平和な怪奇現象が起きる町

しがついつか

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迷惑メール

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前野ミリンの携帯電話のメールアドレスは、高校生の時に設定して以来、ずっと変更していない。
三十路手前になってからようやくスマートフォンに切り替えた時も、アドレスは変更しなかった。

長く使用していたのは、別にアドレスに愛着があったからではない。
ここ数年連絡を取り合うことのない昔の友人・知人から、いつか連絡が来るかもしれないから変えなかった――というわけでもない。

チケット購入や宿泊先の予約など、様々なサイトのアカウントとして登録していたため、変更するのが面倒だったからだ。

10年以上の長きにわたって使用していることと、様々なサイトに登録していたことにより、ミリンのメールアドレスには所謂迷惑メールが頻繁に届くようになっていた。
1時間おきに送られてくるような鬱陶しい日が続くこともあれば、一通も受信しない日もある。

受信メールのフォルダ分け設定をしていたので、迷惑メールで大事なメールが埋もれるようなことはなかった。
だが、非常に鬱陶しい。

『高額当選しました』
『久しぶり、元気だった?』
『同窓会のお知らせ』
『お支払いについて』
などなど。

様々な種類のメッセージが一方的に送られてくる。
特に返信したり本文のリンクをクリックしたりしない限り、特に何か起こるわけではないが、ただひたすらに鬱陶しかった。
特にアダルトな内容のメールについては、見るだけでイラッとする。







年末が近づくにつれ、何故か迷惑メールの受信数が多くなってきた。
1時間おきにスマートフォンが震えるのが、ミリンには不快だった。

余りにも不快だったため、ついにアドレスを変更することに決めた。

年末年始の休暇中、暇を持て余したミリンは各登録サイトのアカウント情報を整理することにした。
100円均一で購入した可愛らしいノートに、登録サイトのアカウントをひたすら書き留めていき、携帯のアドレスを使用しているアカウントを絞りこんだ。

アカウントがわかると、まず始めに今でも利用している登録サイトは、フリーのメールアドレスに一通り変更しておいた。
使ってないもので、個人情報を登録してないようなサイトは放置だ。

今でも付き合いのある親しい友人とは、メール以外のメッセージツールを利用してやりとりしているので急いで通知する必要は無い。
ミリンがメールでやりとりする相手は、ガラケーユーザーである実の母親くらいだった。

アドレス変更自体は簡単にできる。
問題なのは、母の携帯電話だ。
変更したアドレスからメールを送ったとして、母親が自分で電話帳を更新できるとは思えない。

そのため、ミリンが母と会うタイミングを狙って、アドレスを変更することにした。







(快適!)


メールアドレスを変更してから数日。
ミリンは機嫌がよかった。

不審なメールを一切受信しなくなったからだ。

ついでにフォルダ内の迷惑メールを一斉削除したり、アドレス帳から不要な連絡先を削除した。

アドレス帳だけに留まらずメッセージツールの連絡先も整理することにし、しょっちゅう遊んでいたがミリンが結婚して以来ぱったりと連絡を取らなくなった友人の連絡先も消した。
きっともう彼女と連絡を取ることはないだろう。

連絡先を交換したけれど、この先も連絡を取り合うことのない人は容赦なく削除した。
特にアカウントの写真を自分の子供にしている人は、いまだ子宝に恵まれないミリンには少し思うところがあったので削除した。




家族と友人、それから近所の歯医者という最低限の連絡先のみとなってスッキリしたアドレス帳を見て、とてもスッキリした気持ちになった。
後は今勤めている会社関係の人の連絡先を完全に削除できれば完璧である。
――残念ながら、勤めている間は消すわけにはいかないが。







アドレス整理してから2週間が経った頃。
一通のメールを受信した。



「…あれ?」


母親かと思いメールを確認すると、見知らぬアドレスからの送信だった。


まさかもう迷惑メールが送られてきたのか。
登録系の大半はフリーのメールアドレスに切り替えているので、このアドレスに変更したものは少ない。
サイトは2つ。それから会社の安否確認メールの受信アドレス設定のみだ。

一昔前は規制が無くアドレスのリストを売買することがあったらしい――ミリンは詳しく知らない――が、個人情報の取り扱いに煩い今、それを行っているとは思えない。
ましてや登録したサイトはそこそこ規模が大きいところなので、簡単に流出するとは考えにくい。
さらに会社に関してはアドレスを流すメリットなど皆無だろう。

アドレス変更を通知した友人と家族から漏れるというのも、考えにくい。
そういう嫌がらせをやりそうな人には、そもそもアドレス変更の通知をしていない。


ムッとしながらメールを開いた。


――本当は開くだけでウイルス感染する事もあるらしいので、不審なメールは開かない方がよいのだが…。
ミリンはリンクをクリックしたり返信しなければ良いと思っているので、躊躇無く開いた。

(なんだこれ?)


『○×スーパー**駅前店 特売のお知らせ
 1/15~1/17
 食パン   ***円
 野菜ジュース **円
 お茶 500ml  **円
 :』



(○×スーパー…しかも**駅前店って、よく行くところじゃん…)


ミリンが普段利用しているスーパーの特売情報が記載されていた。
まるで店舗からのメールマガジンのようだった。


(いや、でもメルマガ登録したこと無いし。――そもそもメルマガって…最近はしてるところない…よね? 基本的にはアプリとかホームページのWebチラシとかなはず…)


怪しい。
とてつもなく怪しい。


(…帰りに行ってみるか…)



――怪しいのだが、ちょうど今日はメールに記載されている期間なので、仕事帰りにスーパーに立ち寄ることにした。









(本当に安くなってるし…)



仕事帰りに○×スーパー**駅前店に寄ったミリンは、メールに記載されたとおりの金額で販売されている商品を買い物籠に放り込んだ。
普段から割とお手頃価格で販売してるスーパーだが、今日は特にお得だった。


(ちょっと気持ち悪いけど…。普段買う物の安売り情報は助かるわ…)



不審なメールであることに違いは無いが、役に立ったことは間違いない。


ミリンは受信拒否設定をするか迷った末、面白いのでしばらく放置することに決めた。






その後も時折、ミリンの元にはスーパーだけでなく、ドラッグストアなど近所の店の安売り情報が届くようになるのだった。
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