届かなかったので記憶を失くしてみました(完)

みかん畑

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結婚したい

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「キアって、ミナのお兄さんの?」
「学園で会ったミナが言っていた。君が、彼のお兄さんのことだけは覚えていると」
「ちょっと、え? 何言ってるの」

 混乱する。ミアのお兄さんのことは知っているが、それは社交界で何度か引き合わされたからで、正直、印象は薄い。

 悪人ではないのだろうけど、それでも二人きりで話したいとは思えなかった。

 エレノアが安心できるのはアーサーの隣だけなのである。

「あたしが愛してるのはアーサーだよ! どうしてそんなこと言うの!? 信じられない……」
「君は無理をしているんでしょ。俺は孤児だし……。君を守ってやれる力もない。そんな男より、家柄もあって、君を守れる彼といた方が、幸せなんじゃないか?」
「本気で言ってるの?」

 アーサーは同じ気持ちでいてくれると思っていた。
 ちゃんと愛し合っていると思っていた。
 ずっと、一方通行な恋をしていたというの?

 怒りと悔しさでボロボロと涙が零れてくる。
 愛し合っていると思っていたのは、自分の方だけだったのか……。

「ごめんエレノア、泣かないで」
「バカ! 誰のせいよ! アーサーのせいなんだからね! 大馬鹿!」
「すまない……」

 アーサーは疲れ果てた様子で立ち上がる。

「また……俺は失敗したんだな」
「逃げるの!?」

 一日に二度も女性から逃げるアーサーである。
 ヘタレであった。

「ねえ、待ってよ……。あたしのことが嫌いになったの? だから、別れたいの?」
「そんなわけない。でも、不安なんだ。俺なんかが君の隣にいていいのかって、ずっと考えてる。俺は、俺なんかが幸せになっていいのかって……。その幸せが、君の本当の幸せを踏みにじっているんじゃないかって」
「お嬢様、お茶をお持ちしました」
「このタイミングで!?」

 エレノアは怒りつつ、アリアからコップを奪い取ると立て続けに二杯を飲み干した。

「いい飲みっぷりですね」
「いいから出てって。今大事な話してる」
「御武運を」

 退室していくアリアを見送って、エレノアは溜息をついた。
 急速に、肩の力が抜けていった。

 アーサーに近づいて、彼の肩に手を乗せる。
 するとアーサーは顔を真っ赤にして、エレノアを抱きしめた。

 その力が強すぎて、疑いようもない。
 アーサーはちゃんと自分に惚れている。
 でも、不安だったのだ。

 そして、その不安は自分が抱えていたものと同様のものであった。

 あたしも、アーサーを独り占めして、彼の幸福を奪っていると思ってた。
 相手が大切すぎて、自分が幸せにできるか不安なんだよね。
 でもさ、本当に幸せになりたかったら、そこは踏み止まるしかないんだよ?
 そうじゃないと、離れ離れになっちゃうから。

「あたしを幸せにしたいなら、アーサーが頑張ってよ。ヒドイ例えだけど、ミアのお兄さんが裏であたしに暴力を振るう人だったらどうするの。それってちょっと無責任じゃない?」
「従魔をつけようと思っていた」

 エレノアは無言でアーサーの頬をつねる。

「ねえ、そういう話がしたかったんじゃないって、さすがのアーサーでも分かるよね?」
「ふぁい……ふぁふぁります(はい……わかります)」

 脱力する。こんなどうしようもない彼、あたし以外に引き取り手があると思ったのが間違いだったかもしれない。

 今の言葉は、アーサーに伝えると同時に、自分に向けて投げかけた言葉でもあった。

 さて、そろそろ幕引きといこう。
 ミナが自分を裏切ってくれた以上、いつまでも義理立てしていても仕方ない。
 楽しかった非日常にさよならを告げよう。

「それとね。……ごめん。実はね、あたし、記憶消えてなかったんだよ」
「は……?」

 ポカンと、アーサーが口を開ける。

「全部ウソ。ミナと示し合わせてたの。アーサーがちゃんと記憶を失くしても愛してくれるか、ずっと試してた。酷い女でしょ。幻滅した?」
「……いや、君は悪くない。君を追い詰めていたのは本当だし、辛くなかったとは思わない。俺にやり直しの機会を与えてくれて……ありがとう」

 アーサーの唇にキスをする。
 久しぶりの、恋人同士のキスだ。

「両想いでしょ?」
「そうだな。俺たちは両思いだ。俺はやっぱり……君を手放せない」
「当たり前でしょ。だから、あんな酷いこと、もう言わないで……」

 涙が視界を滲ませる。押さえていても、嗚咽が漏れた。

「ごめん……! ごめん……。本当にすまない。二度と言わない。幸せにするから……したいから」

 アーサーが、ローブのポケットに手を入れて。
 指輪を取り出した。

「へ……?」
「渡そうと思って渡しそびれていた。従魔の契約を譲る指輪だ。メアはこれがないと君に従わないから、注意してくれ」
「ん……?」
「俺の魂の一部だと思って、持っていて欲しい。け、結婚したい」
「えええ!?」

 アーサー・コンラッド。予測のつかない行動を多々、取ってくる彼であるが、またしてもやってくれたなと、エレノアは悲鳴をあげた。
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