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第49話 衝突の前哨、交わらぬ矜持
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朝露がまだ草葉に残る、清らかな朝だった。
帝都の外れ――郊外の演習区域。その一角にある野外訓練場は、石畳を中心に小高い丘や岩場、茂みなどが散在し、まるで“戦場”の一縮図のような設計が施されている。高度な魔力遮断結界により破壊や損傷を防ぎ、帝国でも限られた部隊しか使用を許されない実戦用の演習施設だった。
そんな場に、エヴァ・ムーン・カルザはひとり立っていた。
風が梢を揺らし、朝の光が静かに差し込む中、彼女はじっと動かず空を見上げていた。口はきかない。だがその胸の内には、ある強烈な情景が焼きついていた。
――あの戦い。
フェイとライアス。ふたりの交差は、模擬戦の域を超えていた。
その刃のひと振りに、意志が宿っていた。空間が、緊張のうねりで満たされていた。あれは、ただ技を競うだけの戦いではない。“魂”が呼応していた。
静かな熱が、今なお彼女の内でくすぶっている。
(……遠い。あの領域には…。でも――)
その距離に、諦めはなかった。
むしろ、届かぬ高みを見せられたからこそ、彼女の中に燃えるような焦燥と渇望が芽生えていた。
――そしてもう一つ、胸に引っかかっていることがあった。
あの戦いのあと、アル王がふと言った言葉。
『私の師でもあるよ。フェイ・オーディンは、かつて私に剣と……それ以上のものを教えてくれた』
そのときの驚きが、まだ完全には抜けきっていない。
(……陛下が、フェイの弟子? なら、私は……兄弟弟子?)
信じられないような感覚だった。尊敬する王が、あのフェイを「師」と呼ぶ姿。あれほどの人物が、自分と“同じ立場”だということ。
けれど。
(――フェイ本人には、まだ聞けていない)
話す機会は何度かあった。けれど、口を開くたびに、どうしても言葉がつかえてしまう。問いただすような真似はしたくなかった。けれど、気にならないわけがなかった。
心のどこかで、ほんの少しだけ、怯えている自分もいた。
(もし、あの人にとって私は……ただの“ついで”だったら)
考えすぎだと自分を嗤いながらも、その思いは、確かに彼女の中にあった。
「おい、エヴァ。まだか?」
声をかけてきたのはグライヴだ。
すでに訓練着に身を包み、愛槍を背に軽く構えている。どこか気だるげながらも、瞳の奥には揺るぎない炎があった。
「……ええ、すぐに」
エヴァは小さく頷いて目を閉じ、一度、深く息を吸い込む。
そして、気配を整えるように足を一歩踏み出した。
今日は、団内演習の日だった。
第十三騎士団――“異端の寄せ集め”とも評されるこの団には、一般的な意味での「団員」は存在しない。今ここにいるのは、団の中核を成すたった四名の戦士たちだ。
フェイ・オーディン。
グライヴ。
リィ。
そして、エヴァ自身。
全員が戦場において個として成立する、まさしく実力者揃い。その意味で、彼らの“演習”は単なる訓練ではない。それぞれの現在地を確認し、互いの高みを測り合う、実戦に極めて近い場でもある。
「ま、たまには派手にやっとくのも悪くねぇよな」
グライヴが言う。いつもの軽口に似せた調子だったが、その奥に含まれる熱量が違っていた。
「ここ、帝国でも上級団くらいしか使えねぇらしいぜ。……いい刺激になる」
周囲の風景を見渡しながら、彼の表情はどこか戸惑っていた。だがそれは不安ではない。変化に対する、驚きと楽しさ。強さに対する渇望。
(……あんなの見せられた後じゃ、ただの“強くなる”が物足りねぇ…)
そんな思いを抱えたまま、彼もまたここに立っていた。
