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序章
日常の終わり 後編
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「じゃね! アールちゃん!」
「では、さよならです」
私は楽器を背負った縫子に別れの挨拶を告げる。
縫子さんは吹奏楽部です。私は部活には興味が無いので入ってませんが。
「アールちゃん、今日も走るの?」
「もちろんです。雨も降ってないですし。では」
スクールバックを背負って走り始める。
帰宅まで走って30分です。行きも含めて合計60分近く毎日走っています。他の生徒は自転車かバスで行き帰りしていますが、私はせっかくですので走っています。運動することで健康的にいられますし、スタイルも維持できます。
「ふぅ……」
自宅にたどり着いたため、額の汗を拭って一息つく。
高級住宅地に並んでいる新築が私の自宅だ。
カードキーを取り出して、玄関を開ける。
「ただいまです」
両親はまだ帰っていないが、いつもの習慣で挨拶をしてしまう。
一時間程風呂に入った後、髪を乾かしながらスマホを開く。
「ただいま」
玄関から男の声が響く。
「おかえりです」
「ああ、疲れた……お母さんは、まだか……」
玄関から上がってきた男は体格が優れていて、太い腕でネクタイを緩める。
黒の短髪に整った短い顎髭を生やしている。そして、その精鍛な顔立ちからハードボイルド風なイメージが湧く。
私のパパの蒼井 零士(あおい れいじ)です。大手企業のサラリーマンで、趣味は筋トレなそうです。
「どうだった? 学校は?」
缶ビールの開く音が響く。
「パパ、いつも通りですよ」
「それは良かった。しかし、俺はアールが心配だ……」
顔を真っ赤にして言う。
「またこの話ですか……」
パパはお酒に物凄い弱いのに、飲むんですよね。酔ったらめんどくさいんですよね……
「アールは殆ど失敗したことないし、順調すぎるから、今後、失敗した時や何かあった時、立ち直れないかもしれない……」
ねっとりとした悲しそうな声を上げる。
「はぁ……そうですね……」
「だから心配なんだよ! アールには折れない心があるかどうか!!」
零士は私の体を揺さぶる。
「酒臭いです!! それに、打たれ強さならあると思います!」
「本当か?」
「え、えっと……多分……」
周りからよくひがまれて陰口を叩かれることがありますので、打たれ強い方だとは思いますが、それを話したら、変な心配されそうですし……
「まぁ、とにかく、生きていたら何かしら心が折れるようなことがある!」
「はぁ……そんな事は無いと思いますが、確かに人生何が起きるか予想が出来ませんからね」
「その通りだ! そういう時は、周りを頼るんだぞ。ため込むのは駄目だぞ! 友人でもいいし、特に家族を頼ってくれよ!」
私の肩に手を置く。
「俺は何があってもお前の味方だからな! 何でも相談してくれよ!」
顔を真っ赤にして力強く言い放つ。
「分かりましたよ……」
呆れ気味に言ってしまう。
「ただいま!」
女性の声が玄関から響く。
「おかえり!」「おかえりです!」
「今日は少し寒かったわね!」
茶色のロングヘアーの凛々しい顔立ちの女性だ。
私の母の蒼井 セナです。アメリカ人で、大手企業のOLで趣味はダイエットです。最近3キロ太ったとか……
「あ! あなた、また飲んでいるわね!」
責め立てるようにやや強い口調で言う。
「い、いや……そ、それより、俺はアールに人生の哲学を教えていたんだ! お前からも、何か教えてやってくれよ!」
早口になる。
私を出汁にして、ごまかさないで欲しいです……
「人生? それは確固たる信念を持つ事よ!」
「確固たる信念ですか……」
「そうよ、これだけは譲れないって、ものよ! アールちゃんにはある?」
「そうですね……特には……例えば、どういうのですか?」
「そうね……例えば、私なら!」
「……!」
母親は私に抱き付く。
「可愛いアールちゃんをなんとしてでも無事に成長させることかしら!」
優しい温かみが体に伝わって居心地が非常にいい。
15歳なのに、自分がまだ子供である事が再認識させられる。
「そんなかんじですか……」
「ええ、だから私、アールちゃんの為に嫌な仕事も出来るし、上司のパワハラにも耐えられるし、無能な部下の後始末も出来るし、朝早起きも出来るし、めんどくさい料理もするし……」
不満が次々と出て来て、表情が暗くなる。
「ま、まぁまぁ……いつもありがとうな! 何か言ってくれたら手伝うぜ!」
「あなた……」
セナは零士を見つめる。
「お前……」
見つめ返す。
お互いの顔が近くになる。
「……!」
セナは零士の顎を捻るように引っ張る。
「そもそも、あなたが、家事洗濯を一切手伝わないから大変なんだわ! 言われる前に手伝え!!」
「痛てててて!! わ、分かった! 暴力反対!」
「はぁ……」
ため息が出る。
いつものやりとりです……
「話は変わるが、アール、卒業後はどうする? やっぱり東大か?」
「東大なら今の成績でも十分受かると思うけど、ハーバード大学の方がよくないかしら?」
「そっちも捨てがたいな……アールはどうしたいんだ?」
「将来ですか……」
私の成績ではどこにでも就職できますし、東大も余裕でしょう。ですが、私は働きたくないので、今の所は就職するつもりは毛頭ありません!
FXで勝てるようになれば、就職する必要がありません! 両親は猛反対するでしょうけど、稼ぎで黙らせたらいい話です! それに、説得には自信があります!
「まさか、FXで食って行こうと考えてないよな?」
「そうよ、あんな博打みたいなことしたら駄目よ!」
「な、何のことでしょうか……?」
「声が震えているぞ」
「うっ、うう……!」
バレバレでしたか!
セナと零士は笑い声を上げる。
「……で、利益は出ているのか?」
「勝ったり負けたりですよ」
損失額マイナス15万以上なんて言えるわけないじゃないですか!
平和な日常に明るい未来……今日まで、そう思っていました……
「本日のニュースです。スイスのジュネーヴ郊外に設置されている欧州原子核研究所で謎の現象が発生しました」
テレビに映っているアナウンサーが淡々と解説する。
地上から絵具をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたような奇妙な筒状の何かが青空に向かって際限なく伸びている場面に切り替わる。そしてその何かは生き物の様に不規則に動いていた。
「現場からの中継です。昨夜の2時頃からこの現象が起きたそうです。研究所の職員とは連絡が取れていません。
今の所は住民の被害は確認されていないそうですが、周辺の住民の避難が進められて……!?」
現場のスタッフが息を飲んで声を止める。
奇妙な筒状の何かは、急速に広がってきていたからだ。
「ここも危ないそうで──」
話し終える前に、奇妙な筒状の何かは一瞬で画面に接近し、映像は途絶えた。
「加藤さん!? 加藤さん!?」
アナウンサーは必死に名前を叫ぶ。
「げ、現場からは以上です!」
声を震わせながら言い終わると、CMに入った。
「……」
スイスの方で何が起きたのでしょうか?
私は朝の歯磨きをしながらテレビを見ていた。
「まさか……」
零士の方を向くと、血相を変えている。
スマホを操作しながら部屋から出て行った。
何か心当たりがあるのでしょうか? でも、パパはサラリーマンですし、関係ないような気がしますが……
「アールちゃん、学校に遅れるわよ!」
セナに急かされる。
「そうですね……」
歯磨きを終える。
「行ってきます」
挨拶をするが帰ってこなかった。
「……」
パパもママも、動揺しているようですね……会社の経済的影響とかでしょうか?
「なんか、ヨーロッパの方凄いことになっているね」
制服姿の縫子は他人事のように言う。
「そうですね、何が起きているのでしょうかね?」
「広がっているらしいしね」
「まぁ、ですが、ヨーロッパの方ですし、ここには関係はないでしょう……!?」
突然、クラス中のスマホに一斉に緊急アラートが鳴る。
「なに!?」
縫子はスマホを開く。
「!?」
私もスマホを開く。
『欧州原子核研究所の謎の現象、急速拡大』
と表示されていた。
「急速拡大ですか……?」
日本にまで?
「あ、あれって!?」
窓の外を見て声を上げる。
「……!?」
窓の外を見ると、テレビで見た絵具をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたような奇妙な現象が広がっている。しかし、映像とは違い、筒状ではなく、水平上に果てしなく伸びていて、その上、急速に迫ってきている。
「に、逃げないと!!」
縫子さんの声とパニックになって悲鳴を上げるクラスメイト達の声が聞こえる。
他人事だと考えていた現象が直ぐそばまで来ていた。
逃げる……ヨーロッパで発生した現象が一時間足らずで迫ってきている。どう考えても逃げ切るのは不可能であることを理解してしまう。
こうして、考えている間にも、現象は瞬く間に迫って来る。
「……ッ!」
痛みが無いことを祈って、目を瞑った。
「では、さよならです」
私は楽器を背負った縫子に別れの挨拶を告げる。
縫子さんは吹奏楽部です。私は部活には興味が無いので入ってませんが。
「アールちゃん、今日も走るの?」
「もちろんです。雨も降ってないですし。では」
スクールバックを背負って走り始める。
帰宅まで走って30分です。行きも含めて合計60分近く毎日走っています。他の生徒は自転車かバスで行き帰りしていますが、私はせっかくですので走っています。運動することで健康的にいられますし、スタイルも維持できます。
「ふぅ……」
自宅にたどり着いたため、額の汗を拭って一息つく。
高級住宅地に並んでいる新築が私の自宅だ。
カードキーを取り出して、玄関を開ける。
「ただいまです」
両親はまだ帰っていないが、いつもの習慣で挨拶をしてしまう。
一時間程風呂に入った後、髪を乾かしながらスマホを開く。
「ただいま」
玄関から男の声が響く。
「おかえりです」
「ああ、疲れた……お母さんは、まだか……」
玄関から上がってきた男は体格が優れていて、太い腕でネクタイを緩める。
黒の短髪に整った短い顎髭を生やしている。そして、その精鍛な顔立ちからハードボイルド風なイメージが湧く。
私のパパの蒼井 零士(あおい れいじ)です。大手企業のサラリーマンで、趣味は筋トレなそうです。
「どうだった? 学校は?」
缶ビールの開く音が響く。
「パパ、いつも通りですよ」
「それは良かった。しかし、俺はアールが心配だ……」
顔を真っ赤にして言う。
「またこの話ですか……」
パパはお酒に物凄い弱いのに、飲むんですよね。酔ったらめんどくさいんですよね……
「アールは殆ど失敗したことないし、順調すぎるから、今後、失敗した時や何かあった時、立ち直れないかもしれない……」
ねっとりとした悲しそうな声を上げる。
「はぁ……そうですね……」
「だから心配なんだよ! アールには折れない心があるかどうか!!」
零士は私の体を揺さぶる。
「酒臭いです!! それに、打たれ強さならあると思います!」
「本当か?」
「え、えっと……多分……」
周りからよくひがまれて陰口を叩かれることがありますので、打たれ強い方だとは思いますが、それを話したら、変な心配されそうですし……
「まぁ、とにかく、生きていたら何かしら心が折れるようなことがある!」
「はぁ……そんな事は無いと思いますが、確かに人生何が起きるか予想が出来ませんからね」
「その通りだ! そういう時は、周りを頼るんだぞ。ため込むのは駄目だぞ! 友人でもいいし、特に家族を頼ってくれよ!」
私の肩に手を置く。
「俺は何があってもお前の味方だからな! 何でも相談してくれよ!」
顔を真っ赤にして力強く言い放つ。
「分かりましたよ……」
呆れ気味に言ってしまう。
「ただいま!」
女性の声が玄関から響く。
「おかえり!」「おかえりです!」
「今日は少し寒かったわね!」
茶色のロングヘアーの凛々しい顔立ちの女性だ。
私の母の蒼井 セナです。アメリカ人で、大手企業のOLで趣味はダイエットです。最近3キロ太ったとか……
「あ! あなた、また飲んでいるわね!」
責め立てるようにやや強い口調で言う。
「い、いや……そ、それより、俺はアールに人生の哲学を教えていたんだ! お前からも、何か教えてやってくれよ!」
早口になる。
私を出汁にして、ごまかさないで欲しいです……
「人生? それは確固たる信念を持つ事よ!」
「確固たる信念ですか……」
「そうよ、これだけは譲れないって、ものよ! アールちゃんにはある?」
「そうですね……特には……例えば、どういうのですか?」
「そうね……例えば、私なら!」
「……!」
母親は私に抱き付く。
「可愛いアールちゃんをなんとしてでも無事に成長させることかしら!」
優しい温かみが体に伝わって居心地が非常にいい。
15歳なのに、自分がまだ子供である事が再認識させられる。
「そんなかんじですか……」
「ええ、だから私、アールちゃんの為に嫌な仕事も出来るし、上司のパワハラにも耐えられるし、無能な部下の後始末も出来るし、朝早起きも出来るし、めんどくさい料理もするし……」
不満が次々と出て来て、表情が暗くなる。
「ま、まぁまぁ……いつもありがとうな! 何か言ってくれたら手伝うぜ!」
「あなた……」
セナは零士を見つめる。
「お前……」
見つめ返す。
お互いの顔が近くになる。
「……!」
セナは零士の顎を捻るように引っ張る。
「そもそも、あなたが、家事洗濯を一切手伝わないから大変なんだわ! 言われる前に手伝え!!」
「痛てててて!! わ、分かった! 暴力反対!」
「はぁ……」
ため息が出る。
いつものやりとりです……
「話は変わるが、アール、卒業後はどうする? やっぱり東大か?」
「東大なら今の成績でも十分受かると思うけど、ハーバード大学の方がよくないかしら?」
「そっちも捨てがたいな……アールはどうしたいんだ?」
「将来ですか……」
私の成績ではどこにでも就職できますし、東大も余裕でしょう。ですが、私は働きたくないので、今の所は就職するつもりは毛頭ありません!
FXで勝てるようになれば、就職する必要がありません! 両親は猛反対するでしょうけど、稼ぎで黙らせたらいい話です! それに、説得には自信があります!
「まさか、FXで食って行こうと考えてないよな?」
「そうよ、あんな博打みたいなことしたら駄目よ!」
「な、何のことでしょうか……?」
「声が震えているぞ」
「うっ、うう……!」
バレバレでしたか!
セナと零士は笑い声を上げる。
「……で、利益は出ているのか?」
「勝ったり負けたりですよ」
損失額マイナス15万以上なんて言えるわけないじゃないですか!
平和な日常に明るい未来……今日まで、そう思っていました……
「本日のニュースです。スイスのジュネーヴ郊外に設置されている欧州原子核研究所で謎の現象が発生しました」
テレビに映っているアナウンサーが淡々と解説する。
地上から絵具をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたような奇妙な筒状の何かが青空に向かって際限なく伸びている場面に切り替わる。そしてその何かは生き物の様に不規則に動いていた。
「現場からの中継です。昨夜の2時頃からこの現象が起きたそうです。研究所の職員とは連絡が取れていません。
今の所は住民の被害は確認されていないそうですが、周辺の住民の避難が進められて……!?」
現場のスタッフが息を飲んで声を止める。
奇妙な筒状の何かは、急速に広がってきていたからだ。
「ここも危ないそうで──」
話し終える前に、奇妙な筒状の何かは一瞬で画面に接近し、映像は途絶えた。
「加藤さん!? 加藤さん!?」
アナウンサーは必死に名前を叫ぶ。
「げ、現場からは以上です!」
声を震わせながら言い終わると、CMに入った。
「……」
スイスの方で何が起きたのでしょうか?
私は朝の歯磨きをしながらテレビを見ていた。
「まさか……」
零士の方を向くと、血相を変えている。
スマホを操作しながら部屋から出て行った。
何か心当たりがあるのでしょうか? でも、パパはサラリーマンですし、関係ないような気がしますが……
「アールちゃん、学校に遅れるわよ!」
セナに急かされる。
「そうですね……」
歯磨きを終える。
「行ってきます」
挨拶をするが帰ってこなかった。
「……」
パパもママも、動揺しているようですね……会社の経済的影響とかでしょうか?
「なんか、ヨーロッパの方凄いことになっているね」
制服姿の縫子は他人事のように言う。
「そうですね、何が起きているのでしょうかね?」
「広がっているらしいしね」
「まぁ、ですが、ヨーロッパの方ですし、ここには関係はないでしょう……!?」
突然、クラス中のスマホに一斉に緊急アラートが鳴る。
「なに!?」
縫子はスマホを開く。
「!?」
私もスマホを開く。
『欧州原子核研究所の謎の現象、急速拡大』
と表示されていた。
「急速拡大ですか……?」
日本にまで?
「あ、あれって!?」
窓の外を見て声を上げる。
「……!?」
窓の外を見ると、テレビで見た絵具をぐちゃぐちゃに混ぜ合わせたような奇妙な現象が広がっている。しかし、映像とは違い、筒状ではなく、水平上に果てしなく伸びていて、その上、急速に迫ってきている。
「に、逃げないと!!」
縫子さんの声とパニックになって悲鳴を上げるクラスメイト達の声が聞こえる。
他人事だと考えていた現象が直ぐそばまで来ていた。
逃げる……ヨーロッパで発生した現象が一時間足らずで迫ってきている。どう考えても逃げ切るのは不可能であることを理解してしまう。
こうして、考えている間にも、現象は瞬く間に迫って来る。
「……ッ!」
痛みが無いことを祈って、目を瞑った。
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