5 / 53
第5話 宿の灯りと、静かな訪問者
しおりを挟む
トットルバの夜は早い。喧騒が一段落すると、町は驚くほど静まり返る。酒場の騒ぎもいつしか遠い余韻となり、人々はそれぞれの宿へと戻っていった。
フェイもまた、自らが定宿としている小さな宿屋の一室に戻っていた。木造の壁には外の冷気がほんのりと染み込み、灯り代わりのランプが部屋を柔らかく照らしている。
「久しぶりに、面白いものが見えたなぁ……」
ベッドの縁に腰掛けながら、フェイは小さく笑みを漏らした。ランプの火に照らされたその表情は、少し少年めいた無邪気さを含んでいる。
先程の騒動――酒場の前で繰り広げられた小さな戦いを思い返していたのだ。騎士を名乗る女性が、酒に酔って増長した男たちを、華麗に、そして冷静にさばいていく姿。力任せではない、洗練された剣技。何より、その剣さばきには隠しきれない「意志」があった。
「かの騎士様は、中々の腕だったみたいだ」
そう呟きながら、フェイは自分の荷物を整理し始めた。木の実や干し肉、交換で得た調味料や薬草などをきちんと仕分けし、持ち運びやすく再整理する。彼にとって、これも長年の癖のようなもので、食後や風呂の前にやっておくことが多い。
「しかし、美人で強いとは……この町にはもったいないくらいだな」
ぽつりと洩らす声に、どこか愉しげな響きが混じる。騎士がこんな辺境までやってくる理由など、そうそうあるものではない。ましてや、あの若さと技量を持ち合わせた女性となれば、なおさら興味をそそられる。
「さて……風呂にでも入って、さっぱりして寝るとするか~」
のんびりとした口調でつぶやき、フェイは着替えを手に立ち上がった。宿の共同風呂は時間制で、夜の時間帯には混雑することもあるが、今はちょうど落ち着いている頃合いだ。手早く湯を浴び、体を拭いて戻ってくると、部屋にはほんのりと木の香りと石鹸の匂いが漂った。
「ふう……」
湯上がりの体をベッドに預け、少しだけ脱力する。身体を包むこの小さな安堵感もまた、彼がこの宿を気に入っている理由のひとつだった。
――しかし、その静けさは、突然破られる。
コン、コン。
控えめだが、はっきりとしたノック音が部屋の扉を叩いた。
「……ん?」
フェイは眉をひそめた。こんな時間に客が訪ねてくるなど、記憶にない。宿屋の者ならもう少し遠慮がちだし、知人という知人もいない。何より、この時間のノックには、不自然さが付きまとう。
立ち上がり、警戒を隠しつつ扉に近づく。
「……どちら様?」
ドア越しに声をかけると、すぐに返事があった。
「夜分に失礼します」
――女性の声。それも、落ち着きがありながら、どこか鋼の芯を感じさせる声だった。
フェイは軽く息をつき、鍵を外してゆっくりと扉を開けた。
すると、そこに立っていたのは――
先ほどの騒ぎの中心にいた、あの女性騎士であった。
「はい、何か御用でしょうか?」
フェイは驚きを押し隠しつつ、いつも通りの口調で対応した。
女性騎士は一歩前に出て、真っ直ぐフェイの目を見据えて言う。
「あなたがフェイで間違いないですか?」
「……まぁ、この辺りでその名前を持つ人間には、心当たりは私しかいませんけど」
やや困惑しながらも答えるフェイ。その顔には、どこか薄い笑みすら浮かんでいる。だが、内心ではすでに様々な思考が駆け巡っていた。どうして自分を? 何の目的で?
「そうでしたか。それならば、ぜひ一緒に来ていただきたい」
唐突な申し出だった。しかも、理由も目的も語られぬままの要請である。
「えっと……あの~、私が? あなたと? しかも、どちらへ?」
さすがに戸惑いを隠せず、フェイは頭をかきながら少し距離を取る。いきなりの訪問に加え、一緒に来てほしいという要請。普通の旅人なら、断ってもおかしくない展開だ。
だが、相手が騎士であり、しかもただの騎士ではない。あの剣技と雰囲気からして、相当な地位のある人物だろう。怪しいとは思わない。むしろ、何か「事情」があるのだと、本能的に察していた。
それでも――
「突然すぎて……ついて行って良いのか、少し考えさせてもらっても?」
そう言いながらも、フェイの眼差しにはどこか興味が宿っていた。
このエピソードの文字数1,670文字
約1,700文字
フェイもまた、自らが定宿としている小さな宿屋の一室に戻っていた。木造の壁には外の冷気がほんのりと染み込み、灯り代わりのランプが部屋を柔らかく照らしている。
「久しぶりに、面白いものが見えたなぁ……」
ベッドの縁に腰掛けながら、フェイは小さく笑みを漏らした。ランプの火に照らされたその表情は、少し少年めいた無邪気さを含んでいる。
先程の騒動――酒場の前で繰り広げられた小さな戦いを思い返していたのだ。騎士を名乗る女性が、酒に酔って増長した男たちを、華麗に、そして冷静にさばいていく姿。力任せではない、洗練された剣技。何より、その剣さばきには隠しきれない「意志」があった。
「かの騎士様は、中々の腕だったみたいだ」
そう呟きながら、フェイは自分の荷物を整理し始めた。木の実や干し肉、交換で得た調味料や薬草などをきちんと仕分けし、持ち運びやすく再整理する。彼にとって、これも長年の癖のようなもので、食後や風呂の前にやっておくことが多い。
「しかし、美人で強いとは……この町にはもったいないくらいだな」
ぽつりと洩らす声に、どこか愉しげな響きが混じる。騎士がこんな辺境までやってくる理由など、そうそうあるものではない。ましてや、あの若さと技量を持ち合わせた女性となれば、なおさら興味をそそられる。
「さて……風呂にでも入って、さっぱりして寝るとするか~」
のんびりとした口調でつぶやき、フェイは着替えを手に立ち上がった。宿の共同風呂は時間制で、夜の時間帯には混雑することもあるが、今はちょうど落ち着いている頃合いだ。手早く湯を浴び、体を拭いて戻ってくると、部屋にはほんのりと木の香りと石鹸の匂いが漂った。
「ふう……」
湯上がりの体をベッドに預け、少しだけ脱力する。身体を包むこの小さな安堵感もまた、彼がこの宿を気に入っている理由のひとつだった。
――しかし、その静けさは、突然破られる。
コン、コン。
控えめだが、はっきりとしたノック音が部屋の扉を叩いた。
「……ん?」
