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エピローグ
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遠くで牛の鳴き声が聞こえる。
平和な午後の昼下がり、アーサーは窓辺から牧場の様子を眺めていた。
「アーサー様、働いてください」
メイドのアリアに文句を言われるが、王都を出て自由になった今、ようやく得られた解放感を噛み締めていたいと思う。
「ようやく落ち着いたんだ。ミナにも手紙を出さないとな」
ベッドに横たわったままのエレノアを見つめる。
彼女は指輪を嵌めたまま、今も眠ったままだ。
最後のブラッドとの戦いで昏睡状態に陥り、未だ意識が戻ることはない。
アーサーは学園を卒業することができなくなると、すぐに王都を出て療養によさそうな新天地へと移った。
山間に近いこの場所は、牧草も多いし家畜を飼うには理想的だ。
何より、二人を脅かすものがない。
「エレノア様は目覚めませんね」
「俺はまた会えると思う。彼女にはメアがついてるからな」
元々、あれはエレノアを昏睡から呼び戻す為に作った従魔なのだ。
従魔が今も生きている以上、エレノアも戻ってこられるはずだと思う。
「ですが、例え戻ってきたとしても、エレノア様はもう……」
「それでも、俺は彼女を守り続けたい」
「そうですか。それなら、私も知恵を貸した甲斐がありました」
「ん?」
「久しぶりですね。賢者ガルスです」
突然何を言っているんだこのメイドは……。
とアーサーは思った。変わり者だが、まさか師の名前を使う程、変人だったとは……。
「まったく気づかれないので面白がっていたら、まさか二人きりになっても気づかないとは……。ちょっとショックですよ」
言いながら、メイドが頬に手を当てる。
すると、天使と見まごう程の女が、現れた。
涼し気な白銀の瞳と、太陽の煌めきのような黄金の髪。
まさしく彼の恩人であるガルスだった。
「せ、先生だったのか?」
「いかにも。もうじき目が覚めるので出ていきますね」
「目が覚めるって、誰の」
「それは一人しかいないでしょう。自分が大事な人を想って作り出した従魔のことを、もっと信じてあげなさい。彼女は主が意識を手放した後も、ずっと働いていましたよ。諦めの悪い貴方のように」
ベッドの上にいるエレノアに近づく。
縋るように、アーサーは膝を折って祈った。
ガルスはアリアの姿に変貌し、散歩へ出る。
「物語はハッピーエンドで締めくくられねば、付き合った私が可哀想ですからね」
そうして、エレノアの手を握って。
待ち続けていたアーサーの手が、不意に優しく握り返された。
「ん……」
ああ、愛しい人の声だ。
待ち望んだアーサーの瞳を、エレノアがボンヤリと見つめる。
「どうして。アーサー?」
おはようって、いつか目覚めたら声を掛けようと思っていた。
でも、声にならなかった。
泣きじゃくるアーサーを、エレノアが震える手で撫でる。
戻ってきた一角獣の従魔が、慈しむように二人を見つめていた。
それから、ようやく話せるくらい二人が回復した頃、気まぐれな散歩から戻ってきたアリアが種明かしをしてくれた。
「いえ、あの日、二階が騒がしいなーって思いながら洗濯物を干していたら、メアが泣きながら縋ってきたのです。この賢い従魔はアーサーから知識を受け継いだことで、大賢者である私を頼るべきだと判断したのですね。どこかの不出来な弟子とは違い、ちゃんと私が判別できたことには驚きでしたが」
「アリアってメイドなのに魔法が使えたの?」
「馬鹿にしているのですか。せっかく救ってさしあげたのに私は残念です」
「そうじゃなくて! 働き口なんかいくらでもあるのに、なんで私の屋敷にいたの?」
「その辺りはおいおい……。とにかく、あの『お義父さん結界』の肝は、エレノア様がアーサーを想うことで成り立っていたのです。ですから、私はお嬢様の意識を完全に、眠りにつかせることを提案しました。それこそ、呼び起こすのに数か月はかかるくらい、徹底的に意識を浮上させなければよいと判断したのです」
言葉にすると単純だが、精神に作用する魔法は加減を誤れば廃人、あるいは二度と目覚めない昏睡状態へと至るリスクもある危険な魔法であった。
それ以外に手段がなかったとはいえ、こうして後遺症もなくエレノアを呼び戻すのは、ガルスにすら専門外と言える程の、難易度の高い仕事である。
それを完遂したメアの頭を、ガルスは撫でてやる。
「ありがとう。メアのお陰で、私は戻ってこれたんだね」
『私はあなたを救う為に生まれました。あなたを救うことだけが、存在意義です』
