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第6話 翌日への約束
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エヴァは目の前の男――フェイと名乗ったその人物を見つめながら、わずかに眉をひそめていた。見たところ、特に威圧的な雰囲気もなく、どちらかと言えば柔らかく、親しみやすい印象の青年。だがその穏やかな雰囲気が、逆に彼女の警戒心を刺激していた。
――この男が、本当にアル様が探していた人物なのか?
内心ではそう思いつつも、騎士としての顔を崩すわけにはいかず、背筋を伸ばし、改めて口を開いた。
「失礼しました。説明が不十分でしたね。名前は伏せるよう命じられていますが、ある方のもとへ、あなたをお連れするよう指示を受けています」
一呼吸、間を置く。
「また、その方はこうも仰っていました――『翠玉の3代目が、青目に会いたがっている』と」
一瞬でも表情が揺れるかと注視していたが、フェイは目を細めただけで、何も動じる様子はなかった。驚きも、焦りも、疑いも見えない。むしろ、その目にはどこか悟ったような、懐かしささえ帯びた光が宿っていた。
「……なるほど、わかりました。そういうことであれば、同行させてもらいましょう」
あまりにあっさりとした返事に、エヴァは一瞬言葉を失う。
「ただ――すぐには無理かな。荷物を取りに、自宅に一度戻る必要がある。急ぎなんだろうけど?」
問いかけるような口調に、エヴァは無意識に唇を引き結んだ。できる限り早く帝都に戻るよう命じられてはいるが、目の前の男が“その”フェイであるなら、軽んじた態度は慎まなければならない。
「……なるべく早く戻りたいのは確かです。ただ、自宅はここから近いのですか?」
問い返すと、フェイは少しだけ肩をすくめるような仕草で笑った。
「近くはないけど、まぁ、半日もあれば戻ってこられる距離かな。今からすぐ出て、明日の昼にはここへ戻れると思う」
“森に住んでいる”という話の通り、やはり人里からは距離があるのだろう。エヴァは小さく頷いた。
「わかりました。では、それでお願いします」
すると、フェイはふと首を傾げるように言った。
「行き先は帝都でいいんだよね?」
「――ええ? ええ、その通りです」
思わず問い返してしまった。彼にはまだ、行き先を伝えていなかったはず。だが、迷いなくそう断定したことに、エヴァの中で新たな疑念が湧く。
――なぜわかったのか?
だがそれを表に出すことなく、表情を引き締めて返答する。
「じゃあ、明日のお昼ごろに、村の入り口付近で待ち合わせでいいかな?」
「ええ、それで構いません」
短いやりとりのあと、ふたりは軽く会釈を交わし、それぞれの時間へと戻っていった。
エヴァはそのまま宿屋のカウンターへ向かい、宿泊の手続きを済ませる。今夜はこの町で一晩明かし、明日には帝都へ向けて出発だ。道中はおそらく数日かかる。なるべく体を休めておかねばならない。
(それにしても……)
部屋の扉を閉め、甲冑を脱ぎながら、エヴァはぼんやりと天井を見つめた。
(アル様がわざわざ探し出せと命じるくらいの人物……そう聞かされていたから、もっと迫力のある……例えば重厚な空気を纏ったような人物かと勝手に思ってたけど……)
どうにも拍子抜けしていた。
(すごい人、なのよね? たぶん……)
布団に体を沈めながら、わずかに不安を覚えたが、疲れが先に勝った。目を閉じると、まるで潮が引くように意識が遠のいていく。
静かな夜。
そのまどろみの中で、彼女はまだ知らなかった。
――この出会いが、自身の運命を大きく変える、最初の一歩だったということを。
***
エヴァとの会話を終えたフェイは、軽く手を挙げると宿の廊下を足早に抜け、外の夜風へと身を晒した。
「さて……いつもより、少しだけ急いでおこうかな」
ぽつりと漏らした声に、どこか楽しげな響きが混じる。
月が高く昇る頃、フェイの姿はすでに村の影から、森の闇へと吸い込まれていた。
◆ ◆ ◆
ヴァレスティア森林の夜は、静かで濃い。
だがフェイの足取りは迷いなく、木々の間を縫い、岩場を跳び越え、獣道のような細道を一直線に突き進んでいく。
木々がすれ違うたび、音ひとつ立てないその動きはまるで、森そのものと調和しているかのようだった。彼の輪郭すら、闇の中で溶けていくように見える。
やがて、木々が開けた先にひっそりと建つ、岩を背にした簡素な小屋へとたどり着いた。
そこが、フェイの“根城”だった。
彼は扉を静かに開けて中に入り、迷いなく作業を始めた。明かりは灯さない。手元の配置をすべて記憶しているため、暗がりの中でも何ひとつ支障はなかった。
手際よく小さな布袋に食料と薬草、保存食を詰め込む。その傍らで、慎重に取り出されたのは――長方形の黒い布で包まれた細長い荷。
「……持っていくのは、久しぶりだな」
包みを両手で静かに持ち上げると、フェイは一瞬だけ目を伏せた。
それは、普段この拠点では使用することのない荷物だ。
重々しい気配を漂わせながらも、静かに、丁寧にそれを旅装の荷物の中に収める。今の所、中身が何であるかは窺い知ることはできないが、大事ものであることはわかる。
「用がないなら持ち出さない。でも、今回は必要になるからね」
そう呟いて、荷を肩に担ぎ直すと、再びフェイは森の中へと飛び込んでいった。
――この男が、本当にアル様が探していた人物なのか?
内心ではそう思いつつも、騎士としての顔を崩すわけにはいかず、背筋を伸ばし、改めて口を開いた。
「失礼しました。説明が不十分でしたね。名前は伏せるよう命じられていますが、ある方のもとへ、あなたをお連れするよう指示を受けています」
一呼吸、間を置く。
「また、その方はこうも仰っていました――『翠玉の3代目が、青目に会いたがっている』と」
一瞬でも表情が揺れるかと注視していたが、フェイは目を細めただけで、何も動じる様子はなかった。驚きも、焦りも、疑いも見えない。むしろ、その目にはどこか悟ったような、懐かしささえ帯びた光が宿っていた。
「……なるほど、わかりました。そういうことであれば、同行させてもらいましょう」
あまりにあっさりとした返事に、エヴァは一瞬言葉を失う。
「ただ――すぐには無理かな。荷物を取りに、自宅に一度戻る必要がある。急ぎなんだろうけど?」
問いかけるような口調に、エヴァは無意識に唇を引き結んだ。できる限り早く帝都に戻るよう命じられてはいるが、目の前の男が“その”フェイであるなら、軽んじた態度は慎まなければならない。
「……なるべく早く戻りたいのは確かです。ただ、自宅はここから近いのですか?」
問い返すと、フェイは少しだけ肩をすくめるような仕草で笑った。
「近くはないけど、まぁ、半日もあれば戻ってこられる距離かな。今からすぐ出て、明日の昼にはここへ戻れると思う」
“森に住んでいる”という話の通り、やはり人里からは距離があるのだろう。エヴァは小さく頷いた。
「わかりました。では、それでお願いします」
すると、フェイはふと首を傾げるように言った。
「行き先は帝都でいいんだよね?」
「――ええ? ええ、その通りです」
思わず問い返してしまった。彼にはまだ、行き先を伝えていなかったはず。だが、迷いなくそう断定したことに、エヴァの中で新たな疑念が湧く。
――なぜわかったのか?
だがそれを表に出すことなく、表情を引き締めて返答する。
「じゃあ、明日のお昼ごろに、村の入り口付近で待ち合わせでいいかな?」
「ええ、それで構いません」
短いやりとりのあと、ふたりは軽く会釈を交わし、それぞれの時間へと戻っていった。
エヴァはそのまま宿屋のカウンターへ向かい、宿泊の手続きを済ませる。今夜はこの町で一晩明かし、明日には帝都へ向けて出発だ。道中はおそらく数日かかる。なるべく体を休めておかねばならない。
(それにしても……)
部屋の扉を閉め、甲冑を脱ぎながら、エヴァはぼんやりと天井を見つめた。
(アル様がわざわざ探し出せと命じるくらいの人物……そう聞かされていたから、もっと迫力のある……例えば重厚な空気を纏ったような人物かと勝手に思ってたけど……)
どうにも拍子抜けしていた。
(すごい人、なのよね? たぶん……)
布団に体を沈めながら、わずかに不安を覚えたが、疲れが先に勝った。目を閉じると、まるで潮が引くように意識が遠のいていく。
静かな夜。
そのまどろみの中で、彼女はまだ知らなかった。
――この出会いが、自身の運命を大きく変える、最初の一歩だったということを。
***
エヴァとの会話を終えたフェイは、軽く手を挙げると宿の廊下を足早に抜け、外の夜風へと身を晒した。
「さて……いつもより、少しだけ急いでおこうかな」
ぽつりと漏らした声に、どこか楽しげな響きが混じる。
月が高く昇る頃、フェイの姿はすでに村の影から、森の闇へと吸い込まれていた。
◆ ◆ ◆
ヴァレスティア森林の夜は、静かで濃い。
だがフェイの足取りは迷いなく、木々の間を縫い、岩場を跳び越え、獣道のような細道を一直線に突き進んでいく。
木々がすれ違うたび、音ひとつ立てないその動きはまるで、森そのものと調和しているかのようだった。彼の輪郭すら、闇の中で溶けていくように見える。
やがて、木々が開けた先にひっそりと建つ、岩を背にした簡素な小屋へとたどり着いた。
そこが、フェイの“根城”だった。
彼は扉を静かに開けて中に入り、迷いなく作業を始めた。明かりは灯さない。手元の配置をすべて記憶しているため、暗がりの中でも何ひとつ支障はなかった。
手際よく小さな布袋に食料と薬草、保存食を詰め込む。その傍らで、慎重に取り出されたのは――長方形の黒い布で包まれた細長い荷。
「……持っていくのは、久しぶりだな」
包みを両手で静かに持ち上げると、フェイは一瞬だけ目を伏せた。
それは、普段この拠点では使用することのない荷物だ。
重々しい気配を漂わせながらも、静かに、丁寧にそれを旅装の荷物の中に収める。今の所、中身が何であるかは窺い知ることはできないが、大事ものであることはわかる。
「用がないなら持ち出さない。でも、今回は必要になるからね」
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