《蒼眼のトライブ Last Testament(ラスト・テスタメント)》

ケリーエヴァンス

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第30話 結ばれる形、交わる声

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夜の帳がようやく薄れ始める頃。
帝都の宿舎裏手、小さな中庭にひとりの男が立っていた。

フェイ・オーディン。

冷たい空気の中で、しばし無言を貫いていた。そして、低く、誰にも聞こえぬ声でつぶやく。

「……ヴァーグ」

風が一瞬、木々をざわめかせる。
誰もいないはずの空間に、ふと“気配”が立ち上がった。

すぐ背後。だが、フェイは振り返らない。

「ひとつ、頼みたいことがある。まだ“本命”って確証はないけど、気になる子がいる」

沈黙が応じる。

「“聡明の七星”の血を継いでいる……かもしれない。確信はないが、血筋も素養も引っかかる」

風が吹き抜け、枯れ葉が足元を転がる。

「表には出るな。接触も不要。……“気配”を掴むだけでいい。
時間がかかっても構わない。――お前にしかできない仕事だ」

一拍置いて、空気が“動いた”。

気配は、すでに消えていた。

フェイはゆっくりを上を見上げて、空に向かって一息。

「さて……本番に向けて、舞台を整えていこうか」

その瞳には、月光とは別の鋭い光が宿っていた。

***

帝都の北外れ、春を迎えた森の入口に、三つの影が立っていた。

軽装の鎧に身を包んだエヴァが、地図と簡素な報告書を確認しつつ、深く息を吐く。

「……帝都から報告のあった“目撃情報”、場所はこの辺り。
魔獣の痕跡らしきものが見つかってる。被害は出てないけど、放置はできないわ」

その声に、横でふらりと立っていたフェイが、ちらりと目を向けた。

「おや、エヴァ。今日はきっちり“作戦開始”って感じだな。背中から真面目オーラが出てるよ」

「当然でしょ。……これは“第十三騎士団としての初任務”なんだから」

エヴァは言いながらも、表情に若干の緊張が残っている。
その様子を見て、フェイは苦笑しながら肩をすくめた。

「でもまあ、きちんと指揮を執る団長がいてくれるのは、楽で助かるよ」

「褒めてるの、それ……?」

「もちろん」

にやりと笑うフェイの足元では、白くふわふわのリィが落ち葉に鼻を突っ込んで、ふごふごと動き回っていた。

エヴァはふと、周囲を見回しながら首をかしげる。

「そういえば、ヴァーグは?」

「ちょっと“出てる”みたい。」

フェイは、それだけを当たり前のように言って、森のほうへ視線を戻す。

「……そっか。わかった」

エヴァは深く追及しなかった。
ヴァーグの動きが常に見えるわけではないことは、すでに理解していた。

「よし。じゃあ、任務開始。まず、森の境界から慎重に入って、痕跡を確認しましょう。
リィ、あなたは……先に動くんだろうけど、あんまり離れないでね」

リィはふごっとひと鳴きし、ぴょこんと跳ねるように先へ進んだ。

「先導役はあの子か。頼もしいやら不安やら」

フェイがつぶやきながらも、剣を腰に確認してついていく。



森の中は思ったより静かだった。

鳥の声がときおり響くが、空気には薄く緊張が混じっている。
数分歩いたところで、リィが急に立ち止まり、片足を持ち上げた。

「……何か感じてる」

エヴァが囁いた瞬間、木々の奥からガサリと音が鳴った。

姿を現したのは、奇妙にねじれた体躯の魔獣。
二足歩行で、かつて狼であったと思しき形を残している。
だが、異質な瘴気がその皮膚から立ちのぼっていた。

「……これは、野良じゃない。“錬魔”の残骸か」

フェイの口調が少しだけ鋭くなる。

エヴァはすぐに判断を下した。

「私が正面から引きつける。フェイ、回り込んで。リィは――自由に。支援をお願い」

「了解」

短い返事のあと、エヴァは素早く剣を構え、まっすぐ魔獣へ駆けた。

「やあっ!」

鋭い一閃が、魔獣の肩口をかすめる。
魔獣が吠えるように反撃するが、その瞬間、地面が揺れた。

リィが軽く跳ねた瞬間、大地が歪み、魔獣の足元が崩れる。
そこへ回り込んだフェイが、無駄なく、鮮やかに剣を振るった。

「残念、こっちでした」

刃が喉元を裂き、魔獣は呻きもせずに崩れ落ちた。

静寂が戻る。

エヴァは肩で息をしながら、剣を収めた。

「……うん。思ったより、上手くいったかも」

「初任務にしては、なかなか様になってたよ」

フェイが笑いながら言う。

「まだまだ未熟だけど……でも、思った。“私たち”として動けた気がする」

エヴァの目に、かすかな確信が灯っていた。

「このままじゃダメ。“形”が欲しい。目に見える“団”の証……そういうの、あったほうがいいと思った」

「それがこの間話した“印”ってわけね」

フェイは軽く頷き、リィは草むらでごろごろ転がっている。

「帰ったら……レーナさんに相談してみる。何か、いい方法があるかもしれない」

「お、目が、本気だ。……これは、本腰が入るパターンかな?」

そして、三人は静かに森を後にした。

“第十三騎士団”としての、確かな一歩を刻んで。
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