「ふふ、ご主人様に似ちゃったのね」
「少し恥ずかしいな」
エレノア―とアーサーが手を握り合う。
二度と離れることはないだろうと思わせる程、固く繋がっている。
「さて、見届けましたし、私はそろそろ行きますね」
「アリア、どこかに行っちゃうの?」
「ええ、買出しへ行ってきます。夕方までには戻りますので、あまり羽目を外してベッドを汚さないでくださいね」
「病み上がりでそこまで無茶しないから……!」
「顔が割れたのにまた戻ってくるのか」
怒るエレノアと呆れる弟子に満足してから、アリアは転移で姿を消した。
あの様子ではこの家から出ていくことはないだろうな、と二人は思った。
空気を読んだのか、メアも引っ込んでしまっている。
エレノアは無言で、アーサーの肩に腕を回した。
「私、匂うかな?」
「まったく。風呂には入れてたから」
「どっちが……?」
「二人で」
「エッチ……」
アーサーがエレノアにキスをする。
「ずっとこうしたかった。また会いたかった。声が聴けたらそれで満足なはずだったのに、こうして近くにいると触れたくなる」
「寝てる間におっぱいとか触らなかった?」
「そんなことしない。俺は、君を見るだけで胸が一杯になってた」
「泣き虫だなぁ。これからはずっと一緒にいようね」
「うん。愛してる、エレノア」
囁きつつ遠慮せずに胸を揉んできたので、エレノアはアーサーにチョップをした。
「こら、気が早い」
「すまない。前振りかと」
「もう……」
エレノアが吹き出す。
アーサーも釣られて笑いだして。
二人の穏やかな時間を、従魔達が見守っていた。
平和な午後の昼下がり、アーサーは窓辺から牧場の様子を眺めていた。
「アーサー様、働いてください」
メイドのアリアに文句を言われるが、王都を出て自由になった今、ようやく得られた解放感を噛み締めていたいと思う。
「ようやく落ち着いたんだ。ミナにも手紙を出さないとな」
ベッドに横たわったままのエレノアを見つめる。
彼女は指輪を嵌めたまま、今も眠ったままだ。
最後のブラッドとの戦いで昏睡状態に陥り、未だ意識が戻ることはない。
アーサーは学園を卒業することができなくなると、すぐに王都を出て療養によさそうな新天地へと移った。
山間に近いこの場所は、牧草も多いし家畜を飼うには理想的だ。
何より、二人を脅かすものがない。
「エレノア様は目覚めませんね」
「俺はまた会えると思う。彼女にはメアがついてるからな」
元々、あれはエレノアを昏睡から呼び戻す為に作った従魔なのだ。
従魔が今も生きている以上、エレノアも戻ってこられるはずだと思う。
「ですが、例え戻ってきたとしても、エレノア様はもう……」
「それでも、俺は彼女を守り続けたい」
「そうですか。それなら、私も知恵を貸した甲斐がありました」
「ん?」
「久しぶりですね。賢者ガルスです」
突然何を言っているんだこのメイドは……。
とアーサーは思った。変わり者だが、まさか師の名前を使う程、変人だったとは……。
「まったく気づかれないので面白がっていたら、まさか二人きりになっても気づかないとは……。ちょっとショックですよ」
言いながら、メイドが頬に手を当てる。
すると、天使と見まごう程の女が、現れた。
涼し気な白銀の瞳と、太陽の煌めきのような黄金の髪。
まさしく彼の恩人であるガルスだった。
「せ、先生だったのか?」
「いかにも。もうじき目が覚めるので出ていきますね」
「目が覚めるって、誰の」
「それは一人しかいないでしょう。自分が大事な人を想って作り出した従魔のことを、もっと信じてあげなさい。彼女は主が意識を手放した後も、ずっと働いていましたよ。諦めの悪い貴方のように」
ベッドの上にいるエレノアに近づく。
縋るように、アーサーは膝を折って祈った。
ガルスはアリアの姿に変貌し、散歩へ出る。
「物語はハッピーエンドで締めくくられねば、付き合った私が可哀想ですからね」
そうして、エレノアの手を握って。
待ち続けていたアーサーの手が、不意に優しく握り返された。
「ん……」
ああ、愛しい人の声だ。
待ち望んだアーサーの瞳を、エレノアがボンヤリと見つめる。
「どうして。アーサー?」
おはようって、いつか目覚めたら声を掛けようと思っていた。
でも、声にならなかった。
泣きじゃくるアーサーを、エレノアが震える手で撫でる。
戻ってきた一角獣の従魔が、慈しむように二人を見つめていた。
それから、ようやく話せるくらい二人が回復した頃、気まぐれな散歩から戻ってきたアリアが種明かしをしてくれた。
「いえ、あの日、二階が騒がしいなーって思いながら洗濯物を干していたら、メアが泣きながら縋ってきたのです。この賢い従魔はアーサーから知識を受け継いだことで、大賢者である私を頼るべきだと判断したのですね。どこかの不出来な弟子とは違い、ちゃんと私が判別できたことには驚きでしたが」
「アリアってメイドなのに魔法が使えたの?」
「馬鹿にしているのですか。せっかく救ってさしあげたのに私は残念です」
「そうじゃなくて! 働き口なんかいくらでもあるのに、なんで私の屋敷にいたの?」
「その辺りはおいおい……。とにかく、あの『お義父さん結界』の肝は、エレノア様がアーサーを想うことで成り立っていたのです。ですから、私はお嬢様の意識を完全に、眠りにつかせることを提案しました。それこそ、呼び起こすのに数か月はかかるくらい、徹底的に意識を浮上させなければよいと判断したのです」
言葉にすると単純だが、精神に作用する魔法は加減を誤れば廃人、あるいは二度と目覚めない昏睡状態へと至るリスクもある危険な魔法であった。
それ以外に手段がなかったとはいえ、こうして後遺症もなくエレノアを呼び戻すのは、ガルスにすら専門外と言える程の、難易度の高い仕事である。
それを完遂したメアの頭を、ガルスは撫でてやる。
「ありがとう。メアのお陰で、私は戻ってこれたんだね」
『私はあなたを救う為に生まれました。あなたを救うことだけが、存在意義です』
「ふふ、ご主人様に似ちゃったのね」
「少し恥ずかしいな」
エレノア―とアーサーが手を握り合う。
二度と離れることはないだろうと思わせる程、固く繋がっている。
「さて、見届けましたし、私はそろそろ行きますね」
「アリア、どこかに行っちゃうの?」
「ええ、買出しへ行ってきます。夕方までには戻りますので、あまり羽目を外してベッドを汚さないでくださいね」
「病み上がりでそこまで無茶しないから……!」
「顔が割れたのにまた戻ってくるのか」
怒るエレノアと呆れる弟子に満足してから、アリアは転移で姿を消した。
あの様子ではこの家から出ていくことはないだろうな、と二人は思った。
空気を読んだのか、メアも引っ込んでしまっている。
エレノアは無言で、アーサーの肩に腕を回した。
「私、匂うかな?」
「まったく。風呂には入れてたから」
「どっちが……?」
「二人で」
「エッチ……」
アーサーがエレノアにキスをする。
「ずっとこうしたかった。また会いたかった。声が聴けたらそれで満足なはずだったのに、こうして近くにいると触れたくなる」
「寝てる間におっぱいとか触らなかった?」
「そんなことしない。俺は、君を見るだけで胸が一杯になってた」
「泣き虫だなぁ。これからはずっと一緒にいようね」
「うん。愛してる、エレノア」
囁きつつ遠慮せずに胸を揉んできたので、エレノアはアーサーにチョップをした。
「こら、気が早い」
「すまない。前振りかと」
「もう……」
エレノアが吹き出す。
アーサーも釣られて笑いだして。
二人の穏やかな時間を、従魔達が見守っていた。
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みんなの感想(5件)
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何度見ても泣けるー!!
アーサー、大事にしてあげてね!
感想感謝! ずっと幸せでいて欲しいですね。
主人公は健気で相手役は馬鹿、みたいなの。自分が生み出したキャラなのに、感想欄でも作者様自身が言ってしまうの、どうなんでしょうか。
主人公さえ良ければそれで良い話だって書いておいたらどうでしょう。
お返事はいりません。
すみません、私の書き方が悪かったですね。
耳に痛いご指摘でした。
凄く頑張ってくれた子なので、もっと大切にします。親がこういう書き方をするのは違ってましたね。申し訳ないです。
自分でも好きな大事な子なので。ちゃんと大切にします。辛いこと書かせて申し訳なかったです。ありがとうございます。
なんだか、
アーサーが可哀想な子に見えてきた(頭の中含む)
最初はエレノアが可哀想だと思ってたけど、、
こんなアーサー(ド天然ポンコツヘタレネガティブ真面目)はエレノアしか無理かと、、、
エレノアくらいおおらか(天然)で肝が据わって(一部鈍感) ポジティブじゃないとつりあい取れないと思います笑
まぁ、うまくいったようで
おばちゃん安心しました(笑)
続き読んでてもらえて嬉しいです(やったーっ)
最初と最後で印象変わりますよね、アーサー。
本当に残念すぎる子なので、エレノアには苦労をかけますが
仲良くしてあげて欲しいと思います(笑)
まだもうひと山場くらいあると思いますので、
最後までお付き合いいただけると嬉しいです(´▽`*)