閉じ込めちゃうほど重い愛を受け止めて!

しがついつか

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前編

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ルイーザが目を覚ますと、そこは知らない部屋だった。

部屋には窓が無い。
サイドテーブルのテーブルランプが室内をぼんやりと照らしていた。


手足の感覚を確かめ、そっと体に触れて異常が無いか確認する。
欠損はないようだ。

どうやら肌触りの良いパジャマを着ているようだ。
下着は身につけていない。



(なんだこれ…首輪か…?)


首元に違和感があった。
手で触れてみると金属の質感。一周なで回してみたが、突起物のようなものはなかった。
つるりとした輪っかになっている。
鏡がないので見ることができない。


(見てからじゃないと断定はできないが、捕虜の拘束具のようだな…)


捕虜の行動を制限するための道具として、首輪型の装置があったのをルイーザはで何度か目にしたことがある。
設定された行動範囲を超えた場合、電流が走るようになっている。
さらに一定の範囲を超えたら爆発する仕組みになっていた。

また管理官の端末によっても操作が可能だ。捕虜が刃向かわないようにするための装置である。


(誘拐か? …にしても、私を攫うメリットなどあっただろうか…?)



39歳独身。親兄弟はいない。やんごとなき身分の御令嬢などでもない。
身代金目的や、蹴落としたい相手の家族を狙った犯行というわけでもないだろう。

――では、ルイーザの存在自体が邪魔になったため消されるのか。

彼女は勤続24年のベテランではあるが、職場での階級はそう高くない。
二十代の頃ならともかく、三十代後半になった今では出世欲はとうに失せてしまった。
女と言うだけでタヌキ爺共には侮られ、脳筋の男共を従えることは難しい。
女だけのチームも、マウント合戦に嫌気が差してすぐに異動願いを出した。
現在は閑職に追いやられ、備品整理と書類仕事にこなす毎日を受け入れている。


口座の金を動かす仕事はしていないから、横領の誘いなどかかるはずもない。

ルイーザ自身が知らぬうちに事件の目撃者となっていて、証拠隠滅のために消されるのか。
――それだったら、わざわざ誘拐などせずに即抹殺するだろう。



ならば、彼女に恋慕した者が彼女を手込めにするために連れ去ったのか。


(一番ありえないな…)


四十間近のお局を、誰がわざわざ攫うのか。
こんな労力を掛けなくても、甘い言葉でも囁けばコロッとついて行ったのに――と、ルイーザは自嘲する。

泥水を啜り残飯を漁る幼少期を過ごし、職を得てからはより良い暮らしのためにがむしゃらに働いてきた。
色恋とは無縁の世界だった。

同期と蹴落とし合いながら進んできた結果、順調に出世する男達と違い、ルイーザだけは足止めを食らった。
ふとまわりの女性職員を見ると、皆どこかで男を捕まえて結婚をしていた。
独りなのはルイーザだけだった。

昨年、閑職に追いやられたときに彼女の心は折れてしまったのだ。


それからは静かに仕事をこなすだけの毎日だ。
希に食堂で同期の出世頭の男が絡みにきたが、今までのような応酬はできなかった。
無愛想に生返事を返すだけのルイーザに、同期はつまらなさそうに離れていった。






(ここに来る前は何をしていたんだっけ…)


この部屋で目を覚ます直前の記憶を思い返してみた。


(あぁ、そうだ。机の整理してたんだ)


前日にルイーザの職場に関する悪い噂を聞いたのだ。
急なリストラでクビになる社員が出る可能性があるとかなんとか。

閑職に追いやられている時点で、ルイーザは己がリストラ対象に含まれる可能性が高いと思った。
だったら今のうちから整理をしておこうと思い、古く不要な書類をシュレッダーにかけたり、私物を持ち帰る準備を進めていた。


15時過ぎに時計を見た記憶があるから、攫われたのはそれ以降だろう。









ルイーザはゆっくりと身を起こした。

彼女が寝かされていたキングサイズのベッドが、部屋の面積の大半を占めているため、そう大きな部屋ではない。
正面の壁は一面がクローゼットになっているようだ。
ベッド脇のサイドテーブル以外は、他に家具らしい家具がない。



ルイーザから見て左の壁にはドアがある。

ベッドから降りてドアに手を掛ける。
音を立てぬようドアノブをゆっくりと回し、押してみたものの、鍵がかかっているようで開かない。


テーブルランプを使えばドアノブを叩き壊すことは出来そうだが、ここがどこかわからない以上、軽率な行動は取らない方がいい。

ドアからの脱出は諦めて、クローゼットを物色することにした。

ウォークインクローゼットになっており、ベッドが丸ごと収納できそうな広さがあった。


「…女物ばかりだな…」


吊されているのは女物のコートやワンピース、ドレスだった。
適当な靴の箱を開けてみると真っ赤なハイヒールが入っていた。


この部屋の主が女性という可能性はある。
服と靴のサイズがルイーザと同じ女性という可能性はある。

――あるのだが、クローゼットの奥に積まれた段ボール箱の中に、今までにルイーザが着古して捨てた衣服や靴、無くしたと思った職場で使用していたマグカップが出てきて考えを改めた。



「…まさか…本当に私のストーカーか?」


ルイーザは引き攣った笑みを浮かべると、クローゼットの戸をそっと閉めた。







「何にせよ、家主の出方を待つしか無いか…」




首輪のこともあるが、そもそも脱出する気力も無かった。



(命がけで脱出するほど、あの日常に戻りたいとは思えないしな…)



ルイーザは諦めたように、キングサイズのベッドに身を預けた。

今は大丈夫だが、トイレを我慢できている間に家主が現れることを祈る。
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