《蒼眼のトライブ Last Testament(ラスト・テスタメント)》

ケリーエヴァンス

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第50話 剣が語る、矜持の証明

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「――はあ?」

 グライヴが一歩、無造作に足を踏み出した。その瞬間、地面が軽く揺れたかのように錯覚するほどの気の昂ぶりが、彼の全身から放たれた。

「舐めたこと言ってくれるじゃねえか……。いい度胸だな、あんたら」

 声音は低く、しかし、奥底に燃える怒気がにじんでいた。拳ではなく槍を好むこの男にとって、言葉より先に“闘志”が語る。

「グライヴ、待って」

 その言葉と同時に、すっとひとつの影が彼の横を通り過ぎる。

 エヴァ・ムーン・カルザ――

 彼女の足取りは静かだったが、その内側に燃え上がる気迫は、見る者すべての呼吸を奪うほど強烈だった。

 澄んだ瞳に宿るのは、冷静な炎。研ぎ澄まされた刃のように、周囲の空気すら切り裂く。

「……あなたたちが、本気でそう思っているのなら、試してみたら?」

 まっすぐに放たれたその言葉に、ティス・レイヴンの目元がかすかに細まる。

「おや、これはこれは。麗しき花の剣。……なるほど、見る目はあるらしい」

 ふわりと笑いながらも、ティスの右手は、いつの間にか愛剣の柄に添えられていた。その仕草はごく自然――まるでそれが日常の一部であるかのように。

「少しだけ、お付き合いしましょうか。訓練場の譲り合い――礼儀は、剣で示すのも悪くない」

 次の瞬間――

 風が、爆ぜた。

 ティスが一歩踏み込んだその刹那、彼の姿が視界から掻き消える。だが、消えたわけではない。あまりにも速すぎて、目で追えなかっただけだ。

 エヴァも同時に地を蹴る。踏み込みの角度、腕の軌道、視線の動き――そのすべてが、まるで風に乗るようにしなやかで、鋭い。

 剣が、交差した。

 だが鋼の音は鳴らない。聞こえるのは、風の鳴く音だけ。

(――早い……けれど、読める)

 彼女の中に、まだ熱を帯びて残る“記憶”があった。先日の――フェイとライアスの、あの異次元の斬り合い。それはもはや幻のような一瞬だったが、確かに感覚として刻まれていた。

 受け、流し、崩す。

 研ぎ澄まされた動きが、彼女の体を貫いている。そこにあるのは、かつての彼女ではなかった。

 足さばき。体軸の保ち方。視線の置き方。すべてが――進化していた。

「……これは驚いた。随分と、洗練されてきたようですね」

 ティスが、楽しげに微笑みながらも、その声にはほんの僅かな“敬意”が滲んでいた。

「なるほど、団長としての自覚か」

「どうとでも」

 短く、冷ややかな返し。しかしその刃には、確かな重みがあった。

 幾度かの斬り結びの後、ティスがわずかに跳ねて距離を取る。そこに、かすかな息遣いが混じる。

「十分です。これ以上は、こちらが恥を晒すことになりかねません」

 ティスが剣をそっと鞘に戻す。その動作には、無念さも慢心もなかった。ただ、正確な評価と判断だけがあった。

 続いて、無言を貫いていた男――副団長、カイル・シェルダンが一歩前に出る。

「なら、今度は俺の番だな」

 足音が、重く響く。土を押し固めるようなその動きと同時に、全身から濃密な威圧感が溢れ出す。

 背中の無骨な大剣を、音を立てて引き抜いたその瞬間――空気が変わった。

 正面に立つのは、グライヴ。

 ニヤリと笑いながら、槍を軽く肩に担ぐ。

「やっと回ってきたな、俺の出番がよ」

 二人の距離が一気に詰まる――

 交差するのは、一瞬。

 だが、その瞬間の重さは、まるで地を揺るがすかのようだった。

 カイルの剣が振り下ろされ、グライヴの槍が斜めに弾き返す。

 衝突の瞬間、衝撃波のような風圧が巻き起こり、乾いた土が舞い上がる。

 その中で――

「……意外と、やるじゃねえか!」

「てめえこそ……!」

 怒声とともに、攻守が入れ替わる。速さと重さ、破壊と精度――正反対の属性がぶつかり合う。

 緊迫の空気の中、演習場の端で待機していた第四団の数名が、騒ぎを聞きつけて駆け寄ってくる。

「てめえら、何勝手にやって――」

 その瞬間。

 影が、一つ、音もなく彼らの前に立った。

 リィ。

 その姿は、まるで現実から“切り取られた”かのようだった。圧はない。ただ、そこに“いてはならない存在”のような違和感だけがあった。

「な、なんだお前は――」

 言葉が終わる前に、団員たちの動きが止まる。

 リィが一歩、また一歩と前に出るたびに、空気が凍る。

 緊張というより、“拒絶”のような気配が場を支配していく。

「おい、お前ら下がれ!」

 カイルの怒声が飛ぶ。

 だが――遅い。

 リィの動きは、風でも雷でもない。“無音”だった。

 気づけば、四人の団員が、静かに地面に倒れていた。

 斬られた跡もなければ、殴られた形跡もない。ただ、“動けない”という状態だけがそこにあった。

「……は?」

 ティスが目を見開く。

 カイルが振り返るも、理解が追いつかない。

「てめぇ、今何を――」

「――まあまあ」

 その一言が、すべてを飲み込んだ。

 フェイ・オーディン。

 ゆるやかに歩いてきた彼が、手を軽く上げ、場を鎮めるように語る。

「……これ以上は、演習の域を越えそうだ」

 その声音に、ティスは静かに肩をすくめた。

「失礼しました。我々も、ここまでにしておきましょう」

 互いの距離がゆっくりと離れていく中、フェイの視線が静かに移ろう。

 エヴァ。グライヴ。そしてリィ。

 それぞれの姿を見つめ、微かに笑みを浮かべる。

(……いい顔をするようになった)

 それは言葉にしない感慨だった。

 認め合う者たちの空気。剣を交えた者だけが理解し合える、深い静寂の共鳴――

 確かにそこには、“騎士団”としての核が芽生えていた。

 騒ぎの後、演習場には再び静けさが戻っていた。
 第四団はそれぞれの思惑を胸に一時的に撤収し、広大な訓練場には13騎士団の4人だけが残されている。

「ふぅ……ま、悪くねぇ出来だったんじゃねぇか?」

 グライヴが肩を回しながら言う。軽口の裏に、確かな満足感がにじんでいた。

 リィは何も言わず、軽く首を傾けて頷く。

 そしてエヴァ。
 彼女は剣をそっと収め、空を仰いだ。夏の雲が流れていく。さっきまで熱を帯びていた空気が、どこかすっと落ち着いていた。

(……あのとき、見ていた背中に、少しだけ近づけた気がする)

 胸の奥に宿った火種は、まだくすぶっている。けれどそれは、決して焦りではない。
 道は遠い。だからこそ――今、踏み出せていることに、彼女は確かな充実を覚えていた。

 そんな団員たちを、フェイ・オーディンは静かに眺めていた。
 その眼差しは、どこか遠くを見つめるようであり、同時に、目の前の彼らを確かに“受け止めている”温かさを帯びていた。
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