《蒼眼のトライブ Last Testament(ラスト・テスタメント)》

ケリーエヴァンス

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第33話 断ち切るは過去か、未来か

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夕暮れの帝都。
朱に染まった街並みの中、石畳の道をふたりが並んで歩いていた。

その静けさのなか、エヴァがぽつりと呟いた。

「……あのチャーム、すごく“生きてる”って感じがした。
言葉じゃなく、形で伝えてくるみたいに。あの人……やっぱり、ただ者じゃない」

フェイは穏やかに頷き、背の刀に手を添える。

「……ヒューゴは火と鉄にすべてを注いでる。多くは語らないが、あいつの手にかかった“もの”は、生きる。
あのチャームもそうだし……“冥閃”も、そう在り続けているのは、ヒューゴの手入れのおかげだ」

エヴァは驚いたように目を向ける。

「えっ……あの刀も?」

「打ったのは、ずっと昔の名も知られぬ鍛冶師さ。もうとっくにこの世にいない。
でもこの刀の命火を繋いでるのは、ヒューゴだ。
相当扱いが厄介だったと思うよ――でもあいつは見捨てなかった」

そう語るフェイの声には、敬意と、どこか切ない温度が宿っていた。

「冥閃……」

エヴァはそっと、その名を口にする。

フェイは一歩だけ立ち止まり、静かに語る。

「“冥”を、“閃”で断ち切る。
闇、過去、絶望――あるいは、振るう者の中にある“迷い”や“ためらい”さえもな。
この刀は、心の濁りを断つ刃なんだ。……相手より、まず自分を試す」

「自分を……試す刀」

「迷えば跳ね返る。覚悟が曇っていれば、振ることすらできない。
でも、たとえ断ち切るべき相手がいなくとも、“己の信念”を研ぎ澄ますために――こいつはそこにある」

エヴァは、改めてその刀を見つめる。

今はただ静かに背に収まっているが、そこにはまるで、もう一人の“語らぬ同志”が寄り添っているような重みがあった。

「……ヒューゴさんにとっては、それもきっと“火を絶やさない”仕事なのね」

「そうだな。
アイツにとって鍛冶ってのは、鉄を打つことじゃない。
“魂を護る”ってことなんだと思う」

フェイはわずかに笑い、空を見上げた。

「……実際、冥閃の手入れを任せたのは、俺の人生でも数少ないからね。
だから預けてよかったよ。……過去と、今を繋ぐために」

「……過去と、今……」

「そして未来へと、つながる刃かな」

ふたりの歩む先――石畳の道は、遠く橙色の光に溶けていく。
その先にどんな“冥”があろうとも、きっと閃きが道を示してくれる。

それを信じるように、エヴァは言った。

「……冥を断つ刃、ね。なら――私も、覚悟を曇らせないようにしておかないと」

「期待してるよ、“団長”」

フェイの言葉に、ふたりは自然と笑みを交わした。

そうして、夕暮れの帝都に、新たな絆の輪が――静かに、けれど確かに、結ばれていった。

***

夜の帝都。
昼のざわめきがまるで嘘のように、街は静まり返っていた。

高層建築の屋上。
塔の鐘が遠くで三度鳴る。
風が高みを滑り、石造りの街並みにそっと影を投げていく。

その静寂の中、二つの影が対峙していた。

一人は、漆黒の戦装束を身にまとったエルフの女――クレア・ノクス。
第三騎士団の団長であり、“黒き断罪者”の異名を持つ者。
もう一人は、ラフな黒衣に身を包んだ、気怠げな男――フェイ・オーディン。

「……珍しいわね。あなたの方から声をかけてくるなんて」

月明かりの中、クレアの瞳がわずかに細められる。
その声に、フェイは手すりにもたれたまま、苦笑を漏らした。

「たまにはさ。昔の顔が……ちゃんと今もここにあるか、確かめたくなることもある」

「……昔、ね」

その一言には、思い出すことすら重い“何か”が詰まっていた。
語られぬままの出来事たち。戦い、喪失、選択、誓い。

けれど、誰も年数を口にすることはなかった。

あの時間は“時間”ではなく、“罪と記憶”だったから。

「……また、あの流れが来ているの?」

クレアの声が、静かに夜を切る。

「感じるだろ。帝都の底に……風がざわついてる。
喉元にナイフを突きつけられたような、あの嫌な気配。静かだけど、確実に膨らんでる」

フェイの瞳が、月光を浴びて青く揺れた。

その光に、クレアの表情がかすかに陰る。

「……また“そういう役回り”を選ぶの?」

「誰かがやらなきゃいけない。なら、俺でいい。今度こそ、きちんと……終わらせるよ」

「……死ぬ気なの?」

問いかけは、鋭くも、冷たくはなかった。

フェイは、ただ静かに笑った。
諦めでも、虚勢でもない。すべてを受け入れた者の、静かな決意。

フェイは短く息を吐いた。

「さあ、どうかな。……ただ、今度こそ“終わらせる”。今回で、綺麗に」

「彼女には……エヴァには、話したの?」

「話してない。けど、いずれ話すよ」

少し言葉を切って、フェイは空を仰いだ。

「全部を背負わせるつもりはない。彼女は……彼女達は、未来に進む人間だ。
傷を継ぐためじゃなく、“綺麗な光”を見て生きてほしい」

クレアの目に、一瞬だけ柔らかさが宿った。

「あなたらしくない台詞ね」

「らしくないのが、歳をとった証拠だよ。……でも、それでも、あの子達は次を生きるからね。
だからこそ、未来を渡せる。俺たちがやり残した、あの光の先を」

風が、夜空を渡る。

ふたりの影が伸びて、交わって、また離れていく。

クレアがふっと目を細める。

「……あの頃とは、すべてが変わったわよ」

「だからこそ。今なら、“終わり”じゃなくて、“始まり”に変えられる気がしてるんだ」

フェイの声は静かだった。だが、そこに宿る炎は絶やされていなかった。

塔の鐘が、四度、夜に鳴った。

風が過ぎ、クレアは音もなく背を向け、屋上から姿を消す。
その足音さえ、夜の帳に吸い込まれていった。

そして、残されたフェイだけが、静寂のなかに佇んでいた。

夜風が再び吹く。
遠くで、誰かが家路につく足音が、かすかに石畳を打つ。

フェイは屋根の端に立ち、帝都の灯りを見下ろしながら――
ゆっくりと、呟くように口を開いた。

「……今度こそ」

その声には、自嘲も期待もなかった。
ただひとつ、過去から今へと繋ぐ“覚悟”だけが滲んでいた。

「せめて……彼らの世界が、ちゃんと続くように」

そう告げると、フェイは背を向け、誰にも気づかれぬように闇へと消えていった。

音もなく、光もなく。
けれど、確かに――あの場所にいた者だけが持ちうる、静かな決意の気配を残して。
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