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第9話 迎えるは白亜の門
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「いやー、やっぱり栄えてるねぇ。活気のある雰囲気は久しぶりかな」
フェイは馬の背に揺られながら、伸びをするように大きく手を上げて、帝都の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。高くそびえる外壁と、その先に広がる街並み――その賑わいに目を細めていた。
帝都の門は、通常ならば通行のために確認や手続きが必要だが、エヴァと共にいたことで、衛兵たちはすぐに道を開けた。
「浮かれるのは後にして。まだ本来の目的を達してないから」
エヴァがぴしゃりと冷静な声で釘を刺す。騎士として当然の務めを忘れぬ彼女らしい一言だった。
「心得ておりますとも。」
フェイはおどけたように答えつつも、どこか楽しげな様子を隠さない。そんな様子に、エヴァは内心で小さくため息を吐いた。
(本当に、つかみどころのない人…)
城下の通りに馬を進めながら、エヴァは手綱を引いた。
「私は一度、宿舎へ。報告と確認がある。あなたは先に城へ。馬はこちらで対応しておくから」
「りょーかい。」
フェイはあっさりと応じると、軽く手を上げ、進路を変えて王城の方へと歩を進めていった。
帝都オーディン――。
フェイにとっては、かつて幾度となく物資の受け渡しで訪れたことのある場所。だが、それもかなり前のことだ。久しぶりに踏みしめるこの都市の空気には、どこか乾いた喉に水がしみわたるような感覚があった。
「……変わらないな。いや、変わったか?」
石畳の感触。足元に響く馬の蹄のリズム。目に映るものは豪奢だが、決して過剰ではない――整っていて、でも、生きている。
東の門から入ってすぐの商業区は、とにかく色彩と音が入り混じる。布地がひらめく風に乗って、スパイスと蜜菓子の匂いが混じり合い、どこか懐かしさを感じさせた。子どもが走り、大人が叱り、商人が冗談を言う。すべてが生活の延長にあって、それでいて誰もがどこか余裕を持っている。
ふと顔を上げれば、まっすぐに伸びる目抜き通り。その視線の果て、かすかに霞むように、白い城がそびえている。
(あれだけのものが、あの静けさで立っているのも不思議なものだ)
騒がしさの中心にあるのに、どこかそれを切り離しているような。まるで別世界のような存在感。だがそれでいて、否応なくこの都市のすべてを支えているのが、誰の目にも明らかだった。
そして通りを外れれば、景色も変わる。
右には規律の塊のような軍事区。地鳴りのように響く号令と、刃が交わる音。ここでは時間がきっちりと刻まれている。左手には、逆に時間が少し緩やかに流れているような居住区。庭先に干された洗濯物と、花を摘む子ども。どちらも、この都市を支える「日常」だ。
「……本当に、帝国の心臓って感じだよ」
フェイはそう呟いて、ふと風を感じた。高い建物の間を抜ける風は、どこか冷たく、それでいて遠くから運ばれてきたもののようなにおいがした。
オーディンという都市は、要塞でもあり、祝祭でもあり、戦場でもあり、日常でもある。何層にも重なった顔を持ち、それらが矛盾せずに存在している。
そして今、自分はそのただ中に戻ってきたのだ――新たな役割を背負って。
----
商業区を見た瞬間、フェイはふっと口元を緩めた。
「いやぁ、いつ来ても匂いがすごいなこの通りは……お腹がなるよね」
城を目指してまっすぐ歩いていたはずの足は、気がつけば賑やかな露天通りへと逸れていた。香辛料が風に乗って鼻をくすぐり、屋台からは香ばしい煙と肉の焼ける音が漂ってくる。客引きの声、客の笑い声、道化師の笛の音まで混ざって、まるで「寄っていけ」と道そのものが誘っているようだ。
「……まぁ、少しくらい寄り道してもバチは当たらないよね」
気がつけば立ち止まり、手にしたのは湯気を立てる屋台飯――トロトロに煮込まれた肉を、香草を練り込んだ薄焼きパンで包んだ逸品だ。店主に銀貨を一枚放ると、手慣れた動きで受け取ってそのまま豪快にかぶりつく。
「っは~……うまい。これはいいね、肉汁の暴力……!」
熱々の肉汁が口いっぱいに広がり、思わず目を細めて頬をほころばせる。指先で口の端をぬぐいながら、今度は果物串を手に歩き出す。軽く焼き目がついたその果物は甘みが際立ち、歩きながら食べるにはもってこいの品だった。
通りには子どもたちが笑いながら駆け抜け、片隅では楽師たちが笛と弦で軽快な曲を奏でていた。雑踏に混じるその音が、なんとも心地いい。人々の会話、商人の掛け声、遠くから響く鐘の音までもが、この都市の生命力を物語っていた。
「……ほんと、人の食欲は変わらないな」
ふと、そんな独り言が口をついて出る。昔も今も、腹が減れば香りに釣られるし、美味いものを食べれば笑顔になる。それはどんな騒乱よりも、よほど確かな真実だった。
視線を上げると、遠く商業区の喧騒の向こう、白亜の城がその姿を変わらずに見せていた。尖塔が空に溶け込むようにそびえ、威厳を湛えたままフェイを待っている。
「さーて。おやつも済んだし……向かうとしますか」
食べかけの果物串の残りを口に放り込み、口をもぐもぐさせながらも、歩みは迷いなく城の方へと向かっていった。
帝都の最奥にそびえる白亜の城門。その前に立つフェイの足取りは、相変わらず軽快だった。だが、それを遮るように門兵の鋭い声が飛ぶ。
「止まれ!」
足を止め、フェイはやや大袈裟に手を上げた。
「おっとっと。なになに?」
「お前、ちゃんと用があってきたのか?」
「もちろんですとも。王様から直々にお呼ばれしたもので」
ニッコリと笑いながら告げたその一言に、門兵の眉がぴくりと動いた。
「ではその証拠を出せ。書状なり通達なり──」
「そーいうのは、持ってきてないんだな、これが」
一瞬、静寂。門兵の目が細くなり、隣の兵と目配せを交わす。緊張が走った。
「身元不明の者が“王命”を語るのは重罪だ。確認が取れるまで拘束する」
左右から兵士たちがにじり寄り始める。
「は!? ちょ、ちょっと待って、拘束!? それは困るなー」
フェイは半歩下がって両手をひらひらと振る。
「従え。無理に動けば、それなりの──」
「待った待った! そんな物騒な話──」
そこへ、甲冑の鳴る足音が規則正しく響く。ひときわ鋭い視線と共に、エヴァが現れた。
「……また、これね」
軽くため息をついた彼女は、そのまま門兵に視線を移す。
「その人は私の任務対象。王命で同行してる」
門兵の顔が一瞬引き締まった。
「カルザ殿……これは……」
「私が保証する。通して」
言い切るその声音に、兵士たちは顔を見合わせ、静かに緊張を解く。
「了解しました」
フェイは肩をすくめ、まだ上げたままの手を揺らした。
「いや~助かった。あと数秒で縛られるとこだった」
「……もうちょっと自重してくれる? 何度目よ、こういうの」
「えー、3回目くらい?」
その答えに、エヴァは眉をひとつ上げて黙り込んだ。
呆れと諦めが混ざった沈黙のなか、フェイはくすくすと笑いながら、白亜の城門をくぐっていく。
フェイは馬の背に揺られながら、伸びをするように大きく手を上げて、帝都の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。高くそびえる外壁と、その先に広がる街並み――その賑わいに目を細めていた。
帝都の門は、通常ならば通行のために確認や手続きが必要だが、エヴァと共にいたことで、衛兵たちはすぐに道を開けた。
「浮かれるのは後にして。まだ本来の目的を達してないから」
エヴァがぴしゃりと冷静な声で釘を刺す。騎士として当然の務めを忘れぬ彼女らしい一言だった。
「心得ておりますとも。」
フェイはおどけたように答えつつも、どこか楽しげな様子を隠さない。そんな様子に、エヴァは内心で小さくため息を吐いた。
(本当に、つかみどころのない人…)
城下の通りに馬を進めながら、エヴァは手綱を引いた。
「私は一度、宿舎へ。報告と確認がある。あなたは先に城へ。馬はこちらで対応しておくから」
「りょーかい。」
フェイはあっさりと応じると、軽く手を上げ、進路を変えて王城の方へと歩を進めていった。
帝都オーディン――。
フェイにとっては、かつて幾度となく物資の受け渡しで訪れたことのある場所。だが、それもかなり前のことだ。久しぶりに踏みしめるこの都市の空気には、どこか乾いた喉に水がしみわたるような感覚があった。
「……変わらないな。いや、変わったか?」
石畳の感触。足元に響く馬の蹄のリズム。目に映るものは豪奢だが、決して過剰ではない――整っていて、でも、生きている。
東の門から入ってすぐの商業区は、とにかく色彩と音が入り混じる。布地がひらめく風に乗って、スパイスと蜜菓子の匂いが混じり合い、どこか懐かしさを感じさせた。子どもが走り、大人が叱り、商人が冗談を言う。すべてが生活の延長にあって、それでいて誰もがどこか余裕を持っている。
ふと顔を上げれば、まっすぐに伸びる目抜き通り。その視線の果て、かすかに霞むように、白い城がそびえている。
(あれだけのものが、あの静けさで立っているのも不思議なものだ)
騒がしさの中心にあるのに、どこかそれを切り離しているような。まるで別世界のような存在感。だがそれでいて、否応なくこの都市のすべてを支えているのが、誰の目にも明らかだった。