フェイは眉をひそめた。こんな時間に客が訪ねてくるなど、記憶にない。宿屋の者ならもう少し遠慮がちだし、知人という知人もいない。何より、この時間のノックには、不自然さが付きまとう。
立ち上がり、警戒を隠しつつ扉に近づく。
「……どちら様?」
ドア越しに声をかけると、すぐに返事があった。
「夜分に失礼します」
――女性の声。それも、落ち着きがありながら、どこか鋼の芯を感じさせる声だった。
フェイは軽く息をつき、鍵を外してゆっくりと扉を開けた。
すると、そこに立っていたのは――
先ほどの騒ぎの中心にいた、あの女性騎士であった。
「はい、何か御用でしょうか?」
フェイは驚きを押し隠しつつ、いつも通りの口調で対応した。
女性騎士は一歩前に出て、真っ直ぐフェイの目を見据えて言う。
「あなたがフェイで間違いないですか?」
「……まぁ、この辺りでその名前を持つ人間には、心当たりは私しかいませんけど」
やや困惑しながらも答えるフェイ。その顔には、どこか薄い笑みすら浮かんでいる。だが、内心ではすでに様々な思考が駆け巡っていた。どうして自分を? 何の目的で?
「そうでしたか。それならば、ぜひ一緒に来ていただきたい」
唐突な申し出だった。しかも、理由も目的も語られぬままの要請である。
「えっと……あの~、私が? あなたと? しかも、どちらへ?」
さすがに戸惑いを隠せず、フェイは頭をかきながら少し距離を取る。いきなりの訪問に加え、一緒に来てほしいという要請。普通の旅人なら、断ってもおかしくない展開だ。
だが、相手が騎士であり、しかもただの騎士ではない。あの剣技と雰囲気からして、相当な地位のある人物だろう。怪しいとは思わない。むしろ、何か「事情」があるのだと、本能的に察していた。
それでも――
「突然すぎて……ついて行って良いのか、少し考えさせてもらっても?」
そう言いながらも、フェイの眼差しにはどこか興味が宿っていた。
このエピソードの文字数1,670文字
約1,700文字
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
異世界で魔法が使えない少女は怪力でゴリ押しします!
ninjin
ファンタジー
病弱だった少女は14歳の若さで命を失ってしまった・・・かに思えたが、実は異世界に転移していた。異世界に転移した少女は病弱だった頃になりたかった元気な体を手に入れた。しかし、異世界に転移して手いれた体は想像以上に頑丈で怪力だった。魔法が全ての異世界で、魔法が使えない少女は頑丈な体と超絶な怪力で無双する。
天才女薬学者 聖徳晴子の異世界転生
西洋司
ファンタジー
妙齢の薬学者 聖徳晴子(せいとく・はるこ)は、絶世の美貌の持ち主だ。
彼女は思考の並列化作業を得意とする、いわゆる天才。
精力的にフィールドワークをこなし、ついにエリクサーの開発間際というところで、放火で殺されてしまった。
晴子は、権力者達から、その地位を脅かす存在、「敵」と見做されてしまったのだ。
死後、晴子は天界で女神様からこう提案された。
「あなたは生前7人分の活躍をしましたので、異世界行きのチケットが7枚もあるんですよ。もしよろしければ、一度に使い切ってみては如何ですか?」
晴子はその提案を受け容れ、異世界へと旅立った。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました!
【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】
皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました!
本当に、本当にありがとうございます!
皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。
市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です!
【作品紹介】
欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。
だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。
彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。
【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc.
その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。
欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。
気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる!
【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
悲報 スライムに転生するつもりがゴブリンに転生しました
ぽこぺん
ファンタジー
転生の間で人間以外の種族も選べることに気付いた主人公
某人気小説のようにスライムに転生して無双しようとするも手違いでゴブリンに転生
さらにスキルボーナスで身に着けた聖魔法は魔物の体には相性が悪くダメージが入ることが判明
これは不遇な生い立ちにめげず強く前向き生きる一匹のゴブリンの物語
(基本的に戦闘はありません、誰かが不幸になることもありません)
僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜
リョウ
ファンタジー
僕は十年程闘病の末、あの世に。
そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?
幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。
※画像はAI作成しました。
※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる