《蒼眼のトライブ Last Testament(ラスト・テスタメント)》

ケリーエヴァンス

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第38話 静けさはどこへ、言葉の意味

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控え室の中は、荒れた石壁と粗末な木製ベンチが並ぶだけの、簡素な空間だった。
天井から吊るされたランタンが、頼りなく揺れる炎を落とし、淡い光が部屋の隅々をかろうじて照らしている。

空気には、汗と土、そしてわずかに血の匂いが漂っていた。
ここは、栄光の裏側。戦士たちが孤独と向き合う、静かなる待機の檻。

その中央に、ひとりの男が背を向けて立っていた。

上半身を覆う漆黒のマントが、その体格を曖昧にしていたが、それでも圧倒的な“気”が空間を支配していた。
言葉も視線もないのに、そこにあるのは明らかに“力”だった。

フェイとエヴァが控えめに足音を響かせ、部屋の中へと進む。

その気配に応じるように、男が静かに口を開いた。

「……“青目が会いたい”って聞いて、まさかと思ったが」

低く、澄んだ声だった。だが、どこか警戒の色が混ざっている。

ゆっくりと、男が振り返る。

フードの奥から覗く額には、薄く浮かぶ金属質の灰鱗。
そしてその瞳――縦に裂けた光が、まるで炎の芯のようにゆらゆらと揺れていた。

「……話に聞いた通りだな。人から逸脱した者の証だったか。目に“青”を宿す者」

ドラゴニュート。
異種の血を色濃く受け継ぐ存在であることは、一瞥で十分だった。
その肌の下には、理(ことわり)を逸れた力が脈打っている。

フェイはそれをじっと見つめ――ゆるやかに、微笑んだ。

「君が……グライヴ、だね。やっぱり分かる。血の気配が、“かつての彼”に似てるんだ。力の流れが――」

グライヴは静かに槍を壁に立てかけ、腕を組む。
だが、依然としてフェイの目を見据えていた。
そしてふと、ぽつりと呟くように口を開いた。

「……昔、じいさんが言ってたことがある。『青い目をした“妙な奴”と、戦場を歩いたことがある』ってな」

フェイの眉がほんのわずかに動いた。

「君の祖父の名は?」

「ドラン。ドラン・ザルク。西方山岳地帯の出だ。酔うと毎回その話を始めるんだ。“青い目の男は、人を超えしものだってな、しかも俺たちの種族より上だと言ってやがった。」

フェイは数秒沈黙したあと、やわらかく微笑んだ。

「……ああ、なるほどね。彼がお爺さんになってるってのが、少し不思議だけど、ありえない話じゃないよね」

グライヴの目が、わずかに細くなる。

「お前……その“青目”なのか?」

「本人じゃなくて孫かもよ?まぁ無関係とは言わないけど。」

グライヴは黙ったまま、フェイを見つめ続けた。

「じいさんの話は、昔はただの酔っ払いの与太話だと思ってたよ。なぜなら……その内容がありえねぇんだからな……」

フェイは静かに頷く。

「それが本当かどうかは、証明のしようがないわけだけど。」

「ふん……気に食わねぇな。まぁいい。それで、用件は?」

フェイはその問いに対し、まっすぐに目を見据えて答えた。

「――仲間になってほしい。君の力を貸してもらいたい」

控え室の空気が、ぴたりと止まる。

数秒の沈黙のあと、グライヴは「はぁ?」と低く吐き捨てた。

「いきなり現れて、よくもまあそんな図々しいことを」

「君の実力はこの目で見た。これは勧誘じゃなくて、お願い。戦が近い。仲間を必要としている。……そして、君にはその素質がある。血筋だけじゃない。技と心と、何より力がある」

フェイの言葉には、真摯な響きがあった。

それが意外だったのか、グライヴは一瞬だけ眉を上げ、少しだけトーンを和らげた。

「……どうして、そこまでわかる。オレの何を見た?」

フェイは微笑んだ。

「まあ、それは……感かな。君みたいな男の“芯”がわかる、そんな感じ」

グライヴは、それ以上何も言わなかった。

ただ、黙ってフェイを睨んだまま、槍を壁に立てかけ、腕を組んだ。

その沈黙の意味は、まだ読み取れない。

控え室に重い沈黙が落ちたまま、数秒が過ぎた。
グライヴは目を細めたまま、ゆっくりと首を横に振った。

「……悪いが、断る」

静かだが、芯のある拒絶だった。

「断る、か……理由を聞いても?」

フェイが問いかける。だが、グライヴは少しだけ視線を逸らしながら答えた。

「オレは、自由でいたい。誰かの下につく気も、使命感に縛られる気もない。……戦う理由も、守る相手も、オレが決める」

そこには、どこか冷めた響きがあった。

エヴァは、その言葉に眉をひそめた。
だがすぐには返さず、しばしグライヴを見つめてから、低く、凛とした声を投げかけた。

「……随分と冷たいのね。あれだけの力を持ちながら、誰も守る気がないなんて。力の使い道を、自分で狭めてるようにしか見えないわ」

鋭い言葉。
だが、グライヴはその刃のような視線を正面から受け止め――ふっと口元を歪めた。

「へぇ……いいね、その目つき。久々にゾクッときた」

一歩、エヴァの方へと踏み出す。
堂々とした態度で彼女をまっすぐに見据えた。

「オレに啖呵を切る女なんて、そうそういない。……そうだな、こりゃもう決まりだな」

そして、突然、真顔で宣言した。

「気に入った。あんた、オレの嫁になれ」
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