《蒼眼のトライブ Last Testament(ラスト・テスタメント)》

ケリーエヴァンス

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第18話 解決のきっかけ

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「それじゃ足りねえって言ってんだろうがッ!」

怒鳴り声が広場の空気を裂いた。
乾いた声の余韻が、石畳に敷き詰められた空間に刺さる。

その中心では、屈強な男たちに囲まれた村人のひとりが、必死に食い下がっていた。
男たちは皆、傭兵風の装い。分厚い革鎧に無骨な剣を腰に吊り下げ、ただ立っているだけで威圧を発する存在だ。

「もう……払ったはずです……これ以上は……!」

「前回の分とは別だ、別! こっちはな、雇い主に言われた通り、ちゃんと“管理”してんだよ。逆らったらどうなるか、分かってんだろうなぁ?」

嘲るような口調と笑み。
だが、それはどこか芝居じみていた。

その様子を、フェイは少し離れた場所からじっと見ていた。
目を細め、そしてふいに首をかしげるような仕草。

「……なあ、ちょっと」

軽い調子で、広場の空気に紛れ込むように歩き出す。
まるで風が流れ込んでくるかのように自然に。

「ちょっとだけ、いいかな?」

傭兵たちの視線が一斉に向けられる。

その場に“関係ないはずの”男の登場に、誰もが戸惑いの色を浮かべた。
だが、フェイは気にも留めず、ゆったりとした足取りのまま、彼らの前へと立った。

「それってさ、本気で取り立てようとしてないよね?」

「……あ?」

「だって、どう見ても変なんだよ」

その声色はふんわりとした軽さを帯びていた。だが、
その言葉と同時に、フェイの瞳が一瞬――冷たい青に染まった。

「武器も抜かず、脅しも中途半端。村の真ん中で芝居じみた威圧。手口も演出も粗いし……」

ほんのわずか、彼の笑みに“鋭さ”が滲んだ。

「ねぇ、それって、“やれ”って言われたけど本気では動いてない……ってことじゃない?」

その一言が、空気を変えた。

傭兵たちの顔が、はっきりと引きつる。

「お、おい……なんでそれを……」

「何者だ……こいつ……?」

目を逸らし、どもる声。反射的に腰の剣に手が伸びかける。

「誰に命令された? 名は? 狙いは? ……でなけりゃ、単なる“陽動”ってことか?」

「テメェ……!」

一人の傭兵が掴みかかろうと、勢いをつけて前に出た――その刹那。

「待て!」

広場の奥から、鋭くも落ち着いた声が響いた。

その声に、まるで霧が晴れるように周囲の空気が揺らぐ。

石段を下りて姿を現したのは、一人の老年の男。
しっかりとした体格、端整に整えられた灰色の髭。衣服に飾り気はないが、その歩みには確かな威厳があった。

村長――それとすぐに分かる男だった。

「下がれ、皆」

静かだが、決して逆らえない声音。
広場の中心で構えた傭兵たちが、一瞬の逡巡ののち、仕方なく後退する。

「ですが村長……このままでは……」

「いいから」

村長は、男たちを一瞥だけで下がらせたのち、
一歩だけフェイに歩み寄った。

その足取りは、慎重に見えて、迷いがない。

「……巻き込むつもりはなかった」

深く、静かな声だった。
それはこの村を長年守ってきた者の声。
感情を抑え込んだ、けれど揺るがない覚悟がにじんでいた。

「本当なら、旅人をこんな面倒に関わらせるべきじゃなかった。……だが、見抜かれた時点で、もう誤魔化せる話じゃなかったよ」

フェイは黙って、それを聞いていた。
返事もせず、ただ目を細める。
その表情からは、肯定も否定も読み取れない。

だが、村長は言葉を続けた。

「……それに、あんたの“目”を見たとき、どうしてだろうな。……ほんの少し、希望みたいなもんが、見えた気がした。勝手かもしれんが……頼ってもいいなら、頼らせてほしい」

その声音には、偽りがなかった。
長く圧し掛かっていたものが、今まさに重石を外そうとしている。

フェイはようやく、ふっと肩をすくめて笑う。

「……じゃあ、少しだけ」

その軽い調子の返事に、村長の顔から緊張がわずかにほどけた。
だが、言葉の裏にある“何かを受け取った”ことは、彼自身が誰よりも感じていた。

フェイは手をひらひらと振って、一歩退く。

けれど、その横顔を、エヴァはじっと見つめていた。

(……どうして。どうして、あれに気づけたの?)

空気のわずかな乱れ。
言葉の裏にある“違和感”。
傭兵たちの動き、声の質、威圧の仕方。それらの曖昧さを、彼は一瞬で見抜いていた。

(あの目……また、あのときと同じ)

義賊たちに囲まれたとき。
そして、村で出会ったあの男たちが怯えた瞬間。
フェイの瞳が、ほんの一瞬だけ、青い光を宿していた。

(あれは、何なの? どうして“気配”で、ここまで人を止められるの……?)

