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第32話 火の中に宿るもの
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第十三騎士団として初の任務を終えて、数日が経ったある夕方。
石畳に赤みを帯びた陽光が差し込む頃、帝都西区の裏通りをフェイとエヴァは肩を並べて歩いていた。
繁華な中央通りを一本外れただけで、空気はまるで別物だ。
時間がゆっくりと流れているような、そんな静けさがあった。
やがて、古びた二階建ての壁面に埋もれるように、小さな木の看板が現れる。
「MILD IRON WORKS」
鉄で打たれたその文字は、長年の風雨に晒され、色褪せていた。
だがその無骨な輪郭は、年月を刻みながら、確かにそこに在り続けている。
フェイが足を止め、懐かしむように目を細めた。
「……ここだ。見た目は地味だけど、まあ、それも“らしい”よな。本人のポリシーなんだ、“目立たない方が長く続く”って」
「本当に、ここに……?」
エヴァは不安げに声を漏らす。
だが、フェイは首を横に振らず、静かに肯定した。
「クレアが推薦した時点で、信頼していいさ。
口数は少ないけど――鍛冶と彫金に関しては、帝都でも一、二を争う腕前だよ」
扉の前に立ち、フェイが軽くノックを鳴らす。
しばらくして、内側から低く重い声が返ってきた。
「開いてる。勝手に入れ」
ギィ……と、軋んだ音と共に開かれた扉の先。
中から、鉄と火の熱気が押し寄せてくる。
狭くも整然とした工房の中では、鍛冶炉が赤々と燃えていた。
壁にはさまざまな工具が寸分の乱れもなく並び、作業台には打ちかけの鉄片が置かれている。
その中心に、ひときわ頑丈な背中があった。
前掛けをつけ、火の粉を浴びながら鉄を打つ職人。
彼こそが、ヒューゴ・ミルド――ドワーフの鍛冶師。
身の丈は人間より二回りほど小さいが、肩幅と腕周りは厚く、圧倒的な存在感を放っている。
その背には、黙して語らぬ“職人の誇り”が宿っていた。
フェイが一歩進み、やや軽い調子で声をかける。
「久しぶり、ヒューゴ。……変わらず、火の中にいるな」
ヒューゴは打撃の手を止めず、視線だけをこちらに投げた。
「火を絶やすのは命を絶やすのと同じだ。――で?」
鋭い声。だが、不快なものではない。
それは火と鉄に身を置く者の、簡潔な“本質の問い”だった。
エヴァは一歩前に出ると、懐から丁寧に折りたたまれた紙を取り出した。
「第十三騎士団の“印”を……作っていただきたくて。
これはその草案です。形や材質は、お任せします。ただ、心を込めて……この“輪”に、私たちの思いを刻んでほしいんです」
ヒューゴは無言で紙を受け取り、炉の灯にかざして目を通す。
そこには、簡素な図案が描かれていた。
“結び”の輪――その中心から放射状に、柔らかく伸びる光のような線。
ただそれだけ。けれど、誇張や虚飾の一切を排した“真ん中の意志”が、確かにそこにあった。
しばしの沈黙のあと、ヒューゴはぽつりと言葉を落とす。
「……悪くねぇ。虚勢も飾りもねぇ。まっすぐだ」
フェイが肩を竦めるように笑う。
「まだ“未完成”だからね。ごまかしようがないんだよ、うちら」
ヒューゴはその言葉に何も返さず、ただ再び炉の前へと戻った。
そして、淡々と続ける。
「五日後、取りに来い。金はいらん」
エヴァは驚いたように目を見開く。
「えっ、でも……正規に依頼したら、相応の費用が……」
「報酬は受け取らねぇ。……その代わり、くだらねぇもんにすんな」
鉄槌を振り上げながら、低く――だが確かに響く声。
「俺が打った“印”だ。だったらその輪を、ちゃんと育てろ。育て続けろ」
エヴァは、しっかりとその瞳を見つめ、力強く頷いた。
「……はい。必ず」
フェイは口の端を上げ、懐かしむように呟いた。
「ほんと、お前……火だけじゃなく、“芯”もまっすぐなままだな」
ヒューゴはその言葉に応える代わりに、重く鉄を打ち下ろした。
その音は、契約の鐘。
火の中に刻まれた、小さな団の確かな“始まり”だった。
***
五日後。
再び訪れたミルド工房には、変わらぬ熱と火の音が満ちていた。
ギィ……と扉を開けると、赤く燃える鍛冶炉の前で、ヒューゴ・ミルドは無言のまま鉄を打ち続けていた。
やがて、こちらに気づくと、火花の合間にちらりと視線を寄こす。
そして、無言でカウンターの上に、小さな木箱を「コトリ」と置いた。
フェイが無言で近づき、指先でそっと箱を開ける。
中には、銀の光を帯びた円環型のチャームが並んでいた。
中央には、控えめな“結び”の輪。
そこから、光のように繊細な線が静かに放射状に広がっている。
飾り立ては一切ない。だが、それだけに――息を呑むような静謐さがあった。
「……綺麗」
エヴァの呟きに、ヒューゴは火花を浴びながら、低く短く応える。
「壊すな」
その一言に込められた重さに、エヴァは自然と背筋を伸ばした。
「……はい。絶対に」
フェイが、チャームをそっと箱に戻しながら口を開く。
「手、焼いたろ?」
ヒューゴは一瞬だけ手を止め、鼻を鳴らすように短く笑った。
「……さぁな」