そして通りを外れれば、景色も変わる。
右には規律の塊のような軍事区。地鳴りのように響く号令と、刃が交わる音。ここでは時間がきっちりと刻まれている。左手には、逆に時間が少し緩やかに流れているような居住区。庭先に干された洗濯物と、花を摘む子ども。どちらも、この都市を支える「日常」だ。
「……本当に、帝国の心臓って感じだよ」
フェイはそう呟いて、ふと風を感じた。高い建物の間を抜ける風は、どこか冷たく、それでいて遠くから運ばれてきたもののようなにおいがした。
オーディンという都市は、要塞でもあり、祝祭でもあり、戦場でもあり、日常でもある。何層にも重なった顔を持ち、それらが矛盾せずに存在している。
そして今、自分はそのただ中に戻ってきたのだ――新たな役割を背負って。
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商業区を見た瞬間、フェイはふっと口元を緩めた。
「いやぁ、いつ来ても匂いがすごいなこの通りは……お腹がなるよね」
城を目指してまっすぐ歩いていたはずの足は、気がつけば賑やかな露天通りへと逸れていた。香辛料が風に乗って鼻をくすぐり、屋台からは香ばしい煙と肉の焼ける音が漂ってくる。客引きの声、客の笑い声、道化師の笛の音まで混ざって、まるで「寄っていけ」と道そのものが誘っているようだ。
「……まぁ、少しくらい寄り道してもバチは当たらないよね」
気がつけば立ち止まり、手にしたのは湯気を立てる屋台飯――トロトロに煮込まれた肉を、香草を練り込んだ薄焼きパンで包んだ逸品だ。店主に銀貨を一枚放ると、手慣れた動きで受け取ってそのまま豪快にかぶりつく。
「っは~……うまい。これはいいね、肉汁の暴力……!」
熱々の肉汁が口いっぱいに広がり、思わず目を細めて頬をほころばせる。指先で口の端をぬぐいながら、今度は果物串を手に歩き出す。軽く焼き目がついたその果物は甘みが際立ち、歩きながら食べるにはもってこいの品だった。
通りには子どもたちが笑いながら駆け抜け、片隅では楽師たちが笛と弦で軽快な曲を奏でていた。雑踏に混じるその音が、なんとも心地いい。人々の会話、商人の掛け声、遠くから響く鐘の音までもが、この都市の生命力を物語っていた。
「……ほんと、人の食欲は変わらないな」
ふと、そんな独り言が口をついて出る。昔も今も、腹が減れば香りに釣られるし、美味いものを食べれば笑顔になる。それはどんな騒乱よりも、よほど確かな真実だった。
視線を上げると、遠く商業区の喧騒の向こう、白亜の城がその姿を変わらずに見せていた。尖塔が空に溶け込むようにそびえ、威厳を湛えたままフェイを待っている。
「さーて。おやつも済んだし……向かうとしますか」
食べかけの果物串の残りを口に放り込み、口をもぐもぐさせながらも、歩みは迷いなく城の方へと向かっていった。
帝都の最奥にそびえる白亜の城門。その前に立つフェイの足取りは、相変わらず軽快だった。だが、それを遮るように門兵の鋭い声が飛ぶ。
「止まれ!」
足を止め、フェイはやや大袈裟に手を上げた。
「おっとっと。なになに?」
「お前、ちゃんと用があってきたのか?」
「もちろんですとも。王様から直々にお呼ばれしたもので」
ニッコリと笑いながら告げたその一言に、門兵の眉がぴくりと動いた。
「ではその証拠を出せ。書状なり通達なり──」
「そーいうのは、持ってきてないんだな、これが」
一瞬、静寂。門兵の目が細くなり、隣の兵と目配せを交わす。緊張が走った。
「身元不明の者が“王命”を語るのは重罪だ。確認が取れるまで拘束する」
左右から兵士たちがにじり寄り始める。
「は!? ちょ、ちょっと待って、拘束!? それは困るなー」
フェイは半歩下がって両手をひらひらと振る。
「従え。無理に動けば、それなりの──」
「待った待った! そんな物騒な話──」
そこへ、甲冑の鳴る足音が規則正しく響く。ひときわ鋭い視線と共に、エヴァが現れた。
「……また、これね」
軽くため息をついた彼女は、そのまま門兵に視線を移す。
「その人は私の任務対象。王命で同行してる」
門兵の顔が一瞬引き締まった。
「カルザ殿……これは……」
「私が保証する。通して」
言い切るその声音に、兵士たちは顔を見合わせ、静かに緊張を解く。
「了解しました」
フェイは肩をすくめ、まだ上げたままの手を揺らした。
「いや~助かった。あと数秒で縛られるとこだった」
「……もうちょっと自重してくれる? 何度目よ、こういうの」
「えー、3回目くらい?」
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