彼らが使用しているのは、事前に正式な申請を通して王都から認可された演習場だ。
公文書には、確かに第十三騎士団の名が記されており、訓練の予定時間、内容、人数、すべてが記録されていた。
……にも関わらず。
その静けさを、風が乱す。
草がわずかにざわめき、地を踏みしめる複数の足音が近づいてきた。
――異物が、入ってくる。
現れたのは、鮮やかな翠緑の外套をまとった一団だった。整列の仕方、進み方、そして視線の向け方に、騎士団としての風格が漂っている。
だがその中心にいた者――その気配は、どこか“柔らかく”、そして“鋭い”。
風に乗るような足取りで姿を見せたのは、一人の青年だった。
「やれやれ……これは奇遇ですね」
優しく微笑むその男の名は、ティス・レイヴン。
第四騎士団――翠刃騎士団の団長にして、《翡翠の風刃》の異名を持つ剣士である。
翠緑の装束がそよ風にたなびく中、彼はまるで舞台に上がる役者のように自然に演習場へと歩み寄ってきた。
「……この場は、本日、我々第四騎士団が使用する予定だったかと記憶しておりますが?」
声は柔らかく、言葉遣いも丁寧。だが、その一語一語が皮肉の刃のように鋭く刺さってくる。
「は?」
グライヴが眉をひそめる。
「冗談だろ。こっちはちゃんと申請してるぜ? 書類も通ってるはずだ」
エヴァも、ポーチから公文書の控えを取り出そうとしたが、その時――
「弱小の集まりが、時間をかけて場を使ったところで、何が得られる? それより、我が団が早くから鍛錬するほうが、帝国の益となるのでは?」
言葉を挟んできたのは、ティスの隣に立っていた男だった。
副団長、カイル・シェルダン。
赤銅色の装甲外套を羽織り、顔に刻まれた古傷と眼光の鋭さが、戦場の修羅を彷彿とさせる。口調も、見た目通りに荒っぽい。
「どう見ても、あんたらは“場違い”だ。新設団ごときが、帝国の精鋭の施設を使う資格があるとでも?」
鼻で笑うようにして吐き捨てられたその言葉に、エヴァはゆっくりと目を細めた。
静かに、怒りが湧き上がる。だが、それを表には出さない。
(――挑発ね)
リィは、相変わらず佇んでいる。その横で、フェイ・オーディンもまた、口を閉ざしたままティスたちを見つめていた。
だが、その眼差しの奥には、確かに“愉しみ”の色が宿っていた。
(さて――どう出る?)
風が、再び吹いた。
芝が波打ち、葉がささやく。
すでに、火種は撒かれていた。
帝都の外れ――郊外の演習区域。その一角にある野外訓練場は、石畳を中心に小高い丘や岩場、茂みなどが散在し、まるで“戦場”の一縮図のような設計が施されている。高度な魔力遮断結界により破壊や損傷を防ぎ、帝国でも限られた部隊しか使用を許されない実戦用の演習施設だった。
そんな場に、エヴァ・ムーン・カルザはひとり立っていた。
風が梢を揺らし、朝の光が静かに差し込む中、彼女はじっと動かず空を見上げていた。口はきかない。だがその胸の内には、ある強烈な情景が焼きついていた。
――あの戦い。
フェイとライアス。ふたりの交差は、模擬戦の域を超えていた。
その刃のひと振りに、意志が宿っていた。空間が、緊張のうねりで満たされていた。あれは、ただ技を競うだけの戦いではない。“魂”が呼応していた。
静かな熱が、今なお彼女の内でくすぶっている。
(……遠い。あの領域には…。でも――)
その距離に、諦めはなかった。
むしろ、届かぬ高みを見せられたからこそ、彼女の中に燃えるような焦燥と渇望が芽生えていた。
――そしてもう一つ、胸に引っかかっていることがあった。
あの戦いのあと、アル王がふと言った言葉。
『私の師でもあるよ。フェイ・オーディンは、かつて私に剣と……それ以上のものを教えてくれた』
そのときの驚きが、まだ完全には抜けきっていない。
(……陛下が、フェイの弟子? なら、私は……兄弟弟子?)
