4 / 6
親子の会話(アンジェリカ)
しおりを挟む「アンジェリカどうしたの? 具合でも悪いのかしら」
学園から帰宅したアンジェリカの表情を見た母は、心配そうに娘の顔をのぞき込んだ。
アンジェリカは首を横に振ると『何でもありません』とか細い声で答えた。
誰が見ても何かあったとしか思えない。
ひとまず娘に部屋着に着替えるように言い、居間でお茶をしながら話を聞くことにした。
着替えが終わり、居間にやってきたアンジェリカは浮かない顔をしたままだ。
いつもなら見ただけで満面の笑みを浮かべる焼きたてのクッキーと香りの良いハーブティーを目にしても、アンジェリカの表情は変らなかった。
何があったのか改めて母が問うと、アンジェリカは困ったような顔をした。
「お母様、どうしましょう…」
「どうしたの?」
母はできるだけ優しい声で先を促した。
アンジェリカは迷った末、言い淀みながら言葉を紡ぐ。
「その…ザカライア様…なのですけれど、その…どうやら他に…お付き合いしている方がいらっしゃるようなのです…」
「――え?」
娘の言ったことを理解するのに時間がかかった。
ザカライアとは、この国の第二王子であり娘の婚約者で間違いないだろう。
今までに何度も会っているため人柄は概ね把握していたつもりだ。
それにアンジェリカと一緒にいる様子をみても、娘のことを大事にしているようで安心していたのだ。
アンジェリカの他に付き合っている者がいる――それすなわち、浮気ということだ。
「アンジェリカ。あなたは殿下がどなたかと仲睦まじく過ごされている様子を、実際に目にしたのかしら?それとも、誰かから悪い噂を聞いたの?」
母は、娘の勘違いではないかと思った。
あるいは悪意のある者がアンジェリカとザカライアの婚約破棄を狙って、嘘の噂を流している可能性を考えた。
「いいえ、誰かに聞いたわけではないのです。今日の放課後、図書室に本を借りに行ったのですが、その時――」
アンジェリカが図書準備室から聞こえた会話を母に伝えると、段々と母の笑みが深くなっていった。
だがその目は笑っていない。
これは母が酷く怒っているときの表情だ。
「そう…そうなの、ザカライア様がねぇ。アンジェリカという最高に可愛くて素晴らしい令嬢と婚約しているにもかかわらず、殿方とお付き合いをしている、と…。へぇ、そうなの。ふぅん…」
「お、お母様?」
「大丈夫よ。このことは私からお父様にお話ししておきますからね。事実確認が必要ですけれど、これがもし本当のことだとしたら、私もお父様も貴方を傷つけた殿下を決して許しはしませんから。安心してちょうだい」
美しい笑みを浮かべる母に『安心する要素がどこにも無いです』とは言えず、とりあえず頷いておいた。
「――アンジェリカは、殿下のことを好きなのかしら?」
母に問われて、アンジェリカはしばし考え込んだ。
「好き…だと思います。今までずっと仲良くしてくださいましたし、一緒にいて心地良いです。ずっとザカライア様と結婚するのだと思っていましたので、余り考えたことはありませんでしたが。
それでも、嫌いだと思ったことはありません。ザカライア様の婚約者であることを辞めたいと思ったこともないのです」
「そう…。もし殿下が、真実その殿方と真剣にお付き合いをなさっていたら、貴方はどうしたい?」
「…そう、ですね…。私は…殿下に幸せになっていただきたい、です…」
「殿下を取られて悔しいとは思わない?」
「悔しい?…いいえ、思いませんわ」
「では、悲しいかしら?」
「悲しくは、ないです。ただ…少し寂しいです」
口にしてから気づいた。
アンジェリカの気持ちに当てはまるのは『寂しい』なのだと。
「そう…」
母は頷くと、メイドにすっかり冷めてしまったハーブティーを淹れなおすように頼んだ。
一通り話をしてスッキリした顔の娘にクッキーを勧め、母娘のお茶の時間を楽しんだ。
その晩、アンジェリカの父が話を聞いて激怒していたことは、妻と一部の使用人のみが知っている。
35
あなたにおすすめの小説
幼馴染、幼馴染、そんなに彼女のことが大切ですか。――いいでしょう、ならば、婚約破棄をしましょう。~病弱な幼馴染の彼女は、実は……~
銀灰
恋愛
テリシアの婚約者セシルは、病弱だという幼馴染にばかりかまけていた。
自身で稼ぐこともせず、幼馴染を庇護するため、テシリアに金を無心する毎日を送るセシル。
そんな関係に限界を感じ、テリシアはセシルに婚約破棄を突き付けた。
テリシアに見捨てられたセシルは、てっきりその幼馴染と添い遂げると思われたが――。
その幼馴染は、道化のようなとんでもない秘密を抱えていた!?
