《蒼眼のトライブ Last Testament(ラスト・テスタメント)》

ケリーエヴァンス

文字の大きさ
38 / 53

第38話 静けさはどこへ、言葉の意味

しおりを挟む
控え室の中は、荒れた石壁と粗末な木製ベンチが並ぶだけの、簡素な空間だった。
天井から吊るされたランタンが、頼りなく揺れる炎を落とし、淡い光が部屋の隅々をかろうじて照らしている。

空気には、汗と土、そしてわずかに血の匂いが漂っていた。
ここは、栄光の裏側。戦士たちが孤独と向き合う、静かなる待機の檻。

その中央に、ひとりの男が背を向けて立っていた。

上半身を覆う漆黒のマントが、その体格を曖昧にしていたが、それでも圧倒的な“気”が空間を支配していた。
言葉も視線もないのに、そこにあるのは明らかに“力”だった。

フェイとエヴァが控えめに足音を響かせ、部屋の中へと進む。

その気配に応じるように、男が静かに口を開いた。

「……“青目が会いたい”って聞いて、まさかと思ったが」

低く、澄んだ声だった。だが、どこか警戒の色が混ざっている。

ゆっくりと、男が振り返る。

フードの奥から覗く額には、薄く浮かぶ金属質の灰鱗。
そしてその瞳――縦に裂けた光が、まるで炎の芯のようにゆらゆらと揺れていた。

「……話に聞いた通りだな。人から逸脱した者の証だったか。目に“青”を宿す者」

ドラゴニュート。
異種の血を色濃く受け継ぐ存在であることは、一瞥で十分だった。
その肌の下には、理(ことわり)を逸れた力が脈打っている。

フェイはそれをじっと見つめ――ゆるやかに、微笑んだ。

「君が……グライヴ、だね。やっぱり分かる。血の気配が、“かつての彼”に似てるんだ。力の流れが――」

グライヴは静かに槍を壁に立てかけ、腕を組む。
だが、依然としてフェイの目を見据えていた。
そしてふと、ぽつりと呟くように口を開いた。

「……昔、じいさんが言ってたことがある。『青い目をした“妙な奴”と、戦場を歩いたことがある』ってな」

フェイの眉がほんのわずかに動いた。

「君の祖父の名は?」

「ドラン。ドラン・ザルク。西方山岳地帯の出だ。酔うと毎回その話を始めるんだ。“青い目の男は、人を超えしものだってな、しかも俺たちの種族より上だと言ってやがった。」

フェイは数秒沈黙したあと、やわらかく微笑んだ。

「……ああ、なるほどね。彼がお爺さんになってるってのが、少し不思議だけど、ありえない話じゃないよね」

グライヴの目が、わずかに細くなる。

「お前……その“青目”なのか?」

「本人じゃなくて孫かもよ?まぁ無関係とは言わないけど。」

グライヴは黙ったまま、フェイを見つめ続けた。

「じいさんの話は、昔はただの酔っ払いの与太話だと思ってたよ。なぜなら……その内容がありえねぇんだからな……」

フェイは静かに頷く。

「それが本当かどうかは、証明のしようがないわけだけど。」

「ふん……気に食わねぇな。まぁいい。それで、用件は?」

フェイはその問いに対し、まっすぐに目を見据えて答えた。

「――仲間になってほしい。君の力を貸してもらいたい」

控え室の空気が、ぴたりと止まる。

数秒の沈黙のあと、グライヴは「はぁ?」と低く吐き捨てた。

「いきなり現れて、よくもまあそんな図々しいことを」

「君の実力はこの目で見た。これは勧誘じゃなくて、お願い。戦が近い。仲間を必要としている。……そして、君にはその素質がある。血筋だけじゃない。技と心と、何より力がある」

フェイの言葉には、真摯な響きがあった。

それが意外だったのか、グライヴは一瞬だけ眉を上げ、少しだけトーンを和らげた。

「……どうして、そこまでわかる。オレの何を見た?」

フェイは微笑んだ。

「まあ、それは……感かな。君みたいな男の“芯”がわかる、そんな感じ」

グライヴは、それ以上何も言わなかった。

ただ、黙ってフェイを睨んだまま、槍を壁に立てかけ、腕を組んだ。

その沈黙の意味は、まだ読み取れない。

控え室に重い沈黙が落ちたまま、数秒が過ぎた。
グライヴは目を細めたまま、ゆっくりと首を横に振った。

「……悪いが、断る」

静かだが、芯のある拒絶だった。

「断る、か……理由を聞いても?」

フェイが問いかける。だが、グライヴは少しだけ視線を逸らしながら答えた。

「オレは、自由でいたい。誰かの下につく気も、使命感に縛られる気もない。……戦う理由も、守る相手も、オレが決める」

そこには、どこか冷めた響きがあった。

エヴァは、その言葉に眉をひそめた。
だがすぐには返さず、しばしグライヴを見つめてから、低く、凛とした声を投げかけた。

「……随分と冷たいのね。あれだけの力を持ちながら、誰も守る気がないなんて。力の使い道を、自分で狭めてるようにしか見えないわ」

鋭い言葉。
だが、グライヴはその刃のような視線を正面から受け止め――ふっと口元を歪めた。

「へぇ……いいね、その目つき。久々にゾクッときた」

一歩、エヴァの方へと踏み出す。
堂々とした態度で彼女をまっすぐに見据えた。

「オレに啖呵を切る女なんて、そうそういない。……そうだな、こりゃもう決まりだな」

そして、突然、真顔で宣言した。

「気に入った。あんた、オレの嫁になれ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

修復スキルで無限魔法!?

lion
ファンタジー
死んで転生、よくある話。でももらったスキルがいまいち微妙……。それなら工夫してなんとかするしかないじゃない!

異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!

ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。

天才女薬学者 聖徳晴子の異世界転生

西洋司
ファンタジー
妙齢の薬学者 聖徳晴子(せいとく・はるこ)は、絶世の美貌の持ち主だ。 彼女は思考の並列化作業を得意とする、いわゆる天才。 精力的にフィールドワークをこなし、ついにエリクサーの開発間際というところで、放火で殺されてしまった。 晴子は、権力者達から、その地位を脅かす存在、「敵」と見做されてしまったのだ。 死後、晴子は天界で女神様からこう提案された。 「あなたは生前7人分の活躍をしましたので、異世界行きのチケットが7枚もあるんですよ。もしよろしければ、一度に使い切ってみては如何ですか?」 晴子はその提案を受け容れ、異世界へと旅立った。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

悲報 スライムに転生するつもりがゴブリンに転生しました

ぽこぺん
ファンタジー
転生の間で人間以外の種族も選べることに気付いた主人公 某人気小説のようにスライムに転生して無双しようとするも手違いでゴブリンに転生 さらにスキルボーナスで身に着けた聖魔法は魔物の体には相性が悪くダメージが入ることが判明 これは不遇な生い立ちにめげず強く前向き生きる一匹のゴブリンの物語 (基本的に戦闘はありません、誰かが不幸になることもありません)

僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜

リョウ
ファンタジー
 僕は十年程闘病の末、あの世に。  そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?  幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。   ※画像はAI作成しました。 ※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。

処理中です...