「……なんで分かったのか、こっちも聞きたいわ」

ぽつりと漏れたその声に、フェイは振り向かなかった。
あくまで気づいていないふりで、広場を見渡しながら肩越しに言う。

「ま、ここで騒いでも仕方ないし。とりあえず宿、行こっか」

その言葉もまた、冗談めいているようで、どこか計算されていた。

エヴァは、小さく息を吐きながら頷いた。

「……ええ。休んでから、また考えましょ」

二人は、静かに広場を後にする。

だが、その背中に向かって、村長は深く一礼していた。
誰にも見られないように――
ただ、感謝と願いをこめて。


■その夜、宿にて

小さな宿の部屋には、静寂とろうそくの温もりが満ちていた。
木造の壁に映る揺れる影が、淡く、穏やかに時間を刻んでいる。
窓際のカーテンが夜風にそよぎ、遠くで虫が細く鳴いていた。

フェイはテーブルに頬杖をつき、湯気の立つマグを手のひらで包むようにしていた。
あいかわらずの脱力した姿勢。だが、マグ越しの瞳は、どこか遠くを見つめていた。

一方、窓際の椅子に腰かけていたエヴァは、しばし外の闇を眺めていたが、不意に静かに口を開いた。

「……村長、あの場面で“止めた”わね」

フェイは軽くマグを揺らす。

「止めたね。あれは、普通じゃない判断だった」

「むしろ、旅人を遠ざけようとする立場なのに。あの人、自分から頭を下げたわ」

「うん。それに……感謝もしてた」

エヴァは小さく頷いたあと、ふと眉を寄せる。

「……見抜かれた瞬間、誤魔化せないと判断したのよね。まるで“諦めた”みたいに」

「そうかも。ごまかせない相手だって思ったんだろうね」

フェイは指でマグのふちをなぞりながら、穏やかに言葉を続けた。

「“ああ、この人たちには見透かされる”って。だからもう、隠すのはやめようって」

「その言い方……やっぱり、“気づいた”のは偶然じゃないのね」

フェイは一拍置いて、からかうように目を細めた。

「……偶然かもね?」

「どっちでもいいけど……胡散臭いのよ、その“偶然”って響きがあなたから出ると」

エヴァは、わずかに笑みを浮かべる。
しかしすぐ、表情は真剣なものへと戻る。

「でも、あの男たち……本気じゃなかった。演技のつもりはなかったかもしれないけど、“力”を使うつもりはなかった」

「剣を抜く“間”もなかったしね。動きにも“ためらい”があった」

「まるで……やらされてるって感じ。誰かの命令で」

「……同感。あれは、プロの傭兵じゃない。“動機”が見えなかった」

フェイの瞳が少しだけ鋭さを帯びる。

「村長も、見て見ぬふりをしてた可能性はある。でも、あの迷い方は……」

「何かを“抱えてる”顔だった」

エヴァがぽつりと言ったその言葉に、フェイの口元が静かに動く。

「……か、誰かを“抱えてる”か、だね」

そのとき、ふと、ふたりの間に沈黙が落ちた。
静かな、けれど重みのある沈黙。
窓の外では風が木々をなでるように吹き抜け、虫の音が夜を繋いでいる。

そして、フェイがゆっくりと言った。

「それにしても、君も変わったね」

「なにが?」

「前は、明らかに“とりあえず突っ込んでから”ってタイプだったのに。今はちゃんと“間”を読むようになった」

エヴァは、軽く肩をすくめる。

「……それ、褒めてるの?」

「もちろん。僕と一緒にいると、成長速度も加速するんだよ」

「はいはい。面倒くさいのが伝染しただけって言ってもいい?」

ふっと笑いがこぼれる。

ふたりの間に、柔らかな沈黙が流れた。
会話の熱も、灯りの明滅とともに落ち着いていく。

やがて、フェイがマグを置き、視線を落としたままぽつりと呟いた。

「……ま、こんなふうに考えてても仕方ないし。明日、村長に直接聞いてみよっか」

「そうね。……嘘は、つかなそうな人だったし」

「うん。たぶん、もう限界なんだよ。隠して抱えてるのがさ」

エヴァは深く椅子にもたれ、そっと目を閉じる。

部屋の中には、マグの中の湯気と、夜の風。
ささやかな灯火が、二人の間に浮かぶように揺れていた。

何も解決していない夜だった。
だが、不思議と“繋がっている”感覚だけは、確かにそこにあった。

やがて、窓の外の雲が少しだけ流れ、月の光が床に静かに差し込んだ。
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