信じられないような感覚だった。尊敬する王が、あのフェイを「師」と呼ぶ姿。あれほどの人物が、自分と“同じ立場”だということ。
けれど。
(――フェイ本人には、まだ聞けていない)
話す機会は何度かあった。けれど、口を開くたびに、どうしても言葉がつかえてしまう。問いただすような真似はしたくなかった。けれど、気にならないわけがなかった。
心のどこかで、ほんの少しだけ、怯えている自分もいた。
(もし、あの人にとって私は……ただの“ついで”だったら)
考えすぎだと自分を嗤いながらも、その思いは、確かに彼女の中にあった。
「おい、エヴァ。まだか?」
声をかけてきたのはグライヴだ。
すでに訓練着に身を包み、愛槍を背に軽く構えている。どこか気だるげながらも、瞳の奥には揺るぎない炎があった。
「……ええ、すぐに」
エヴァは小さく頷いて目を閉じ、一度、深く息を吸い込む。
そして、気配を整えるように足を一歩踏み出した。
今日は、団内演習の日だった。
第十三騎士団――“異端の寄せ集め”とも評されるこの団には、一般的な意味での「団員」は存在しない。今ここにいるのは、団の中核を成すたった四名の戦士たちだ。
フェイ・オーディン。
グライヴ。
リィ。
そして、エヴァ自身。
全員が戦場において個として成立する、まさしく実力者揃い。その意味で、彼らの“演習”は単なる訓練ではない。それぞれの現在地を確認し、互いの高みを測り合う、実戦に極めて近い場でもある。
「ま、たまには派手にやっとくのも悪くねぇよな」
グライヴが言う。いつもの軽口に似せた調子だったが、その奥に含まれる熱量が違っていた。
「ここ、帝国でも上級団くらいしか使えねぇらしいぜ。……いい刺激になる」
周囲の風景を見渡しながら、彼の表情はどこか戸惑っていた。だがそれは不安ではない。変化に対する、驚きと楽しさ。強さに対する渇望。
(……あんなの見せられた後じゃ、ただの“強くなる”が物足りねぇ…)
そんな思いを抱えたまま、彼もまたここに立っていた。
彼らが使用しているのは、事前に正式な申請を通して王都から認可された演習場だ。
公文書には、確かに第十三騎士団の名が記されており、訓練の予定時間、内容、人数、すべてが記録されていた。
……にも関わらず。
その静けさを、風が乱す。
草がわずかにざわめき、地を踏みしめる複数の足音が近づいてきた。
――異物が、入ってくる。
現れたのは、鮮やかな翠緑の外套をまとった一団だった。整列の仕方、進み方、そして視線の向け方に、騎士団としての風格が漂っている。
だがその中心にいた者――その気配は、どこか“柔らかく”、そして“鋭い”。
風に乗るような足取りで姿を見せたのは、一人の青年だった。
「やれやれ……これは奇遇ですね」
優しく微笑むその男の名は、ティス・レイヴン。
第四騎士団――翠刃騎士団の団長にして、《翡翠の風刃》の異名を持つ剣士である。
翠緑の装束がそよ風にたなびく中、彼はまるで舞台に上がる役者のように自然に演習場へと歩み寄ってきた。
「……この場は、本日、我々第四騎士団が使用する予定だったかと記憶しておりますが?」
声は柔らかく、言葉遣いも丁寧。だが、その一語一語が皮肉の刃のように鋭く刺さってくる。
「は?」
グライヴが眉をひそめる。
「冗談だろ。こっちはちゃんと申請してるぜ? 書類も通ってるはずだ」
エヴァも、ポーチから公文書の控えを取り出そうとしたが、その時――
「弱小の集まりが、時間をかけて場を使ったところで、何が得られる? それより、我が団が早くから鍛錬するほうが、帝国の益となるのでは?」
言葉を挟んできたのは、ティスの隣に立っていた男だった。
副団長、カイル・シェルダン。
赤銅色の装甲外套を羽織り、顔に刻まれた古傷と眼光の鋭さが、戦場の修羅を彷彿とさせる。口調も、見た目通りに荒っぽい。
「どう見ても、あんたらは“場違い”だ。新設団ごときが、帝国の精鋭の施設を使う資格があるとでも?」
鼻で笑うようにして吐き捨てられたその言葉に、エヴァはゆっくりと目を細めた。
静かに、怒りが湧き上がる。だが、それを表には出さない。
(――挑発ね)
リィは、相変わらず佇んでいる。その横で、フェイ・オーディンもまた、口を閉ざしたままティスたちを見つめていた。
だが、その眼差しの奥には、確かに“愉しみ”の色が宿っていた。
(さて――どう出る?)
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