はたして、物語の結末は――?
愛を騙るな
篠月珪霞
恋愛
「王妃よ、そなた一体何が不満だというのだ」
「………」
「贅を尽くした食事、ドレス、宝石、アクセサリー、部屋の調度も最高品質のもの。王妃という地位も用意した。およそ世の女性が望むものすべてを手に入れているというのに、何が不満だというのだ!」
王妃は表情を変えない。何を言っても宥めてもすかしても脅しても変わらない王妃に、苛立った王は声を荒げる。
「何とか言わぬか! 不敬だぞ!」
「……でしたら、牢に入れるなり、処罰するなりお好きに」
「い、いや、それはできぬ」
「何故? 陛下の望むままなさればよろしい」
「余は、そなたを愛しているのだ。愛するものにそのような仕打ち、到底考えられぬ」
途端、王妃の嘲る笑い声が響く。
「畜生にも劣る陛下が、愛を騙るなどおこがましいですわね」
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
婚約者に値踏みされ続けた文官、堪忍袋の緒が切れたのでお別れしました。私は、私を尊重してくれる人を大切にします!
ささい
恋愛
王城で文官として働くリディア・フィアモントは、冷たい婚約者に評価されず疲弊していた。三度目の「婚約解消してもいい」の言葉に、ついに決断する。自由を得た彼女は、日々の書類仕事に誇りを取り戻し、誰かに頼られることの喜びを実感する。王城の仕事を支えつつ、自分らしい生活と自立を歩み始める物語。
ざまあは後悔する系( ^^) _旦~~
小説家になろうにも投稿しております。
隣人の幼馴染にご飯を作るのは今日で終わり
鳥花風星
恋愛
高校二年生のひよりは、隣の家に住む幼馴染の高校三年生の蒼に片思いをしていた。蒼の両親が海外出張でいないため、ひよりは蒼のために毎日ご飯を作りに来ている。
でも、蒼とひよりにはもう一人、みさ姉という大学生の幼馴染がいた。蒼が好きなのはみさ姉だと思い、身を引くためにひよりはもうご飯を作りにこないと伝えるが……。
完結 「愛が重い」と言われたので尽くすのを全部止めたところ
音爽(ネソウ)
恋愛
アルミロ・ルファーノ伯爵令息は身体が弱くいつも臥せっていた。財があっても自由がないと嘆く。
だが、そんな彼を幼少期から知る婚約者ニーナ・ガーナインは献身的につくした。
相思相愛で結ばれたはずが健気に尽くす彼女を疎ましく感じる相手。
どんな無茶な要望にも応えていたはずが裏切られることになる。
いなくなれと言った本当に私がいなくなって今どんなお気持ちですか、元旦那様?
睡蓮
恋愛
「お前を捨てたところで、お前よりも上の女性と僕はいつでも婚約できる」そう豪語するカサルはその自信のままにセレスティンとの婚約関係を破棄し、彼女に対する当てつけのように位の高い貴族令嬢との婚約を狙いにかかる。…しかし、その行動はかえってカサルの存在価値を大きく落とし、セレスティンから鼻で笑われる結末に向かっていくこととなるのだった…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる