閉じ込めちゃうほど重い愛を受け止めて!

しがついつか

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後編

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一通りの書類に記入を終えたところで、ルイーザはあらためて尋ねた。


「それで、なんで私なわけ?」
「…?」
「アンタが、なんで私を拉致監禁したのか聞いてんの」


ファイルに書類を戻して、フリスビーのように部屋の入り口に投げてやる。
次いで投げたペンケースを受け取ると、クラウスは少し言い淀んだあと答えた。


「…ずっと、君のことが好きだったからだ」
「……マジ?」



可能性の1つとして頭の片隅にあったものの、絶対に無いだろうと思っていたことがクラウスの口から飛び出してきた。


「俺はずっと…一緒に訓練をしたあの頃から、君のことが好きだった」


(うわお…片想い期間長すぎじゃね?)


今まで言えなかった反動からか、クラウスは饒舌にルイーザへの想いを語った。
それはもう、ルイーザが耳を塞ぎたくなる程に熱く語ってくれた。


「あー、あ、うん。わかった。理由はわかったよ、うん」


恥ずかしくなり、適当なタイミングで彼の話を遮った。


「うん…。ずっと好きだったのはわかったんだけどさぁ。だとしたらなんで今更になって行動に移したのさ」
「ここ最近、食堂で会っても君は心ここにあらずだったから…。去年あたりから様子がおかしいとは思っていたんだが、ここ最近は俺との会話も避けるようにしていただろう?」
「あー、まあ、そうだったかもな」


部署異動で窓際族の仲間入りを果たしたため、人生の希望が見えなくて色々考えていたからだ。
誰とも話したくないと思い、できるだけ静かに時が過ぎるのを待っていた様な気がする。



「気になっていたら、ケビン達が『ついにルイーザも結婚か?』と言っているのを耳にして…それで…」
「は?」
「君が誰かに取られるなんて絶対に嫌だった。だからが、行動に移したんだ」


(いや、予定ってなんだよ)


誘拐計画はすでに立てられていたのか。
背筋が寒くなった。


「…もともと予定していた誘拐のタイミングはいつだったんだ?」
「2か月後だ」
「大差ねぇな…」


微々たる差じゃねぇか、と呟くとルイーザはベッドに寝転んだ。


「私に結婚相手がいたらどうするつもりだったんだ?」
「いるのか?」
「いねーよ。いたらとっくに寿退社してるっての。だから殺気立つなよ」


彼の瞳から光が消え、黒いオーラが溢れるのが見えた――気がした。


「例えばの話。いたらどうしたわけ?」
「なかったことにする」
「ん?」
「存在自体をなかったことにする」
「あ、そう」


『どうやって?』と聞くことは憚られた。
聞いてはいけない気がした。


(あれ、コイツってこんなにサイコ野郎だったっけ?)


同期の新たな一面に戦慄する。


「まあ相手はいないからいいとして…。私が退職を拒んでたらどうなったわけ?」
「退職したくなるようにするだけだ」
「…そうですか…」


何をどうしたら退職したくなるのかはわからなかった。


「んー、じゃあさ、私がこの家に住むの嫌だって拒んだらどうしてたの? 逃げだそうと――いや、首輪があるから逃げるのは無理か」
「ああ。君なら首輪の威力も知っているはずだからな。真っ正面からの逃走はしないと考えていた。
 知り合いの協力を得て逃走しようとしたのなら、相手を君の目の前でゆっくり解体しただろう。
 自力で逃げだそうとするなら、まずは足の腱を切って歩けないようにするだろうな。
 それから、君は手先が器用だから指をいくつか削らないといけないかもしれないな」
「わぉ…」



引いた。
ドン引きである。


「…それなら、誘拐犯を罵ることも無く逃走しようともせず、退職届を自主的に記入し、一生この家でゴロゴロして過ごしてやろうと思っている場合は、どうなるんだ?」
「大切にする」


クラウスはルイーザを見つめて言った。
先程の濁ったような瞳ではない。


ルイーザがクラウスを拒絶しなければ、彼は宣言通り大切に扱ってくれるのだろう。




二十代だったらこの先の人生を思って絶望していただろう。

だがルイーザは酸いも甘いも知ったアラフォーだ。
将来に希望が見いだせなくなってきた今、仕事もしたくないと思っている今、『家でのんびりしていて良いだなんて最高かよ!』と思う自分がいる。



「クラウスが仕事に行ってる間、私は何をしていればいいんだ? というか、何をしちゃダメなのかその辺の線引きをはっきりさせて欲しい。
 ――あ、そうだ。風呂や食事は我慢できるけど、トイレだけは自由に行かせてほしい」


余りにも前向きな言葉に、クラウスの方が戸惑う。



「…俺が言うのもなんだが、君はこの生活を続けてもいいのか?」
「は? お前が連れ込んだんだろ?最後まで責任もって世話しろよ」
「…あぁ、それはもちろんだが」
「この年齢になると一度退職したら、もう再就職なんて絶望的なんだからな。婚活しようにもこんな口の悪い年増を欲しがる野郎なんてまずいないんだから、責任もって面倒をみてくれよ」
「いいのか…?」
「うん」


クラウスの瞳が潤んできた。
きっとルイーザが抵抗して暴れることも覚悟していたのだろう。

あっさりと受け入れられてしまって、どうしたら良いのかわからないのかもしれない。


「あー、でも子供が欲しいなら、もっと若い子にしたほうがいいぞ。まあアンタももうアラフォーだし、今までの仕事で散々肉体を酷使してるから、相手を変えても出来ない可能性もあるだろうけど」
「俺は子供が欲しいわけじゃない。君が欲しいんだ」
「…あっそ…」


真っ直ぐな物言いに少し、照れてしまった。




こうしてルイーザは異常な男に捕らわれたわけだが、その顔に悲壮感など欠片も無かった。



――ただ、クローゼットにルイーザが捨てたはずのゴミや私物を隠し持っていたことには、受け入れられる自信が無い。







********************





ガチャリ、と階下で玄関の戸が開く音がした。

家主の帰還である。



足早に階段を上がる音がして、次いでリビングのドアが開いて買い物袋を抱えたクラウスが現れた。


「おう、お帰り~」
「ただいま…」


ソファに寝転んで本を読んでいたルイーザが声を掛けると、クラウスは安心したように目を細めた。






ルイーザの首には『拘束の首輪』ではなく、ルビーをあしらったチョーカーが付けられている。


「脱走に失敗して首輪が爆発するのはわかるんだけどさ、不可抗力で出た場合も爆発するのはどうにかならないわけ?
 この家がどこにあるのか知らないけど、地震で倒壊したり、洪水で流されたりすることもあるだろ。
 それからクラウス、アンタの政敵が急襲してこない保障はないだろ?
 そんなときどうすればいいわけ? 大人しく私はここで死ねば良いのか?」


というルイーザの言葉を受け、数日後にクラウスが替わりになる物を用意したのだ。
首輪とは違い爆破も電流も流すことはない。
ただ、位置情報機能とカメラとマイクが備わっているだけだ。

ルイーザの居場所は常にクラウスが把握できるし、場合によってはカメラを通して映像と音声を監視できる。
トイレの中だけは絶対に見るなよと言い含めて、ルイーザはチョーカーを付けることを受け入れた。




クラウスは最愛を手中に収めることができ、満足していた。
宣言通りに彼は、ルイーザを大事に、大切に扱った。







ルイーザは心穏やかな日々を過ごしている。
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