僕と君の不思議な物語

しがついつか

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フクロウ

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月明かりも届かぬほど深く暗い森の中。小さなランタンを片手に僕は歩いていた。
虫の鳴く声。風が木葉を揺らす音。ゆっくりと地面を踏み締める僕の足音。
そして、どこからかフクロウの鳴き声が聞こえてくる。

ホー、ホー。
ホー、ホー。

鳴き声に誘われるように、僕の足は自然とそちらに向いた。
木の根に躓かないように気をつけながら、ゆっくりと、道なき道を進む。
獣道とも呼べるものもなく、ただ木々の合間を縫うようにして、ひたすら歩いていった。
しばらく歩き続けると、少し開けた場所にでた。
そこには一本のどんぐりの木を中心にした、小さな広場が出来ていた。
どんぐりの木は月明かりに照らされていた。
視界が開けると、なんとなくホッとする。

ホー、ホー。
ホー、ホー。

すぐ近くで、フクロウが鳴いた。
どんぐりの木に目をやると、枝に1人の少女が腰掛けていた。

木に近づき、彼女に声をかける。
「こんばんは」
彼女が僕を見る。
「こんばんは」
「そこで何をしているの?」
僕の問いに彼女は少し考えるそぶりを見せ、
「何も」
と答えた。
「何もしていないわ、今は」
今は?
どういうことだろうかと首を傾げる僕を気にせず、彼女は口を開いた。
「何もせずに、ただ夜の森を見て聞いて感じているの。頬に当たる風、虫の音、動物が歩む音。木々のざわめきに、爽やかな夜の空気。月明かりと星をちりばめた夜の色」
彼女は目を閉じて、深呼吸した。
「いったい何のために?」
「夜の森を知るためよ」
彼女は微かに笑う。
「夜の森?」
「そう。まずは夜の森を知るの。夜の森を理解したら、次は昼の森。その次は山に行くわ。川や湖、谷を巡って、海にも行くつもりよ。一通り理解したら、今度は人里で暮らすの」
「どうしてそんなことをするの?」
「全てを知るためよ」
彼女の目は、薄暗闇の中でも輝いて見えた。
「自然が織りなす美しさと恐ろしさ。生き物の暖かさと愚かさ。命が生まれ、そして消えること。私は全てを知りたいの」
「知ってどうするの?」
そんなことを知ってどうするのだろうか。
「何も。ただ、私は知りたいの。この世界の全てを。でもね…」
枝に腰掛ける彼女は、子供のように足をパタパタと動かす。
目を伏せて、悲しそうに告げる。
「色々なことを知るとね、それを悪用しようとする人間が出てくるわ。私の知識を私利私欲のまま使おうとするの」
全てを知るということは、決していいことばかりではない。金儲けの材料や、戦争のための兵器を生み出す知識を得ることもある。
だからね、と彼女は僕を見て言う。
「全てを知ったら、私はフクロウになるのよ」
「フクロウ?」
何故、フクロウなのだろうか。
僕は疑問に思ったが、ずっと前に誰かから、フクロウは知恵を象徴する生き物だと聞いたことを思い出した。
「世界を巡って得た知識を悪用されないために、私は…は、フクロウに姿を変えるの。そうすれば、愚かな人間の手に落ちることもないから」
そう言って、寂しそうに笑った。
「それは、僕に話してもよかったの?」
「問題ないわ。私はまだ、悪用されるような知識を持っていないから」
たとえ今捕らえられたとしても、持っている知識はそこいらにいる娘と何ら変わりないため、使い物にならないのだ。
「人が欲しがる知識を得た時には、私の体はフクロウになり、人の言葉を話せなくなるの。それまでは、ただの人と同じよ」
彼女は、月を見上げた。
「そろそろ帰った方がいいわ。もうじき、人を襲う動物が活動する時間だから」
「…わかった」
ランタンの蝋燭がだいぶ小さくなってきた。明かりが消える前に森を出た方がいいだろう。
もう少し彼女の話を聞きたかったが、僕はおとなしく帰ることにした。
「じゃあね、もう会うことはないでしょうけど」
「うん。元気でね」
僕は彼女に背を向けて、先の見えない森を歩き出した。

きっと、彼女にはもう会えないだろう。
もし会えたのなら、その時の彼女の姿は人かフクロウのどちらだろうか。

ホー、ホー。
ホー、ホー。

背後からフクロウの鳴き声が聞こえる。
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