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第7話 翠と紅、道を共に
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翌朝。
空はまだ朝の青さを残しており、村の入り口に向かうエヴァの足取りはどこか軽やかだった。
約束の時間にはまだ少し早かったが、王命の任を負う以上、相手に遅れを取るわけにはいかない。そう自らに言い聞かせながら、朝の冷たい空気を胸に吸い込む。
(さすがに、ここまで来て来ないなんてことはないわよね……)
心に小さな不安が芽生えるも、それを振り払うように地面を軽く蹴った。
風に揺れる髪を押さえながら視線を村の方角へ向けたそのとき――
「……来た」
朝靄を割るようにして、ゆっくりと歩を進めてくる人影がひとつ。
その姿がはっきりしてくると、やがてそれがフェイであると分かる。
彼の背には変わらず旅装の荷、そして肩には、昨日見た“長い布に包まれた何か”が静かにかけられていた。その形状と丁寧な扱い方から、ただの道具ではないことがわかる。だが今は問うべき時ではない。エヴァは小さく息を整えて、声をかけた。
「おはようございます」
「おお、おはようございます。お待たせしてしまってすみません。この子を手配していてね」
そう言って、フェイは笑みを浮かべながら手綱を軽く引いた。
“この子”――それは、一頭の毛並みの良い栗毛の馬だった。
筋肉のつき方からして、かなり鍛えられている。静かに立ち、主の命を待つその姿は、どこか気品すら感じさせた。
エヴァは軽く目を細めながら頷いた。どうやらフェイが言っていた“荷物”には、この馬の準備も含まれていたようだ。
「いえ、大丈夫です。間に合ってよかった。それでは、すぐ出発しましょうか」
「もちろん、準備は万端です」
フェイは軽く鞍に手をかけると、慣れた様子で馬に跨がった。
その動きは洗練されていて、長年馬と共に旅をしてきた者のそれだった。
エヴァも自らの馬に乗り、手綱を引き締める。
目指すは帝都オーディン。道中に大きな街はそう多くはないが、二人の移動速度を考えれば、トットルバと同規模の町を2度ほど宿に使えば充分間に合う――と、エヴァは踏んでいた。
(あとはこの馬たちの調子を見ながら、少し早めのペースで進めば……)
エヴァはちらりとフェイの横顔を見る。
柔らかな笑みの奥に、何かを隠しているような、読めない静けさがある。
それでも、今は任務が優先だ。エヴァは小さく気持ちを整え、前を向いた。
道中、しばらくは風の音と馬の蹄の音だけが二人の間を流れていた。
エヴァとしては、余計な詮索をするつもりはなかった。
王から与えられた任務を粛々とこなす――そのための同伴者であり、それ以上でも以下でもない。だが。
「お若いのに、騎士をされてるんですね~。いつからですか?」
そんな軽やかな声が、隣を走る馬上からふわりと投げかけられた。
声色は穏やかで、まるで長年の知り合いにでも語りかけるかのような自然さだった。
(……無視するわけにもいかないか。仕方ないわね)
「十八からです」
一拍置いて、エヴァは簡潔に答えた。あくまで礼儀として。
しかし、その応答を待っていたかのように、すぐさま次の問いが飛んでくる。
「おお、それは素晴らしい。となると、もしかして団員さんだったり?」
(……帝都外の人間なら、団員という言葉をすんなり出すものかしら)
少しばかりの違和感を覚えながらも、エヴァは努めて冷静に答える。
「ええ、一応、十二番目の士団に所属しています」
さらりとした口調。だが内心では、なぜこの男が“団員”という言葉を迷いなく使ったのか、警戒の糸をほんの少しだけ張った。
フェイはというと、目を輝かせたように軽く口笛を吹いた。
「いや~立派なものですな! その若さで団員とは、実にお見事。……それで、もしや、剣は幼少の頃から?」
「三歳ごろから嗜んでおります」
(しつこいわね)
さすがに会話の矛先が自分にばかり向けられることに、エヴァは少しだけ鬱陶しさを覚えつつも、目立った拒絶の色は見せずに応じた。だが次の質問には、はっきりと線を引くことにする。
「ははぁ、なるほど。それはご家族の影響ですかな?」
「申し訳ありません。それは個人的な事情になりますので、お答えは差し控えさせていただきます」
語調は冷たすぎず、しかし明確に拒絶を伝えるものだった。
すると、フェイは「おっと、こりゃ一本取られた」とでも言うように笑いながら、頭を軽く下げた。
「ああ、これは失礼を。ついつい、色々とお聞きしたくなりましてね。昨晩の素晴らしい剣技と、何よりその目に宿る闘志を拝見したもので」
馬の上でユラユラと体を揺らしながら、悪びれもせずに言う。
(やっぱり見られていたか……)
エヴァは心の中で静かに舌打ちした。あの酔っ払い連中とのいざこざは、別に自慢できるようなものではない。あれは騎士として当然の対応であって、褒められる筋合いでも、ましてや見世物でもない。
「……あの程度の輩に遅れを取るようなことがあっては、団員としてあるまじきことですので」
そう、冷静に返した。
その声には、どこか釘を刺すような硬さがあった。
だがフェイは気にした様子もなく、軽く笑みを浮かべたまま風に揺れる木々へ視線をやる。
「……うん、でしょうね」
その呟きが誰に向けたものなのか、エヴァには判断がつかなかった。
空はまだ朝の青さを残しており、村の入り口に向かうエヴァの足取りはどこか軽やかだった。
約束の時間にはまだ少し早かったが、王命の任を負う以上、相手に遅れを取るわけにはいかない。そう自らに言い聞かせながら、朝の冷たい空気を胸に吸い込む。
(さすがに、ここまで来て来ないなんてことはないわよね……)
心に小さな不安が芽生えるも、それを振り払うように地面を軽く蹴った。
風に揺れる髪を押さえながら視線を村の方角へ向けたそのとき――
「……来た」
朝靄を割るようにして、ゆっくりと歩を進めてくる人影がひとつ。
その姿がはっきりしてくると、やがてそれがフェイであると分かる。
彼の背には変わらず旅装の荷、そして肩には、昨日見た“長い布に包まれた何か”が静かにかけられていた。その形状と丁寧な扱い方から、ただの道具ではないことがわかる。だが今は問うべき時ではない。エヴァは小さく息を整えて、声をかけた。
「おはようございます」
「おお、おはようございます。お待たせしてしまってすみません。この子を手配していてね」
そう言って、フェイは笑みを浮かべながら手綱を軽く引いた。
“この子”――それは、一頭の毛並みの良い栗毛の馬だった。
筋肉のつき方からして、かなり鍛えられている。静かに立ち、主の命を待つその姿は、どこか気品すら感じさせた。
エヴァは軽く目を細めながら頷いた。どうやらフェイが言っていた“荷物”には、この馬の準備も含まれていたようだ。
「いえ、大丈夫です。間に合ってよかった。それでは、すぐ出発しましょうか」
「もちろん、準備は万端です」
フェイは軽く鞍に手をかけると、慣れた様子で馬に跨がった。
その動きは洗練されていて、長年馬と共に旅をしてきた者のそれだった。
エヴァも自らの馬に乗り、手綱を引き締める。
目指すは帝都オーディン。道中に大きな街はそう多くはないが、二人の移動速度を考えれば、トットルバと同規模の町を2度ほど宿に使えば充分間に合う――と、エヴァは踏んでいた。
(あとはこの馬たちの調子を見ながら、少し早めのペースで進めば……)
エヴァはちらりとフェイの横顔を見る。
柔らかな笑みの奥に、何かを隠しているような、読めない静けさがある。
それでも、今は任務が優先だ。エヴァは小さく気持ちを整え、前を向いた。
道中、しばらくは風の音と馬の蹄の音だけが二人の間を流れていた。
エヴァとしては、余計な詮索をするつもりはなかった。
王から与えられた任務を粛々とこなす――そのための同伴者であり、それ以上でも以下でもない。だが。
「お若いのに、騎士をされてるんですね~。いつからですか?」
そんな軽やかな声が、隣を走る馬上からふわりと投げかけられた。
声色は穏やかで、まるで長年の知り合いにでも語りかけるかのような自然さだった。
(……無視するわけにもいかないか。仕方ないわね)
「十八からです」
一拍置いて、エヴァは簡潔に答えた。あくまで礼儀として。
しかし、その応答を待っていたかのように、すぐさま次の問いが飛んでくる。
「おお、それは素晴らしい。となると、もしかして団員さんだったり?」
(……帝都外の人間なら、団員という言葉をすんなり出すものかしら)
少しばかりの違和感を覚えながらも、エヴァは努めて冷静に答える。
「ええ、一応、十二番目の士団に所属しています」
さらりとした口調。だが内心では、なぜこの男が“団員”という言葉を迷いなく使ったのか、警戒の糸をほんの少しだけ張った。
フェイはというと、目を輝かせたように軽く口笛を吹いた。
「いや~立派なものですな! その若さで団員とは、実にお見事。……それで、もしや、剣は幼少の頃から?」
「三歳ごろから嗜んでおります」
(しつこいわね)
さすがに会話の矛先が自分にばかり向けられることに、エヴァは少しだけ鬱陶しさを覚えつつも、目立った拒絶の色は見せずに応じた。だが次の質問には、はっきりと線を引くことにする。
「ははぁ、なるほど。それはご家族の影響ですかな?」
「申し訳ありません。それは個人的な事情になりますので、お答えは差し控えさせていただきます」
語調は冷たすぎず、しかし明確に拒絶を伝えるものだった。
すると、フェイは「おっと、こりゃ一本取られた」とでも言うように笑いながら、頭を軽く下げた。
「ああ、これは失礼を。ついつい、色々とお聞きしたくなりましてね。昨晩の素晴らしい剣技と、何よりその目に宿る闘志を拝見したもので」
馬の上でユラユラと体を揺らしながら、悪びれもせずに言う。
(やっぱり見られていたか……)
エヴァは心の中で静かに舌打ちした。あの酔っ払い連中とのいざこざは、別に自慢できるようなものではない。あれは騎士として当然の対応であって、褒められる筋合いでも、ましてや見世物でもない。
「……あの程度の輩に遅れを取るようなことがあっては、団員としてあるまじきことですので」
そう、冷静に返した。
その声には、どこか釘を刺すような硬さがあった。
だがフェイは気にした様子もなく、軽く笑みを浮かべたまま風に揺れる木々へ視線をやる。
「……うん、でしょうね」
その呟きが誰に向けたものなのか、エヴァには判断がつかなかった。
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