ヒューゴはもう何も言わず、再び炉に向き直った。
火の粉の中、その背中には一言もない“承認”が宿っていた。
石畳に赤みを帯びた陽光が差し込む頃、帝都西区の裏通りをフェイとエヴァは肩を並べて歩いていた。
繁華な中央通りを一本外れただけで、空気はまるで別物だ。
時間がゆっくりと流れているような、そんな静けさがあった。
やがて、古びた二階建ての壁面に埋もれるように、小さな木の看板が現れる。
「MILD IRON WORKS」
鉄で打たれたその文字は、長年の風雨に晒され、色褪せていた。
だがその無骨な輪郭は、年月を刻みながら、確かにそこに在り続けている。
フェイが足を止め、懐かしむように目を細めた。
「……ここだ。見た目は地味だけど、まあ、それも“らしい”よな。本人のポリシーなんだ、“目立たない方が長く続く”って」
「本当に、ここに……?」
エヴァは不安げに声を漏らす。
だが、フェイは首を横に振らず、静かに肯定した。
「クレアが推薦した時点で、信頼していいさ。
口数は少ないけど――鍛冶と彫金に関しては、帝都でも一、二を争う腕前だよ」
扉の前に立ち、フェイが軽くノックを鳴らす。
しばらくして、内側から低く重い声が返ってきた。
「開いてる。勝手に入れ」
ギィ……と、軋んだ音と共に開かれた扉の先。
中から、鉄と火の熱気が押し寄せてくる。
狭くも整然とした工房の中では、鍛冶炉が赤々と燃えていた。
壁にはさまざまな工具が寸分の乱れもなく並び、作業台には打ちかけの鉄片が置かれている。
その中心に、ひときわ頑丈な背中があった。
前掛けをつけ、火の粉を浴びながら鉄を打つ職人。
彼こそが、ヒューゴ・ミルド――ドワーフの鍛冶師。
身の丈は人間より二回りほど小さいが、肩幅と腕周りは厚く、圧倒的な存在感を放っている。
その背には、黙して語らぬ“職人の誇り”が宿っていた。
フェイが一歩進み、やや軽い調子で声をかける。
「久しぶり、ヒューゴ。……変わらず、火の中にいるな」
ヒューゴは打撃の手を止めず、視線だけをこちらに投げた。
「火を絶やすのは命を絶やすのと同じだ。――で?」
鋭い声。だが、不快なものではない。
それは火と鉄に身を置く者の、簡潔な“本質の問い”だった。
エヴァは一歩前に出ると、懐から丁寧に折りたたまれた紙を取り出した。
「第十三騎士団の“印”を……作っていただきたくて。
これはその草案です。形や材質は、お任せします。ただ、心を込めて……この“輪”に、私たちの思いを刻んでほしいんです」
ヒューゴは無言で紙を受け取り、炉の灯にかざして目を通す。
そこには、簡素な図案が描かれていた。
“結び”の輪――その中心から放射状に、柔らかく伸びる光のような線。
ただそれだけ。けれど、誇張や虚飾の一切を排した“真ん中の意志”が、確かにそこにあった。
しばしの沈黙のあと、ヒューゴはぽつりと言葉を落とす。
「……悪くねぇ。虚勢も飾りもねぇ。まっすぐだ」
フェイが肩を竦めるように笑う。
「まだ“未完成”だからね。ごまかしようがないんだよ、うちら」
ヒューゴはその言葉に何も返さず、ただ再び炉の前へと戻った。
そして、淡々と続ける。
「五日後、取りに来い。金はいらん」
エヴァは驚いたように目を見開く。
「えっ、でも……正規に依頼したら、相応の費用が……」
「報酬は受け取らねぇ。……その代わり、くだらねぇもんにすんな」
鉄槌を振り上げながら、低く――だが確かに響く声。
「俺が打った“印”だ。だったらその輪を、ちゃんと育てろ。育て続けろ」
エヴァは、しっかりとその瞳を見つめ、力強く頷いた。
「……はい。必ず」
フェイは口の端を上げ、懐かしむように呟いた。
「ほんと、お前……火だけじゃなく、“芯”もまっすぐなままだな」
ヒューゴはその言葉に応える代わりに、重く鉄を打ち下ろした。
その音は、契約の鐘。
火の中に刻まれた、小さな団の確かな“始まり”だった。
***
五日後。
再び訪れたミルド工房には、変わらぬ熱と火の音が満ちていた。
ギィ……と扉を開けると、赤く燃える鍛冶炉の前で、ヒューゴ・ミルドは無言のまま鉄を打ち続けていた。
やがて、こちらに気づくと、火花の合間にちらりと視線を寄こす。
そして、無言でカウンターの上に、小さな木箱を「コトリ」と置いた。
フェイが無言で近づき、指先でそっと箱を開ける。
中には、銀の光を帯びた円環型のチャームが並んでいた。
中央には、控えめな“結び”の輪。
そこから、光のように繊細な線が静かに放射状に広がっている。
飾り立ては一切ない。だが、それだけに――息を呑むような静謐さがあった。
「……綺麗」
エヴァの呟きに、ヒューゴは火花を浴びながら、低く短く応える。
「壊すな」
その一言に込められた重さに、エヴァは自然と背筋を伸ばした。
「……はい。絶対に」
フェイが、チャームをそっと箱に戻しながら口を開く。
「手、焼いたろ?」
ヒューゴは一瞬だけ手を止め、鼻を鳴らすように短く笑った。
「……さぁな」
ヒューゴはもう何も言わず、再び炉に向き直った。
火の粉の中、その背中には一言もない“承認”が宿っていた。
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