嬢は宰相の補佐官として申し分ない働きをしている。彼女の書類にはミスがなく、判断は的確だ。補佐官として求められる資質に容姿は関係ない。それに」
 
 淡々と語ったダニエル様は、最後にじろりと男たちを睨みつけた。鋭いまなざしに、男たちは地面から足が離れるんじゃないかと思うくらいに震えあがる。
 
「婦人をそのような話題に挙げる無礼を私は好まない」
「はっ、はい!!」
「申し訳ありません!!」
「わかったら仕事に戻れ」
「はい、申し訳ありませんでした!!」
 
 ぺこぺこと頭をさげ、脱兎のごとく逃げだしていく男たちを見やってから、ダニエル様はふうとため息をついた。
 書類を胸に抱きしめながら、私もほっと息をつく。
 
(さすが、『堅物宰相』様……)
 
 ダニエル様は、攻略対象の一人だ。
 ただ、いま見たように超堅物である彼だけは、悪役令嬢アデリーの誘惑に見向きもせず、したがってバッドエンドに入っても寝盗られることがない。
 そのせいで一部のこじらせた女性陣から大量の薄い『寝盗られ本』が出るという謎の逆転現象が起きたキャラでもある。
 
 私が最初の異動で宰相室を希望したのも、彼がいたからだ。
 騎士団には攻略対象の一人であるウィルヘルム様が、魔術師団には同じく攻略対象者のノア様がいる。町で働くにしても城下町を牛耳る大商人のファルシードは攻略対象だし、ゲームの進行状況がわからないのも怖い。
 ……というわけで、ヒロインであるロゼッタちゃんが誰を選ぶかわからないあいだは、間違いが起きないように王宮のダニエル様のもとで働くのが一番だと思ったのだ。
 
 その予想どおり、この二年間、ダニエル様は『ただの上司』という超紳士的な態度で私に接してくださった。
 
(でも、ロゼッタちゃんがレオナルド殿下と結ばれるのなら、もうその心配もいらないかしら)
 
 ダニエル様が立ち去るのを確認してから、私はそっと廊下を歩きだした。
 
 窓の外には王都が広がっている。
 尖塔や、煉瓦造りのお店、白壁に三角屋根の家が立ち並ぶ大通り。ゲームの背景で見たままの、壮大な風景。
 シナリオから自由になれたことを見届けたら、本当に平民として暮らしていくのもいいかもしれない。
 
 仕事は楽しいし、ダニエル様は私の仕事ぶりを評価してくださっている。
 でも、王宮(ここ)では貴族もそうでない者も、きらびやかな婦人たちがもたらす夜の噂に慣れている。ああして見た目についての話をされるのは、一度や二度ではなかった。
 
 裏でこそこそ話をするだけでなく、年配の貴族に地味な身なりをバカにされたこともあったし、逆に年上の女性から男の噂になっていると叱られたこともあった。
 
(派手でも地味でも噂話の標的になってしまうなんて、困ったものね)
 
 それでも、噂話や口出しは減っていた。
 私はそれが、皆が私に慣れてきたせいだと思っていたのだけれど。
 もしかしたらああして、ダニエル様がたしなめてくださっていたのかもしれない。
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